21.年頃乙女は理不尽とともに②

「ち、違います。ちょっと話したいことがあるだけで・・・」


 イレネの言うように買ったばかりの服を見せびらかしたかったわけではない。ただ、話し合いをしたかったのだ。


 一番は噴水のある広場で見た花の乙女のこと。イレネからも聞いたが、リーリヤの年齢では今から花の乙女になるのは難しいらしい。


 けれど、妖精を宥めるだけなんていうあんな簡単でリーリヤに向いている仕事は他に考えられない。そう簡単に諦められるはずもなかった。


 魔女としての技量もあるし、白霞の森で数多の妖精を従えた実績もある。いっそのこと実力さえ示してしまえば案外簡単に認められるのではないか。


 そんな諸々を含めたリーリヤの今後に関わる重要なことをアルマスに相談したいと思っていた。


 まあ、服の感想も聞いてみたいと思ってなくもないけれども。


 だというのにアルマスはあの夜以降は一度も顔を見せていない。もう一週間も経つというのに。


 あっちこっちに人を連れ回したかと思えば、今度は何日も音沙汰がなかったり。つくづく人を振り回す男だ。


 リーリヤとしては目の前に良い解決策があるのに手が出せない状態なのだ。早くと急かす心がもどかしくて、それがリーリヤの苛立ちを募らせていたのは事実である。


 いっそのこと勝手にやってしまおうかとも考えた。しかし、そのためには妖精が揉め事を起こしている場面に出くわす必要がある。


 イレネからの情報ではある程度定期的に決まった場所で妖精に関する設備の不具合や問題が起きるらしいのだが、具体的にはいつどこで何が起こるのかまでは知りようがない。


 アルマスならなんだかんだで知っていたりするのではないか。そんな期待感も含めてアルマスに話を通しておくつもりだった。


 なのにこうも待たされるのは予想外だ。


 アルマスは街外れの工房にいるとトビアスは言っていた。

 けれども地区名を聞いたってリーリヤにはどこなのか見当も付かない。道もわからない街中を一人で歩いて探すのは嫌だし、イレネもトビアスも忙しく働いているので連れて行ってくれとも言えない雰囲気だ。


 結局、リーリヤは大人しく手伝いをしながらステーン家で待ち続けているわけだった。


 せめて実力を示す機会さえあれば。そうすればアルマスの手なんか借りなくても自力でどうにかするのにとリーリヤは歯がみする思いだった。


「そうだなぁ。最近、あいつ顔を出さないからな」


 トビアスが会話に参加してくる。


 リーリヤと二人きりだと難しい顔をしてほとんど話さないのにイレネが間に挟まると途端に饒舌になる。こういうときのトビアスの表情はどうにもほっとしている感じがするのはなぜなのだろうか。


「きっと忙しいのよ。なんていってもアルマス君はこの街一番の錬金術師なんだから」


「一番?あのアルマスが?」


 リーリヤは疑いの目を向ける。


 あのへらへらした男が街で一番凄いと言われても想像がつかない。


 そもそも錬金術師というものがどういった職業なのかもリーリヤはよくわかっていない。


 ちょこちょこ不思議な力を持った指輪や腕輪を持っているらしいのは見ていて知っているけれどもそれだけだ。


 トビアスはジャムの入った瓶にラベルをつける作業を止めて、顎髭をさすりながら首を捻った。


「実力だけはあるらしい。とはいっても俺達も詳しいことはわからないんだが。あいつから仕入れている品を見る限り腕は良い。それは断言できる。だが一番なのかと言われるとどうなんだか。あの『名人』を越えるほどにはどうにも見えないんだよな」


 リーリヤとしてはその話をもっと聞いてみたかった。


 アルマスが作った物が雑貨屋に並んでいることを知らなかったし、それがどれでなんなのかとか。


 なんでアルマスが『街で一番凄い錬金術師』と言われているのかも気になる。ひょっとするとアルマスが勝手に言っているだけなのではないか。平気でほらを吹く姿が容易に頭に浮かぶ。


 それ以外にも聞きたいことはたくさんあった。


 アルマスの昔のことは少しくらい知っているつもりだが、今のことはほとんど何も知らないのだ。改まって本人に聞くのも気恥ずかしいし、この機会にさりげなく情報を集めてやろうという腹づもりだった。


 しかし、その思惑は外れてしまう。


 ある意味この家で一番の厄介者が姿を現したのだ。空気が読めない自覚のあるリーリヤでさえもこの娘ほど和を乱してはいないと思っている。


 眉間に皺を寄せてむっつりとした少女が階段を降りてくる。


「あら。ヘレナちゃん、おめかししてどこか行くの?」


 長い黒髪に合う大きな白い帽子を被り、爽やかな水色のワンピースの上に赤い花柄の刺繍が入った薄手のカーディガンを羽織っている。


 ヘレナは青色の瞳を細めて、リーリヤ達にきつい視線を向けてから玄関を兼ねている店側の方に足を向けた。


「わたし、お昼入りませんから」


 それだけ言って出て行こうとするヘレナに待ったをかけたのはトビアスだった。


「ヘレナ。お母さんの質問に答えなさい。どこに行くのかと聞いているだろう」


 足を止めてヘレナは振り返る。その表情は『不機嫌です』という感情が全開となっている。目をつり上げて睨み付けるヘレナに対し、トビアスは忽然とした態度を取る。


「夕ご飯までには帰ります。それでいいでしょう」


「良くない。どこに行くのかきちんとお父さん達に教えなさい」


「嫌です。なんで言わなきゃならないんですか」

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