10.魔女の嫉妬④
翌日、リーリヤが自室で準備を終えてリビングに降りるとそこには既にアルマスがいた。
柔らかそうな金髪に整った顔、そこにはいつも浮かべている良く言えば親しみのある、悪く言えば軽薄な笑みが浮かんでいる。
リーリヤはアルマスのこの笑みがなんとなく気に入らなかった。リーリヤの記憶にある少年だったアルマスはこんな笑い方をしていなかった。いつもむすっとしてどちらかというと気難しい男の子だったはずだ。
しかし、しかめっ面をしていても年下のリーリヤにはなんだかんだと構ってくれていた。今もそこは変わらないのかもしれない。それがまたなぜか無性にむかつくのだ。
彼は我が物顔で椅子に座り、家主であるトビアスやイレネと親しげに談笑している。
一緒に暮らしているはずのリーリヤなんかよりもよほど親しげで二人も楽しそうだ。
実際そうなんだと思う。リーリヤがこの家に来る前はアルマスがここで暮らしていたと聞いている。
リーリヤと話すときは二人ともどうしてもぎこちなくなってしまう。そんなところにもリーリヤはアルマスにむかむかしてしまう。
「お待たせ」
リーリヤはアルマスに声をかける。思ったよりも不機嫌な声が出てしまったことに自分自身でびっくりする。
アルマスが気分を害してないか気になるが出してしまった声はもう戻せない。
「おっ、腐らずにちゃんと出て来たね。えらい、えらい」
わざとらしく腕を組んで大袈裟に頷いているアルマスに対して、何を偉そうなと思う。
『花々の羽休め』という喫茶店でのお仕事初日はお世辞にも上手くいったとは言えなかった。そのせいでリーリヤがふてくされているのではないかと勘ぐっていたのであろう。
あいにくそこまで柔なつもりはない。リーリヤはアルマスの正面にある自分の席に座ると努めてすまし顔を維持した。
アルマスに対するリーリヤの態度を見てトビアスは苦笑を浮かべている。イレネも微笑ましそうにしながらリーリヤの前にお茶を置いてくれる。
柔らかな香りのするハーブティーだ。初めて飲んでからたった数日ではあるがリーリヤは既にこのお茶が好きになっていた。
一口飲むだけで心の中にある棘が少しだけ丸くなっていく気がする。
いけない、とリーリヤは自分を諫める。どうにもアルマスには攻撃的になってしまう。
言動は軽いし、バカにされた気分になるし、理由があってもなくてもアルマスを見ると八つ当たりをしたくなる。
これが甘えなのだとは不本意ながらわかっている。この街でアルマス以外に碌に知り合いのいないリーリヤには彼だけが頼りだ。
だというのにこの男は訳もわからないままのリーリヤをステーン家に預けて7日間も顔すら出さずに放置したのだ。
どれだけリーリヤが心細かったか、わかっているのだろうか。
それだけではない。昨日の喫茶店もそうだが、彼は行く先々で様々な人から声をかけられていた。
皆親しげに彼に声をかけ、彼も彼で楽しそうに会話をしている。リーリヤにはまるで見せつけられているように思えた。リーリヤには他に友達の一人もいないというのに。
また心が荒んでくる。リーリヤはお茶のほんのりと甘い香りに意識を向けるようにする。
ここのところはずっとこうだ。じっとしているとぐるぐると暗い思考が渦巻いてくる。
「それ飲み終わったら行こうか」
アルマスの呼びかけに顔を上げれば、彼は優しげにリーリヤを見ていた。
一応、感謝していなくもない。リーリヤのためにあれこれ手を尽くしてくれていることも知っている。
けれどいつまでも彼に甘えるわけにもいかない。自分で出来ることくらい自分でする。
「お店の場所はわかったし、今日からは付いてこなくていいわよ」
リーリヤなりの意思表明だった。
昨日は確かに失敗してしまったけれど今日は違う。そもそも給仕なんて誰にもできる仕事だ。
計算については昨日のこともあり自信はないが、自信がなければやらないように立ち回れば良い。
店員の中には会計の仕事をしていない人間も何人かいた。ならばリーリヤもそうすればいいのだ。
アルマスとの約束で誰にも言うことはできないがリーリヤは魔女だったのだ。あの霧に満ちた暗い森で凶暴で陰湿な数多の妖精共を従えてきた自分からしたらこの程度のことなんでもない。次は失敗なんてしない。
本当のことを言えば、なんで自分がこんなことをしなければならないのだろうとは思う。
けれど生きるために必要と言われれば仕方がない。やりたくはないけれどやってみせる。
そんな意気込みを示したつもりだった。
それなのにアルマスの反応はなんとも妙な感じがした。
「うん?ああ、そういえば伝えてなかったね」
リーリヤはカップを握る手に無意識に力を込める。
アルマスがこういう惚けた表情をするときは大抵ろくでもないことだとこの短い間にリーリヤは学んでいた。
「『花々の羽休め』でのことはしばらく気にしなくていいよ。言ったろう?切り替えるようにって。今日からは別の所に行ってもらうからね」
リーリヤは頭の中が真っ白になる。
自分が上手くできなかったことは自覚している。きっとあの優しげな店長にだって迷惑をかけたのだろう。それでも人間社会というのはこうまで厳しいものなのだろうか。
「私たった1日でクビになったの・・・?」
リーリヤは自分の出した声が随分と遠くに聞こえた気がした。
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