24.魅力的なお誘い②

 うやむやにできる好機と思い、人見知りのリーリヤには珍しく積極的に闖入者を対応する。


「えっと、今日はお休みで・・・」


 来店したのは可愛らしい少女だった。


 首元までのふわふわとした金糸の髪にくりくりとした翠色の瞳はお人形のように愛らしさに溢れている。リーリヤは自分が調子に乗っていたことに気付く。お嬢様というのはこういう子のことを言うのだろうと衝撃を受けた。


 少女はほにゃりと笑う。その姿にまた庇護欲がそそられる。


「はい~、知ってます。わたし、ヘレナちゃんを迎えに来たんですけど。って、あれあれ?ああっ。お久しぶりです~」


「え?え?ええ!?」


 少女はリーリヤの姿を認めるとどうしたわけか急に距離を詰めてきた。


 そして、その勢いで両手でリーリヤの手を掴んでくる。害意はないみたいだったので、リーリヤもされるがままになってしまった。


 どうやら少女はリーリヤのことを知っている様子である。だが、リーリヤは少女が誰なのかまったく心当たりがなかった。


 そもそもアルマスとステーン家以外に知り合いなんてほとんどいない。リーリヤは少女が誰かと勘違いをしているのではないかと疑った。


「セルマさん。ごめんなさい。わたしが遅かったせいでわざわざお店まで来てもらっちゃって」


 セルマと呼ばれた少女とリーリヤの間にヘレナが割って入ってくる。押しのけられたのは当然のごとくリーリヤだった。


 ぐいぐい押してくるヘレナの小柄な身体に追いやられたリーリヤはよろめくように後ろに下がる。


 ヘレナの振る舞いにはいちいち腹が立つが、リーリヤとしても得体の知れない少女に親しげに引っ付かれたことに困っていたのでこの場は良しとする。それにさっきの怯えていたヘレナの姿はもうないようだった。


「ううん、いいの。わたしが来たくて来ただけだから」


 にこにことセルマが浮かべる人の良い笑顔はアルマスの胡散臭い笑みとは違って人を安心させるものがある。ヘレナはほっとして胸をなで下ろしていた。


 セルマと話すヘレナの様子にリーリヤは虚を突かれた気持ちになった。あの何もかもが気に入らないとつんけんしていた少女はいない。そこにいるのは年相応に振る舞う少女だ。


 リーリヤは拍子抜けした。なんだ、普通に会話できる人がいるんじゃないかと。当たり前といえば当たり前なんだろう。


 リーリヤと違ってヘレナは家の外にも知り合いがいるはずだ。学校だったり、それ以外の場所だったり。それこそ友人だってたくさんいるのかもしれない。


 ヘレナと話をする?ステーン夫妻との仲を取り持つ?


 初めから間違っていた。

 そんなのリーリヤよりも相応しい人はきっといくらでもいる。リーリヤはやっとそのことに気付いた。わざわざリーリヤが気負う必要なんかなかったのだ。


 しかし、リーリヤでさえ気付いたことにトビアスやイレネが思い至らないなんてことも変な話である。


 はっとリーリヤは理解した。


 もしかしたらヘレナとステーン夫妻の不和を解決するというのは建前で目的は別にあったのでは。


 イレネもトビアスも本当はリーリヤとヘレナの仲の悪さを把握しており、リーリヤ達の関係を改善するきっかけ作りのために一芝居打ったという可能性に思い至る。


 いや、イレネはともかくトビアスは真剣に悩んでいる様子だった。それにそこまで回りくどいことをするものなのか。


 リーリヤが考え込んでいるとヘレナの胡乱げな瞳がリーリヤに向いた。


「セルマさんはこの人とお知り合いだったんですか?」


「うん、実はそうなの。図書館での『本の日』以来ですよね」


 そこまで言われてやっとリーリヤは思い出した。


 そうであった、この少女とは図書館で会っていた。


 リーリヤがなぜか子ども達に避けられて孤立していた時に助けてくれたのだ。広間の端の方でぽつんと座り込んでいたリーリヤの元まで何人かの小さな女の子達を引き連れてきてくれた娘だ。


 あのときは髪を結んでいたせいもあり、印象が違ってわからなかった。


「そういえば自己紹介してませんでした。改めまして、わたし、セルマ・コッコラといいます。年は15歳で、家は小さな食堂をやってます。ヘレナちゃんとは学校のお友達なんですよ」


 セルマはリーリヤよりも年下であった。見た目からもそうではないかと思っていた。しかし、ヘレナと大して背格好が変わらないので同い年なのかと思いきやセルマの方が年上だったとは。


「・・・リーリヤ・メッツァよ。一応、ここの家に住んでいるわね」


 返答までに間が空いたのには理由がある。


 リーリヤはメッツァという苗字を名乗るのに抵抗があった。それは師と同じものであるからでもあり、森から追放された身だからという事情もある。


 しかし、メッツァという苗字は地方ではそこまで珍しいものではないらしい。古代からある森の近辺に住む人間であればよくある名前だそうだ。そこから魔女の関係者とバレることはないとアルマスが言っていた。


 リーリヤの気持ちはともかくとして、現代では苗字を持たない方がおかしいので気にせず名乗るようにとアルマスに言い含められている。


「ただの居候の間違いでしょう。それも無職の」


 まだ言うか、こいつは。


 リーリヤとヘレナは再び睨み合う。

 そんな険悪な空気をセルマは朗らかに塗り替えてしまう。


「まさかリーリヤさんがヘレナちゃんと一緒に暮らしているなんて。あっ、『リーリヤさん』って呼んでもいいですか?いいですよね?それにしてもすごい偶然です。わたし、リーリヤさんともっとお話ししたいと思ってたんですっ」


「そ、そうなの?」


 すでにリーリヤはセルマに苦手意識を持っていた。


 悪い娘でないのはわかるのだ。それでも根が暗いリーリヤとしては明るくにこやかな性格のセルマに対してなんだか引け目を感じてしまう。


「そうです。もしよかったらリーリヤさんも一緒に来てくれませんか」


「「え!?」」


 くしくもヘレナと反応が被ってしまった。

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