28.秘密のお茶会③

「そういえばセルマさんは花の乙女を目指さないんですか?今年で中等部も卒業ですからそろそろ進路を決める時期でしょう?」


「わたしには無理だよ~。きっと才能ないもの。それに、ね」


「ああ。お金、かかりますものね。上流階級の特権と呼ばれるだけのことはあります」


 リーリヤはカップに口をつけてお茶を飲む振りをする。二人の話にリーリヤはついていけなかった。


 学校や進路とか出てくるとリーリヤには何が何やらだ。それでも一つ気に掛かることがあった。


「えっと。セルマ、ちゃん」


「はい~、セルマです。なんでしょう、リーリヤさん」


 花の乙女にはなれないと眉を下げていたセルマはリーリヤが呼ぶと一転してにっこり笑ってみせた。


 うっとリーリヤは詰まる。彼女にとって良い話題ではないから余計に言いづらくなる。


「確かあなた15歳だったわよね。イレネさんから聞いたけど、花の乙女になるには15歳までに見習いにならなきゃいけないんじゃかった?」


 リーリヤにも衝撃的だったからよく覚えている。イレネが教えてくれた花の乙女になるための条件だ。その内容で考えてみるとセルマはリーリヤ同様に要件を満たせていないことになる。


「ええ?そうなんですか?」


 きょとんとするセルマとは対照的にヘレナはきっぱりと切り捨てた。


「それは昔の話です。今は中等教育終了後から1年以内、つまり16歳になる年の終わりまでに正式な見習いとして認められればいいんです。大した知識もないくせに混ぜっ返さないでください」


「ヘレナちゃん、よく知ってるね」


「アルマスさんから聞きました」


 ヘレナは子どもらしい薄い胸を張っている。

 悔しいがリーリヤは言い返す言葉がなかった。というかその条件であってもリーリヤは対象外だ。やはり当初の計画通りに多少の無理を押しても実力を見せつけるしかないらしい。


 それにしても口を挟まなければ良かったとリーリヤは後悔をする。

 リーリヤもヘレナもむっつりと黙ってしまうとセルマがあえて声を明るくして話しかけてきた。


「そういえば、リーリヤさんはこのお茶会がなんで『秘密のお茶会』というかわかりますか?」


 セルマは雰囲気を変えるためにあえて話題を転換した。ヘレナ相手ならともかく、セルマの気遣いを無視するのも罪悪感がある。


「・・・いいえ。気になってはいたけど」


 リーリヤが周囲を見回せばお昼が近づいてきたせいで人と活気がさっきよりも増していた。ちょっとしたお喋りであれば喧騒にかき消されるので誰かに聞かれることはないのかもしれない。そういう意味では『秘密』とも言えなくもない。


「うふふ。それはですね、このテーブル。実は魔具なんです!」


 セルマの答えは違った。彼女はテーブルの裏を指でコツコツと叩いてみせる。リーリヤも下から覗いてみれば青く光る結晶がテーブルの中央付近に埋め込まれているのが見て取れた。


「なんと『静穏』の効果が施されているんです~」


 つまりはこのテーブルでの会話を周囲に聞こえなくするというわけだ。逆に周囲の喧騒は今も聞こえているので、完全に音を遮断するのとは違うらしい。


 リーリヤの反応は薄かった。魔女にとっては妖精を使役すればこの程度なんてことはない。人はおろか森や湖さえも覆い隠すことだってできる。それと比べればなんともささやかな効果である。


「たくさんテーブルはありますけどこれだけなんですよ、魔具になってるのは。ねっ、ヘレナちゃん」


「もともとは秘密の会合にでも使われていたんですかね。悪巧みをするにはおあつらえ向きの環境ですし。今は普通のテーブルとしてしか使われてないようですが」


 なるほど『秘密のお茶会』の由来はわかった。しかし、肝心なことを聞いていない。


「わざわざそんなことまでして何を話すのよ?」


 セルマはヘレナと顔を見合わせてから悪戯をするような表情をした。


「それはもちろん一番は愚痴の言い合いっこですよ~」


「はぁ・・・?」


 リーリヤは拍子抜けした。何かと思えばそんなしょうもないことだったとは。


 セルマは人差し指を立てて小刻みに振りながら続ける。この少女は仕草の一つ一つに愛嬌がある。


 そんなところが人を惹き付ける秘訣なのだと思う。さっきもお茶を運ぶ際に何人もの客から親しげに声をかけられていた。これが看板娘というやつか。つくづく自分とは違う可愛げのある少女だ。


「例えば髪が跳ねてまとまらないとか、学校で嫌なことがあったとか。そういう日常の些細な不満や悩みですね。他人に聞かれるのは恥ずかしいけど、誰かに聞いて欲しいことを言い合うんです。意外とスカッとします!」


「セルマさんはもっぱら聞き役ですけどね」


「え〜。そうかなぁ。わたしも結構ヘレナちゃんに言っちゃってると思うんだけど」


 指を顎に当て小首を傾げるセルマに対し、ヘレナはすっと背筋を伸ばしてすました表情でお茶を飲んでいる。その様子はリーリヤよりもよっぽど堂に入っている。


 店内という大勢の人がひしめく中にあって、セルマもヘレナも気にした様子もなく自然体で過ごしている。


 リーリヤなんて店内のどこかで大声や歓声が上がる度にびくびくとしているのというのに。


 リーリヤは自分だけが場違いな気がして心持ち背中を丸めてしまう。それを咎めたわけではないだろうが、ヘレナはリーリヤを見やってその青い瞳を細めた。


「セルマさんはほっこりするエピソードばかりじゃないですか。わたしの方がよっぽど深刻ですよ。最近の悩みは居候さんが穀潰しなのでいつも家にいて困っていること。毎日、陰気な顔を見る身にもなって欲しいです」


 絶対にあてつけだ。

 セルマですら苦笑している。

 反応するのも癪だったのでリーリヤは無視をする。


 一体どちらが陰気なのかはっきりさせてやりたいところだ。リーリヤも自分が明るい人間ではないのは理解しているけれどもヘレナだって大概だ。

 いつもイライラしているのはヘレナの方なのに。


「後は父親が粘着質で鬱陶しいことです」


 ここだけ感情の入り方が全然違った。結構本気でヘレナは嫌がっている。


 リーリヤも端から見ていて同じことを思った。トビアスはヘレナに対して執拗なほどに構うのだ。


 愛情の裏返しとイレネは言っていたが、あれはリーリヤでも嫌だ。それにしても思いがけずステーン夫妻の頼み事を達成してしまった。ヘレナがトビアスをどう思っているのか、帰ったらこっそり教えておいてあげよう。


 リーリヤは地味な達成感を胸に抱いた。


「ですが、今日はセルマさんの方が真剣な相談があるんですよね?」


 ふいにヘレナの青い瞳がセルマの姿を映す。そこには親しみの感情が見て取れた。暗い感情はすでに一片も残っていない。


 感情の落差が激しすぎる。これが年頃の少女というものなのか。見ているこちらの方がついていけない。


 ともあれ、リーリヤとヘレナの注目がセルマに集まった。

 リーリヤの肩にも自然と力が入ってくる。


 さあ、ここからがお茶会の本題だ。

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