27.秘密のお茶会②

「お待たせしました。お代わりたっぷり用意してきましたよ」


 大きなポットに並々とお茶を補給してきたセルマがにこやかに戻ってくる。もう一口だってお茶を飲みたくないリーリヤはちゃぷちゃぷ水音のするポットにげんなりした。


 彼女は席に着くと両手を軽く打ち合わせた。


「それではお茶会を始めましょう~」


 まだ始まってすらいなかったことにリーリヤは戦慄する。


 もはや妖精も花の乙女もどうでもいいので帰りたかった。ステーン家のあの薄暗い部屋で毛布にくるまって空を見上げていたい。きっとそれだけで心が安らいでいくはずだ。


 リーリヤの憂鬱な気分はさておき、主催者であるセルマの関心はどうやらリーリヤに向いているらしかった。開始早々セルマはその綺麗な翠色の瞳をきらきら輝かせてリーリヤを見つめてくる。


「あ、あの!リーリヤさんに聞きたいことがあるんです!」


 早速妖精に関する話をするのかと思ったリーリヤは椅子の背もたれに寄りかかるのを止めて聞く姿勢を整える。


「ええ。もちろん、どうぞ」


 この娘はなんて幸運なのだろう。魔女直々に教授して貰うことなど弟子でもなければありえないことだ。リーリヤはもともと魔女のなり損ないの見習いだったし、既に追放された身ではあるけれども。


 それでも妖精に対する知見はアルマスを軽く凌駕すると自負している。


「リーリヤさんがお嬢様というのは本当ですか!」


「ぐふっ」


 咽せるリーリヤ。


 予想外の質問がセルマから飛んできた。

 なんと答えるべきか躊躇してからリーリヤは震える声で言った。


「ホントウよ・・・」


 まさか、いいえと言うわけにもいかない。

 アルマスのほら話がこんな少女にも知れ渡っているとは。


「とてもそうは見えません。この人が高貴なご令嬢?名家のお嬢様?どう見たって名前負けしてます」


 鋭い指摘はヘレナだ。


 それはそうだ。本当はお嬢様でもご令嬢でもなんでもないのだから。それでもリーリヤはそれを素直に認めることはできなかった。


 じゃあ、どういう経歴なのかと聞かれるのも困るし、なんでそんな嘘を付いていたのか問われたら益々答えられない。もうこの設定で押し通すしかないというのがリーリヤの結論だ。


「いえ、一人じゃなんにもできないところはそうかもしれませんね。ぼうっとしてるだけのお飾りのお嬢様ならお似合いです」


「そういうあんたは口を開けば文句に嫌味ばかり。その上いっつもむっつりして。何?そんなに構って欲しいの?とんだお子ちゃまね」


「はぁ?誰が相手してくれなんて言いました?そもそもあなたが迷惑ばかりかけるから仕方なくわたしが対処してあげてるんですよ。文句の一つや二つ受けるのは当たり前です。いい歳して迷子になって手間かけさせたのは誰ですか?むしろ、わたしの方が大人ですよ」


「ふんっ。ちんちくりんのくせして大人ぶるところが子どもなのよ」


「わたしはこれから成長するんです!心はもう立派なレディです!」


 テーブルを挟んでいがみ合うリーリヤ達を見てセルマは羨ましそうに言った。


「二人とも仲良さそう」


 思わず言葉を失ったのはリーリヤだけではなかった。ヘレナも目を見開いて絶句している。


「いいなぁ。ヘレナちゃん。素敵なお姉さんがいて」


「セルマさん、正気ですか!?わたしとこの人はすっごく仲が悪いですし、ましてやこの人は無職の居候ですよ!?」


 ヘレナに言われるとむかつくが概ね同意だ。自身で言うのもなんだが今のリーリヤに『素敵』という表現が出てくるのはちょっとおかしい。セルマは一体リーリヤの何を見て判断しているのか。


「実はお嬢様に憧れてて」


 照れくさそうにセルマが両手で頬を押さえる。

 その瞳は羨望の感情で満ちている。


 そうだった。今日のリーリヤの服装はちょっとした良いところのお嬢さんのような格好をしているのだった。セルマは完全に見た目でリーリヤを判断していた。


「リーリヤさんがお茶を気に入ってくれて良かったです。なるべく良い物を準備したつもりだったんですけど。やっぱりお口に合うかは心配だったんです。上街では香りが豊かなハーブティーが主流と聞いていたので。クッカ茶みたいな庶民の飲み物を出しても大丈夫なのかなって。でも、ハーブティーなんてよくわからないし、お小遣いも少ないから高い物は買えないしで」


 あの満面の笑みと何度もお代わりを勧めてきた理由はこれだったのか。


 リーリヤは本物のお嬢様じゃないので口に合う合わない以前の問題だ。なんならハーブティーとクッカ茶の違いもあまりわかっていない素人だ。


 セルマは色々と考えていたみたいでリーリヤは逆に申し訳なくなってくる。


「上街のお嬢様達のお茶会には及ばないのはわかっているんです。それでも少しだけでも近づけたくて。それになにより花の乙女様になった気分を味わえるので。女の子なら憧れちゃいますから」


「ん?なんでそこで花の乙女が出てくるの?」


 今はお嬢様のお茶会に憧れるという話をしていたはずだ。なのに急に花の乙女の話に切り替わった。花の乙女とお茶会になんの関係があるというのか。


「え?リーリヤさんご存じないんですか?」


「常識です。本当に何にも知らないんですね、この人は」


 首を傾げるリーリヤにセルマもヘレナも驚いている。いや、ヘレナはやっぱり嘲笑っている。


「きっと生活の一部になっててそういう認識がないんだよ、ヘレナちゃん。そこが箱入りお嬢様って感じがして素敵」


 さっきからセルマのリーリヤに対する好感度が勝手に上がっている気がする。


 この娘は思い込みが激しすぎるのではないか。ここまで来ると真実がばれたときに幻滅されるのが恐ろしい。セルマの前ではリーリヤはより一層気を張ることになりそうだった。


 セルマ曰く花の乙女にとってお茶会はとても重要なものらしい。理由などの詳しいことはセルマも知らないらしいが、花の乙女は昼間から優雅にお茶に興じるものなのだそうだ。


 そして、この花の乙女というのは所謂上流階級のお嬢様方の嗜みでもあるそうだ。


 なんだか混乱する話である。たかだか妖精を扱うのにお茶会だとか上流階級の嗜みだとかわけがわからない。正面から魔力でもって押さえつける。たったこれだけのことだというのに。


 しかし、これで一つ謎が解けた。アルマスがなぜ『お嬢様設定』を考えたかだ。身分の高いお嬢様であれば妖精の扱いについて少なからず心得があるというのがこの街での一般常識だと言う。


 ならばこそ、リーリヤが妖精関連でボロを出してしまっても『お嬢様だから』の一言である程度は誤魔化しがきくというわけだ。


 何も考えていないようでアルマスがいろいろと考えていたことになぜか安堵する。だったら『今日から君は高貴なお家のお嬢様だったってことでよろしく』などと能天気丸出しで軽々しく言うのではなく、少しは真面目な顔して説明してくれればいいものを。

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