25.魅力的なお誘い③

 セルマはぽわぽわしているように見えて意外にも強引な娘だったようだ。悪意じゃなくて善意で言っているのが余計にたちが悪い。


「この人を呼んだっていいことないですよ!絶対に役に立たないに決まってます!」


「こっちこそ願い下げよ。誰が好き好んであんたと行くと思うの」


 互いに指を差し合いながらいがみ合うリーリヤとヘレナを見てなおセルマは笑顔だった。


「そんなことないと思いますよ?たくさん人がいた方がきっと楽しいです。それになんだかリーリヤさんなら良い意見をくれる気もするんです。ヘレナちゃんのお母さ~ん。すみません、ちょっといいですか?」


「あら。セルマちゃん。いらっしゃい」


 作業場の入り口からずっと様子を伺っていたイレネがセルマに呼ばれてやってくる。そして、詳しい話を聞くこともなく頷いてみせた。


「話は聞いてたわ。リーリヤちゃんもぜひ行ってらっしゃい。たまには外の空気を吸うのもいいものよ」


 どこに何しに行くのか何も知らないうちにリーリヤの外出が決まっていた。


 いくらイレネの後押しがあったとしても、ヘレナと一緒というだけで行きたくない。まだ一人で出歩く方がましだ。


 例によって『店のお手伝いはどうするんだ?』などと呟いているトビアスの意見はイレネによって封殺されている。行きたくないリーリヤとしてはもう少し頑張って欲しかった。


「あの~。アルマスさんはいらっしゃらないんですか?アルマスさんもご一緒にどうかなって思ったんですけど」


「あら?アルマス君も?でもごめんなさいね。あの子、今はうちにいないの」


 アルマスが既にこの家に住んでいないことを聞くとセルマは肩を落としてしまった。ついでに誘ったにしてはセルマの落ち込みようは些か大袈裟に見える。イレネもそう思ったらしい。


「何か用事でもあったのかしら?」


「い、いえ。そういうわけではないです・・・。できたらお話聞きたいな~と思っただけなんです。ほら、アルマスさんって物知りって聞いてたので。いろいろためになるお話聞けるかなって。本当ですよっ」


 多分、嘘だ。


 リーリヤですらそう思った。きっと他の人もそう思っただろうに誰も追求はしなかった。ただ一人ヘレナを除いて。


「今日はちょっとした相談事があるって言ってましたよね。おにい・・・、いえ、アルマスさんならどんな相談事でも解決してくれると思いますけど。しいて言うならやっぱり錬金術関連か、あとは精霊様の困り事ですよね。そういえばセルマさんのお家には最近になって精霊様が来たってお話でしたから、もしかして今日の相談ってそれだったんですか。すいません、そういうことならアルマスさんに事前に連絡しとくべきでした」


 図らずもセルマの悩み事がわかってしまった。


 それにしてもヘレナのアルマスに対する信頼の高さはなんなのか。イレネやトビアスよりも遙かに信じ切っている感じがする。あの胡散臭い男のどこにそんな信じる要素があるのか。実に納得がいかない。


 イレネは頬に手を当てると困ったように言った。


「精霊様について何か相談したいことがあるの?アルマス君なら良いアドバイスをしてくれると思うけど。でも、精霊様についてならやっぱり専門家、『花の乙女』に頼る方が良いわよ?」


 おかしなことを言うものだ。


 腐ってもアルマスは『遍歴の智者』の代理を務めていたのだ。妖精に関する知識なら魔女に次ぐと言っても過言ではないのに。


 『花の乙女』がどれほどのものかは知らないが、先日の様子を見る限りは大したものではなさそうだった。


 それにしても意外だ。イレネ達の反応からしてアルマスが妖精について詳しいという事実は特に秘密にされているわけではなさそうだ。


 魔女に関することは黙っているようにとしつこいくらい言っていたくせに自分はペラペラと広めているとは。どうにもかみ合わない感じがして据わりが悪い。


 しかし、下手なことを言うと墓穴を掘りかねないのでリーリヤは疑問を声に出すことはしなかった。


「いえいえ、本当に違うんですっ。精霊様のことは関係・・・、ありますけどそうじゃなくてですね。それに『花の乙女』様達だとお金がたくさんかかって・・・、というのでもなくて。そもそもお話聞きたかったのはこれとは別の件で、でも関係ないわけでもないし。えと、えと。あうあう」


