9.春の祭りは不穏をかもす③
「魔女に会うため?」
そんなことのためにわざわざアルマスに薬を持ったり、こうして縄で拘束までしたのかと思ったのがわかったのだろう、村長は苦々しい顔をした。
「『遍歴の智者』の資格を持つあなたからすれば『その程度』と思われるのでしょう。しかし、私達にとっては違うのです。会話をしようにも魔女と接する機会が全くといっていいほどない。彼女が村に訪れることなど数年に一度あるかないか」
魔女が積極的に人と関わりを持つことは少ない。
人の立ち入ることが難しい森の奥に棲んでいるからということもあるが、魔女自体が人と関わることを好まないのだ。詳しい事情は知らない。しかし、村人が魔女を忌避するように、魔女もまた村人を忌み嫌っている。魔女と人との関係は元来そういうものだ。
アルマスだって昼間にあったあの魔女が気さくに村へと顔を出すなんてことは想像が付かない。
「その上こちらから魔女のもとに向かっても決して辿り着くことはできないのです」
「森に入ってもしばらくすると霧が出てきていつの間にか森の外に追い返されてしまうのだよ。私自身も実際に何度も体験した」
錬金術師のキースキは腕を組み悩ましげに唸る。
「魔女の術というのはなんとも摩訶不思議なものだ。妖精ども相手ならまだしも、魔女の霧相手では私の知る錬金術ではどうにもできなかった。不甲斐ないことだがね」
「そんな!先生は本当に良くしてくれています!妖精だって容易くあしらっておられたではないですか。すべてはあの厄介な魔女が悪いのです」
「そうだそうだ」「先生は凄い」「私達の唯一の理解者だ」
老人達も村長と一緒になってキースキを擁護している。アルマスを縄でぐるぐる巻きにしてくれた若者達もそれにあわせて意気込んでいた。
やれ魔女は俺たちが怖いんだ、森に引きこもっているだけの臆病者だとか実に勇ましいばかりだ。非常にどうでもいいことだが彼らはこの交渉の席とやらに必要なのだろうか。さっきから野次しか飛ばしていない気がする。
興奮して騒ぎ立てる彼らをアルマスは冷めた目で見ていた。
それにしても随分と親切なことだな、とアルマスは思う。『森から追い出される』というのはおそらく魔女の配慮だ。一度森に入ったからわかる。白い霧に人を森から追い払う力なんてない。ならば彼ら村人が森に深入りできないよう魔女手ずから追い払っているとしか考えられない。なにせ彼らでは森の浅いところにいる悪戯好きなだけの妖精を相手にすることはできても、深部に潜む本当に怖ろしい妖精には簡単に弄ばれて殺されてしまうだろうから。
「そんな優しそうな魔女には見えなかったけどね」
ぽつりと呟くアルマスに村長が目ざとく気付いた。
「今なんと?」
「ああ、いや、独り言。それよりも事情はだいたいわかったよ。それで儀式の際に魔女と必ず会うことになる『遍歴の智者』の立場が欲しいというわけだ。―――魔女となんの話をしたいのかまでは聞かないけれど」
「それは・・・」
村長が言葉に詰まる。あまり部外者に話したくない内容なのかもしれない。外部の高名な錬金術師に協力を仰いでおり、その助力を得られている時点でその目的は目星が付く。
「ただ君達の要求は飲めないな」
村長や老人たちが何かを言おうとする前にアルマスは遮るように続けた。
「そもそも間違いが2つある。『遍歴の智者』という呼び名のせいで勘違いしたのかもしれないけどね、これは物知りであれば誰でもなれるものじゃない。ましてや錬金術師としての有能さも経歴もまるで関係がない。『遍歴の智者』とはね、学術協会が認定する歴とした称号を指すんだよ」
アルマスの説明に異議を唱えたのはキースキだった。
「何を馬鹿な。学術協会が魔女などという怪しい存在に関わるはずがない。此度の私達の計画にも協会は一度たりとも賛同しなかった。どれだけ協会の、ひいてはこの国すべての錬金術師の利になるか説いてもまるで聞き入れない。人を寄こすどころか、援助一つを得ることもかなわなかった。第一、ふざけたことに協会の奴らは頑なに魔女の存在さえ認めようとせん」
「『愚かなる賢者』」
「っ・・・!」
「3級ともなれば地方の協会の重鎮クラスだし、聞いたことくらいあるよね」
キースキの表情が固まる。
「あれは、しかし、別の学問の。それも大昔に流行った学問を探求する時代遅れの専門家達のことだろう」
