第3話

 シュエナの元に皇太子は何日も通い詰めた。


 さすがに、手ぶらで女性の家に行ったと聞いたらしい女王は皇太子を厳しく責めたそうで。彼はシュエナの家に来る際、手土産を持って来るようになる。女王にきつく、言い含まれたと苦笑いで言っていた。シュエナは簡単に受け入れるつもりは毛頭にない。魔女の血筋を遺す気にはさらさらなれなかった。

 だから、皇太子の来訪は若気の至りで気まぐれだと思っている。そうでなかったら、異形を嫁にするだなんて正気の沙汰ではない。彼はシュエナの本来の姿を知らないから。自身は調合している薬や魔法でヒトとしての姿を保っている。これらがなかったら、とっくの昔に何処か深い森や山奥にでも引っ込んでいた。けれど、ルクセン王家はそれを望まない。

 魔女の血筋を王家に組み込み続けるために、そして。過去の盟約を守るためにも。決して、我らを手放さないためにだ。

 もし、自身が隣国の皇太子妃、しかも正妃にだなんてなったら。国の存続が危うくなる。スルティア皇国は私を排除しようと動くだろう。遅かれ早かれ、子供が生まれる前にだ。シュエナは秘かに決めた。

 皇太子妃になれたとしても、子供は望まないと。なるべくなら、皇太子には離縁を求めよう。早めに別れ、自身は深い森にでも隠れるのが良い。そして彼には諦めてもらい、ヒトの妃を改めて娶らせる。諦めないようなら、魔女の本来の姿を見せてやろう。シュエナは風邪薬の調合をしながら、考えるのだった。


 皇太子こと、アンドレイはシュエナが何故にあんなに自分を拒むのかを理解していた。黄金の髪に澄んだ琥珀の瞳の知的な美女にしか見えないが。彼女が手ずから調合した薬や魔法の力でその姿形を維持している。本当はシュエナは純粋な人ではない。魔女は夢魔や淫魔と言った類の魔族と人の間に生まれた子が大半だ。また、不可思議な力を使い、時には人の害になる事もあった。それを気に病みながら、人もとい、人族に手を貸したのが初代ルクセン王妃のエカテリーナだ。彼女は夢魔の父親と人族の母親との間に生まれた。

 そして、エカテリーナは夫となった初代国王のニコライと盟約を交わす。

 今後も自身の一族、ウエン族の娘を王家に捧げると。代わりに一族を保護する事が条件だった。ニコライは応じてルクセン王家は代々、ウエン族から妃を迎えていたのだが……。

 けれど、ウエン族の数も昨今では減少の道を辿っている。細々と北端の地にて僅かな人々が暮らすのみだ。

 アンドレイは当代の女王、アンジェリーナにウエン一族の保護を自国も協力すると持ち掛ける。最初は難色を示されたが。粘り強く、説得した。 

 アンジェリーナは仕方ないとばかりに告げた。


『そこまで言うのなら、アンドレイ様。王都の北側の郊外に一人の魔女が住んでいるわ。彼女こそ、純粋なウエン一族の末裔よ。その魔女を保護し、かつ妃に出来たら。私はこれ以上、何も言わない。会ってみたら分かるわ』


 何もかもを見透かしそうな黄金の瞳でアンジェリーナは言う。アンドレイは頷き、言葉通りに北側の郊外にある魔女の居所たる一軒家を目指し、王宮を単身で出たのだった。


 そして、夕暮れ時に。アンドレイは一人の若い女性の後ろ姿を見つけた。遠目でも分かる鮮やかな黄金の髪、華奢ながらにピンと真っ直ぐに伸びた背筋。もしや、あの女性がアンジェリーナが言っていたウエン族の末裔か?