 セルマは一人慌てている。どうにか誤魔化そうとして見事に自滅していた。


 なんにせよ、セルマの相談事は妖精も関係しているのは間違いなさそうだった。しかし、どうやら複雑な話になりそうだ。リーリヤは関わると面倒そうだなと思った。


 セルマにとっては深刻な悩み事であったとしてもリーリヤには所詮他人事。ヘレナという問題児も一緒だろうし、嫌な思いをしてまで協力する気はなかった。


 リーリヤはイレネ達の視界に映らないようにそっと後ろに下がる。いつの間にかこの場からいなくなっていれば、さっきのリーリヤを誘うという話もなかったことになるだろう。


 話に夢中になっている三人からゆっくりと静かに距離を離す。遠巻きに見守っていたトビアスと視線が合うがトビアスは見て見ぬ振りをしてくれた。


 このまま作業場に戻ろうというところでリーリヤは気付いてしまった。


「待って。これってひょっとして・・・?」


 精霊の関係する揉め事。それはつまりリーリヤが待ち望んでいた実力を示す好機ではないか。


 ちらりと棚の影からヘレナとセルマを見やる。


 正直に言えば面倒くさい。


 けれど、もしかしたらこれを機にとんとん拍子で話が上手く進むかもしれない。そう考えるとこれを逃す手はない。


 冷静に考えよう。リーリヤの目的はあくまで『花の乙女』になることだ。なぜならそれがリーリヤにとって一番楽で簡単な仕事だから。培ってきた魔女の技術や経験が存分に生かせる仕事なんて他にはない。


 妖精を華麗に御して見せれば、『ぜひ花の乙女に』と声がかかるに違いない。余りにも手際の良い精霊捌きにきっと人々も羨望の眼差しを向けるだろう。


 なにせこの街では『花の乙女』とやらは大層人気で若い女の子の憧れの存在だと聞く。気の早い話だがリーリヤの弟子になりたいという女の子も出てくるかもしれない。


 そうすれば生意気なヘレナも態度を改めて尊敬の念を抱くに違いない。なによりアルマスを見返すこともできる。


 再会を果たしてからというもののアルマスには散々馬鹿にされた記憶ばかりがある。立派に独り立ちして高嶺の花となったリーリヤを見て自身の過ちをせいぜい反省するがいい。そうしたら心の広いリーリヤはしょうがないから許してやるとしよう。


 ちやほやされる未来像を思い浮かべていたら、だらしない笑みが勝手に浮かぶ。緩んだ口元から涎が垂れそうになったところで現実に戻る。


 いけない。思わず妄想に耽ってしまった。


 少しばかり自分に都合の良すぎる考えだと自覚はある。でも、あながち間違いではないはずだ。


 リーリヤの明るい計画のためにも第一歩を失敗するわけにはいかない。


 しかし、障害もあるにはある。なにやら難しそうなセルマの相談事がひとまずの懸念事項だ。妖精をしつけるだけの単純な作業で済めばいい。そうではなくて妖精なんておまけ程度の予想外の問題事だった場合はどうしよう。


 ちょっと考え込んでからリーリヤは考えるのを放棄した。


 それならそれでいいやと。

 なにも律儀にセルマの相談事に応える必要もない。リーリヤはあくまで妖精の起こしている問題を颯爽と解決したいだけだ。それ以外はどうでもいい。


 やっとのことでリーリヤは覚悟を決めた。

 リーリヤが考え込んでいる間にイレネ達もリーリヤの姿がないとちょうど周囲を見回していた。


 逃げようとしていたことなんてなかったようにリーリヤは彼女達に近づく。


「それで?私はどこに何しに行けばいいの?」


 その一言でリーリヤがセルマの誘いに乗ったことは伝わった。反応は三者三様だった。


 ヘレナは当たり前のようにしかめっ面をする。これはいい、リーリヤだってまったく同じ気分だ。イレネは瞳を優しく細め、セルマは見るからに喜びを浮かべた。


 リーリヤの質問に答えたのはもちろんセルマだった。


「ではでは。秘密のお茶会にご招待します!」

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