「時代遅れの専門家、か。上手いこと言うね。その通り。『遍歴の智者』というのはその『愚かなる賢者』の一つの別称さ。学術協会はその存在理由や認定根拠に魔女などという単語は一切用いないけどね。『愚かなる賢者』が魔女との関わりを持つのは協会の意図したところではなく、現代では役に立たないとされるゴミ学問を収めた『賢者』が勝手にやっているだけ。協会の言い分としてはそんなもんだよ」
渋面を作ったキースキにアルマスは大仰にため息を吐きながら告げた。
「恥ずかしながら身内でね。おかげで俺の肩身も狭くて仕方がないよ。まったくもってやりたくないんだけど、代役を務めないといけない立場にあるんだ。さすがに代理の代理は認められないからってのが理由の1つ。あとは2つ目の理由だけど」
言葉を切るとともにアルマスは立ち上がった。
アルマスを縛っていた縄がバラバラに切断されて地面へと落ちるのと同時に一陣の風が室内なのにも関わらず強く吹きわたった。
瞬間、会議室は悲鳴で満ちる。長机はひっくり返り、椅子は吹っ飛び、若者も老人も関係なく人は壁際まで転がる羽目になった。
アルマスの手の平の上では渦巻く風を纏った澄んだ緑色に輝く結晶がふわふわと浮いている。錬金術により風の力が込められた魔具『青嵐の種』だ。扱いこそ複雑で小難しいが、その効力は強大。風を自在に吹かすことは言うに及ばず、使い方によっては堅い大木を切り裂くことも、重い岩石を吹き飛ばすことだって可能だ。それこそ名前どおりに局所的な『嵐』を起すことさえ出来てしまう。
今にも暴れ出しそうな荒れ狂う風の塊を制御するにも繊細な調節と膨大な知識を有するのに、アルマスは涼しい顔で風を操ってみせた。
あえて話に乗っていただけで抜け出そうと思えばいつでも縄を切り捨てることができたのだ。余裕の笑みを浮かべたアルマスは他の村人同様に情けなく床に転がるキースキに向けて首元にかけられたペンダントを取り出した。先ほどキースキ自身が見せたのと全く同じようにペンダントをかざす。金色に光るそれは大きな星と小さな星で構成された3つの連星が象られている。
「3級だと・・・!?君はその若さで錬金術を極めているというのか!」
「そっ。俺、天才だからさ。ついでに言うと学術都市シニネンクーマのね」
「3大学術都市の・・・」
「つまり等級は同じでも都市の格付け的には俺の方が上というわけだ。君達の論理で言うとより賢き者が『遍歴の智者』になるべきらしいからね。残念ながら彼はお呼びではないことになる」
押し黙るキースキ始め、村人達を前にアルマスは手を叩いた。
「そういうわけで解散解散。いやあ、無駄な時間だったね。おっとそこの君達、早まって暴力を振るおうとするなよ。俺はいつだってこんな掘っ立て小屋吹き飛ばすことができるんだからさ」
牽制の意味を込めて手の中の『青嵐の種』をちらつかせる。すると年寄りも若者も皆悔しそうに俯いた。ついさっきまでぐるぐるに縛られたアルマスを前に偉そうにふんぞり返っていたのが嘘のような情けなさだ。
つまらない茶番劇に巻き込まれたとはいえ、魔女との約束の時間まではまだ1刻以上ある。広場に戻って憂さ晴らしに酒でも飲もうと考え、アルマスが静まりかえった室内を後にしようとしたところ小さな嗚咽が耳に入った。
「・・・あ、・・・あ、ああ」
言葉にならないうめき声を漏らしているのは栗毛の女の子だ。
さすがに子どもを吹き飛ばすわけにもいかないので、彼女はアルマスからしかるほど離れていない場所で一人だけぽつんと立ち惚けていた。
アルマスの視線が女の子に向く。
小さくて細い肩が大きく跳ねた。みるみるうちに大きな瞳に涙が溜まり、雫がこぼれ落ちる。村の大人を瞬く間に吹き飛ばしたアルマスへの恐怖か、それとも見知らぬ相手に薬を盛る計画に荷担したことへの罪悪感か。
「うん。その方がいいか」
一人頷いたアルマスはへらへらとした笑みを浮かべて女の子に手を伸ばす。
アルマスの手が女の子に近づくと、女の子の顔は恐怖で引きつり、目をぎゅっと瞑った。もしかしたら殴られると思ったのかもしれない。
しかしアルマスはぽんと優しく女の子の小さな頭を包むように手の平を置くとその耳に顔を近づけてそっとあることを囁いた。すると、堅く閉じられたはずの瞳が驚きに見開かれる。
もう一度だけ女の子の頭をやんわりと撫でるように叩くとアルマスは室内の人々に向けてにっこりと笑って見せた。
「それじゃあ、皆さん。ご機嫌よう」
恨めしげな表情をする村人達をまったく気にすることなく、アルマスは悠々と惨状が広がる部屋を後にした。
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