18.花の乙女②
「んっ。このスープおいしい」
「でしょう?私もここのサーモンスープはお気に入りなの」
やっとこさ全ての買い物を終えてリーリヤ達は遅めの昼食を取っていた。時刻としてはさっき午後の1回目の鐘がなったところ。
今はイレネお勧めの喫茶店でゆったりとランチを味わっている。
スライスしたトマトとチーズだけを交互に並べて挟み込んだバゲットサンドと分厚いサーモンが浮かぶクリームスープはハーブの香りも合わさって食欲が刺激される。
黙々と食べ進め、スプーンを置いたところでやっと人心地が付く。
お腹も満ちて心に余裕が戻ってくると周りの様子を見渡せるようになった。
リーリヤ達は店の外にある通りに置かれたテーブルに座っている。
先日の喫茶店『花々の羽休め』でもそうであったが、この喫茶店も店内にはほとんど人はおらず誰もが通りに面したこの場所にいる。
その理由はなんとなくリーリヤにもわかった。せっかくの日の光を浴びたいのだ。
リーリヤも森にいた頃には天気の良い日にちょうどいい木漏れ日の場所を探して歩き回ったものだ。
リーリヤの座っている席は見通しがよく、緩い傾斜になっている通りを降りた先にある広場の噴水をよく見ることができた。
涼やかな水を勢いよく噴き上げており、強めの春の日射しにはきっと心地よいことだろう。
リーリヤには水が噴き出す勢いが強すぎるような気もした。けれども、塗れた石畳の上で遊ぶ子ども達を見るにこれがいつもの光景なのだと思えた。
噴水を見ながらまったりする人もいれば、飲み物片手に本を読む人もいる。
誰もがくつろいだ雰囲気を醸し出していて、リーリヤもなんだか穏やかな気持ちになってくる。
「結構、人が多いのね」
お昼の時間でもないのにほとんどの席が埋まっている。それだけではなく新たに訪れる客も少なくない。
あっという間に満席になり、座るところがなくなると彼らは注文した品を持ってわざわざ通りに立っていたりする。
「そうね。皆、同じ目的で来てるのよ。何しろここは穴場だから」
リーリヤが首を傾げているとイレネは食後のハーブティーを味わいながら教えてくれる。
「一週間に一度、あの広場の噴水には花の乙女が来るの」
「花の、乙女?」
どこかで聞き覚えがある。
そうだ、昨日図書館で行われていた人形劇にそんな名前が出ていた。
幼い子ども向けの話とはいえ、魔女であったリーリヤにとってはあまりに不快な内容だったので半ば記憶から忘却していた。
「えっと、なんか昔のお話に出てくる人でしたっけ?」
「あら?リーリヤちゃん、ひょっとして知らないの?」
イレネが目を丸くして驚いている。
その反応にリーリヤは背筋がひやりとする。これは知っていないとおかしい話題なのか。
リーリヤ自身、この街での常識に欠けている自覚はある。
それが原因で魔女と関わりがある人間だと怪しまれる可能性だって十分考えられるのだ。
しかし、リーリヤにはどんな行動をすると疑いの目が向けられるのかまでは判断が付かない。
昨日の『魔女ばれ』の一件はリーリヤの早とちりで済んだが、ああいう魔女らしい行動以外にもきっと些細な振る舞いでボロが出てしまうのかもしれない。
リーリヤは無知であることがどんなに拙いことかをやっと理解した。
それはそれとして、こういう誰もが知っているはずの知識くらい教えておいて欲しいとも思う。ここにはいないアルマスに恨み言をぶつけたい気持ちに駆られる。
「そういえばリーリヤちゃん、もともとずっと遠くの地方に住んでいたって言ってたものね。花の乙女の風習は地方の小さな村や町にはないって聞いたことがあるわ。リーリヤちゃんが暮らしていた場所には花の乙女がいなかったのね」
頬に手を当ててイレネは頷いている。
リーリヤが現実逃避をしてアルマスへの文句を考えている間にイレネは一人で納得してくれたようだ。
『田舎から出て来たばかりのやんごとない事情を抱えた世間知らずのお嬢様』、だったか。
アルマスに初めて言われたときには『何を巫山戯たことを』と思ったが案外この嘘の肩書きは役に立っているみたいだ。
やんごとなくもないしお嬢様でもないので他人事の気分になるが助けられているのも事実である。
「そうね。多分、説明するよりも直接見た方がいいと思うわ。ほら、ちょうど着いたみたい」
イレネが指差したのは広場とは反対方向。通りの上の方から下の広場に向かって一人の少女が駆け込んでくる。年頃はリーリヤと同じくらいだろうか。
綺麗な花模様の刺繍が施されたケープを肩にかけた少女は人混みをかき分けてこっちに向かってくる。
「どいて、どいてー。ちょいと通らせてもらいますよっと」
肩の力が抜けるような落ち着きと親しみのある声で赤毛の少女がリーリヤの座るテーブルの横を走っていった。
「やっと主役の登場だ。ちょっと来るのが遅いんじゃないかー!」
「向日葵の嬢ちゃん、今日も期待してるよっ」
「花の乙女さん、頑張ってね!」
黄色い大輪の花が付いたカチューシャをした赤毛の少女は野次とも声援とも付かない周囲の声に対して、にへらと笑って手を上げて応えている。
「あははー。すみませんね。ちょっと本業の方で手間取っちゃいまして」
少女が広場に着いた時には噴水を囲むように人だかりができていた。
昨日見た有名な吟遊詩人とやらよりも熱狂的に迎え入れられている。彼女の姿を見ただけで人々は拍手をしたり、口笛を吹いたりとはやし立てていた。
「あの人が花の乙女なんですよね。これから何かあるんですか?」
イレネは口元に微笑を浮かべるだけだった。どうやらその目で見なさいということらしい。
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