第2話『主婦、へそくりに目覚める』**
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### **第二話『主婦、へそくりに目覚める』**
「50円…50円ねぇ…」
コックローチ・ソルジャーが遺した魔石を、私は太陽…ではなく、天井から生える発光性の苔にかざしてうっとりと眺めていた。これを10個集めれば500円。ペットボトルのお茶が3本は買える。塵も積もれば山となる、とはよく言ったものだ。
「お母さん、いつまで見てるの。タイムセール、始まっちゃうよ」
菜々美の冷静な声に、私はハッと我に返る。そうだ、今日の主目的は豚肉だ。
しかし、私の心には小さな、しかし無視できないモヤがかかり始めていた。
(この魔石、ダンジョン出口のギルド受付に提出したら、後日、査定額が我が家の口座に振り込まれるのよね…。夫の給料と合算されて、『家庭の預貯金』という名のブラックホールに吸い込まれていく…。結婚以来、私のお小遣いは月5000円。それも結局は、子どもの文房具や急な出費で消えていく。自分の力で稼いだこの50円くらい、私の自由に使ったってバチは当たらないんじゃないかしら…)
「…ねえ、菜々美ちゃん。これ、一枚くらい報告しなくてもバレないものかしら」
「犯罪者の思考だよ、お母さん。ギルドは全部記録してるんだから、すぐバレるって」
ジトッとした娘の視線が痛い。うう、主婦のささやかな夢さえ、このデジタル社会は許してくれないというのか。
しょんぼりしながら歩を進めると、通路が少し開けた空間に出た。そこでは、屈強な鎧をまとった二人組の冒険者が、奇妙な敵と戦って苦戦していた。
敵は、大きなウサギのような姿をしている。しかし、その毛は埃やゴミが絡みついて灰色になっており、跳ねるたびに凄まじい量のハウスダストをまき散らしていた。
「ゲホッ、ゲホッ!くそっ、なんだこいつ!攻撃しようと近づくと、目や鼻が…ハックション!」
剣士の男が、くしゃみを連発してまともに戦えていない。
「『ダスト・ラビット』だね。本体は弱いけど、まき散らすアレルギー物質が厄介なモンスターだよ」
菜々美が冷静に解説する。
なるほど、埃。ならば、対処法は一つしかない。
「お二人とも、お下がりなさい!」
私はパーティーの前に躍り出ると、リュックから二つのアイテムを取り出した。一つは、水道水を入れただけのシンプルな霧吹き。もう一つは、リビングの必需品、粘着カーペットクリーナー…通称『コロコロ』だ。
「奥さん、あんた何者だ…?」
呆然とする冒険者を尻目に、私はまず、ダスト・ラビットの周囲に霧吹きで水を撒いた。シュッ、シュッ。
「埃はね、舞い上がる前に水分で重くして、地面に落とすのが鉄則よ!」
水分を含んで重くなったハウスダストの飛散が、面白いように収まっていく。動きが鈍ったダスト・ラビットに向かって、私はコロコロを構えて突進した!
「仕上げは、吸着させてポイよ!」
私は、逃げ惑うダスト・ラビットの毛むくじゃらの身体に、コロコロを力強く押し付けた。
「ピギャアアアアッ!」
粘着シートに毛が絡みつき、身動きが取れなくなるダスト・ラビット。その隙に、私はフライパンに持ち替え、急所である額を一撃!ウサギは小さな光の粒となり、後にはふわふわの尻尾と、一枚の硬そうな鱗が残された。
「…すげぇ…」
「あの厄介なモンスターを、コロコロで…」
冒険者たちが、信じられないものを見る目で私を見つめている。
「お礼と言ってはなんだが、これを…」
剣士の男が、回復ポーションを差し出してくれる。
「まあ、ご親切に。でも、結構ですわ。それより、そちらのモンスターが落としたその『硬い鱗』、もしよろしければ譲っていただけませんか?うちのシンクの焦げ付きを落とすのに、ちょうどよさそうな硬さだわ」
私の申し出に、冒険者は「はあ…?」と気の抜けた返事をしながらも、快く鱗を譲ってくれた。
戦利品の尻尾と鱗を手に、私はほくほく顔で菜々美の元へ戻った。
「見たこと、菜々美ちゃん!主婦の知恵は、ポーションにも勝るのよ!」
「はいはい。それより、お母さん、その鱗、ちょっと見せて」
菜々美はスマホで何かを調べると、悪魔のような笑みを浮かべた。
「これ、『リザードマンの鱗』だ。ギルドの公式買取リストには載ってない非公式アイテムだけど、一部の武具職人さんが『滑り止め』の素材として個人的に高く買ってくれるらしいよ」
「…それって、つまり?」
私の心臓が、ドクンと高鳴った。
「ギルドを通さずに直接取引すれば、口座に記録は残らない。つまり…」
「へ・そ・く・り…!」
私と菜々美は、顔を見合わせてニヤリと笑った。
これぞ究極の『現物支給』!これなら、夫の知らぬ間に私だけの秘密の資産を築くことができる!
「さあ、菜々美!急ぐわよ!」
私の足取りは、ダンジョンに来た時の比ではないほど軽やかになっていた。
目標は、タイムセールの豚肉。そして、換金性の高い非公式ドロップアイテム。
欲望という名のエンジンに火がついた主婦の進撃は、もう誰にも止められない。タイムリミットまで、あと30分!
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