 そう思いながら、適度な距離を保ちつつ、追いかけた。が、尾行していたと知られるのもまずい。着ていた外套のフードを被り、とっさに近くにあった大木の影に隠れた。しばらく、夜が更けるのを待った。


 アンドレイは女性が入った一軒家を確認する。あの家が例の魔女の住居すまいか。

 仕方ないと腹を括り、住居のドアをノックする。しばらくして中から、女性が出て来た。夕暮れ時に見つけた黄金の髪に澄んだ透明感のある琥珀の瞳に息を飲む。


(……あの時の魔女殿?!服装は違うが、顔立ちや背格好、声はそっくりだな)


 内心で思いながらも住居に上がらせてもらうのだった。


 そんな一回目の邂逅の夜から、約百日近くが過ぎた。季節は緩やかに過ぎ、初日は九月の下旬近くだったが。今は冬に入り、新年も近くになっている。シュエナは今日もやってきた皇太子こと、ドリューを出迎えた。


「……本当にドリュー様は諦めないわねえ」

 

「君が受け入れてくれるまでは引かないよ、エナ」


 シュエナはゲンナリとする。やはり、あの向こう見ずな皇帝の息子だ。諦めが悪過ぎる。


「エナ、いや。君のセカンドネームはセレネだったな」


「何故、知っている?」


「……調べたよ、ルクセンの北端に行って。君の祖母君や叔母君方に詳しく聞かせてもらった」


「ほう、なかなかやるな。我々が魔族と言っても、元は天上からろされた女神の末裔である事も突き止めたか」  


「ああ、エナが本当は月の女神の子孫どころか。魂や神力をも受け継いだ先祖返りなのも聞いたよ。だとしても、恩義を返すためにもスルティアに来てもらおうか。セレネ神」


「……嫌だと言ったら、どうするつもりだ?」


 ドリューは不敵に笑う。その表情には凄みがあった。


「無理矢理にでも連れて行くよ、そして。俺に振り向くまで放すつもりはない」


「強引過ぎないか」


「元から承知の上だ、ちなみにな。俺の祖先も地上に堕ちた神なんだよな」


「はい?!」


「まあ、男神ではあるがな。確か、名はジュピタだったか。雷神らしいよ」


 シュエナは固まった。ジュピタと言ったら、あの堅物の雷神だ。自身から言うと、はとこに当たるが。まさか、堅物の子孫が言い寄ってくるとは。家のフローリングにへたり込む。

 ジュピタの子孫もとい、ドリューを睨みつけたのだった。


 あれから、新年を迎えた。ドリューは不承不承で婚約を受け入れたシュエナに甘く接する。


「エナ、今日こそは逃げるなよ」


「はいはい、私が逃げてもすぐに見つけるくせに。あんたには千里眼でもあるのか」


「あるわけない、まあ。勘は昔から良かったけど」


 ドリューはにやりと笑う。してやったりと言いたげだ。悔しい。何で、拒み切れなかったと自身を殴りたくなる。


「まあまあ、エナ。やっと、婚約できたんだからさ。これからはよろしく頼むよ」


「……この!私が逃げられないと分かっての言葉か!?」


「そりゃそうだ、神を逃がさない魔術は存在する。遠い昔にジュピタ神が編み出したものだ」


「あの堅物め、今度からろくでなしに格下げだな」


「仮にも、俺の祖先だからな。喧嘩を売りには行かないでくれよ」


 シュエナはジュピタにそっくりな婚約者を睨みつけた。まあ、自身がこんな事をしたって意味はない。何故なら、逃げられないように両手の平には魔力封じの紋様が魔術で刻まれている。しかも、追跡の術込みだ。これのせいで逃げてもすぐにドリューや護衛騎士に見つかってしまう。 


「分かった、喧嘩はしない」


「よろしい、さあ。王太子妃としての今日は初日だ。婚姻式だからね」


 常よりも甘く笑う。そう、今日はシュエナとドリューこと、アンドレイの婚姻式の当日だ。真っ白なウェディングドレスにベール、綺麗に施されたお化粧のためか、いつも以上に美しい。アンドレイはシュエナの手を握り、離した。控え室を出る。

 手に持ったブーケを投げつけたくなったが。さすがに我慢した。控え室のドアがノックされる。入って来たのはルクセン王国の先代であるヴィルヘルムだ。傍らには義父のラッセン公爵がいる。


「……うむ、美しいな。シュエナ殿」


「はい、ありがとうございます。おじ様」


「本当にな、シュエ」


 最初がヴィルヘルム、次がシュエナ、最後がラッセン公爵だ。ラッセン公爵は近寄ると右腕を差し出す。シュエナは軽く手を添え、控え室を出た。夫になるアンドレイが待つ礼拝堂を目指し、ヴァージンロードを歩いた。冬の淡い日差しがシュエナのドレスやベールを優しく包むように降り注いでいたのだった。


  ――True End――


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金色の魔女は夜明けの色に惑う 入江 涼子 @irie05

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