第13話
「私に、してほしいことある?」
「ねえよ。かよに世話になるぐらいだったらその辺の道端に丸まってるだんごむしに世話になるわ」
「口悪いなぁ…相変わらず」
息は、苦しくない。
胸だって心臓だって、痛まない。
そういう風に、覚悟を決めてきたから。
しょーちゃんを諦める、準備をしてきたから。
それでも、ただ、涙は、止まらなかった。
嗚咽も特有の鼻の痛みも熱さもないのに。
ただ、馬鹿みたいに、涙は落ち続けていた。
「じゃあ、私のお願い聞いてくれる?」
「ん?」
「しょーちゃんと、他人になりたくない。それなら、死んだほうがまし。甘えたこと言ってるかもしれないけど、本気で思っちゃうの。しょーちゃん、お願い。私と、他人にならないで。どんな形でもいいから、私をひとりに、しょーちゃんがひとりに、ならないで。」
「…ほら、ついたぞ。つーか、警官立ってるし。見てるし。ここで、自首するのもありか「っしょーちゃん!」
どんなに頼んでも、まともに取り合ってくれないしょーちゃんの手を掴む。
そこは、しょーちゃんの宝物で恥辱の時間を記憶してしまった腕時計を着けている箇所。
15年前。
両親を事故で亡くしたらしいしょーちゃん。
私と同時期に施設に来たらしいしょーちゃん。
ある日、高橋絵実に車に連れられはじめての屈辱を受け抵抗しようと腕を降ったとき、お父さんの唯一の形見として残っていた漆黒の腕時計をぶつけ壊してしまい、時が止まったらしいしょーちゃん。
最低な始まりの時間を刻み、闇に留まってしまった腕時計。
涙を落としすぎてかぴかぴに乾いてしまった私の頬に、しょーちゃんが手のひらを添える。
「…差し入れは、れもんキャンディーの、棒つきで。」
「…え…?」
「ほとぼりが冷めた頃な。」
「差、し入れ、」
「持ってきてくれねーのか。」
「…持ってく。100本、持ってく。」
「怪しまれるわ。1本ずつでいーっつの。その代わり、ちょくちょく差し入れてくれよ。あれ、俺の精神安定剤なんだから。かよがくれる、昔からの俺の、薬。」
首を傾けて、しょーちゃんの懐かしく大きな手のひらに、自ら頬を擦り寄せた。
「大人になりきれなくて、家族になりきれなくて、ごめんな。かよ。」
瞼を落とし、しょーちゃんの頬に一筋だけ流れた滴の跡を。
この夜を。
この日を。
私は、一生、忘れない。
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