第21話 清廉潔白な傭兵

護衛ボディーガード?」

「うん……どうかな?」

 チラチラと東郷の反応をうかがいながら、凛は頷いた。

 何度も言うが、凛は暴力団組員またはその関係者ではない。

 東京都の暴力団排除条例では、彼らを以下のように定義している。


『【暴力団関係者】

 暴力団員又は暴力団若しくは暴力団員と密接な関係を有する者

(第2条第4号)


「暴力団若しくは暴力団員と密接な関係を有する者」

 例

・暴力団又は暴力団員が実質的に経営を支配する法人等に所属する者

・暴力団員を雇用している者

・暴力団又は暴力団員を不当に利用していると認められる者

・暴力団の維持、運営に協力し、又は関与していると認められる者

・暴力団又は暴力団員と社会的に非難されるべき関係を有していると認められる者

 等


 逆に見なされない事例ケースとしては、


・暴力団員と交際していると噂されている

・暴力団員と一緒に写真に写ったことがある

・暴力団員と幼馴染おさななじみの間柄という関係のみで交際している

・暴力団員と結婚を前提に交際している

・親族、血縁関係者に暴力団員が居る』

(出典:東京都暴力団排除条例 一部改定)


 この規定から凛は、暴力団及び密接交際者に当たる可能性は低い。

 それでもやはり、暴力団の親族ではあるのは事実なので、企業からはリスク対策の観点から避けられやすい場合が多い。

 東郷は不思議そうな顔で尋ねる。

「4号警備では駄目なの?」

 警備は法律上、4種類に分類されている。


①【1号業務】施設警備

[場所]

・オフィスビル

・商業施設

・病院

・マンション

・工場

・空港

 等

[内容]

・盗難や事故の防止

・不審者のチェック

・防犯カメラの監視

・出入管理

 等

[種類]

・常駐警備

・巡回警備

・機械警備→機械が異常を感知した時、現場に急行

・保安警備→商業施設で私服や制服で巡回し、迷惑行為や犯罪、不正行為を防止

・空港保安警備

    等


②【2号業務】雑踏・交通誘導警備

[場所]

 屋外が中心

・道路工事現場

・イベント会場

・お祭り

 等

[内容]

・人や車両の誘導を行い、事故や混雑を防止

[種類]

・交通誘導警備

・雑踏警備


③【3号業務】運送警備(輸送警備)

[内容]

・現金

・貴金属

・美術品

 等の貴重品や核燃料物質等の危険物を運搬する際に、盗難や事故を防止し、安全に輸送

[種類]

・貴重品運搬警備

・核燃料物質等危険物運搬警備業務

※・警備対象の積み下ろし時のみ警備を行ったり、輸送に同行して警備を行う場合も


④【4号業務】身辺警備ボディーガード

[内容]

・要人(例:政界、経済界等)

・芸能人

付き纏いストーカー対策

 等で、依頼者の身体の安全を守る

(出典:警備業法)


「それもしたかったんだけどね……」

 凛は目に見えて落ち込む。

「……相談した全ての警備会社に断られちゃって」

「……なるほど」

 言い難そうな凛の様子に、東郷は察した。

 警備会社は警察や自衛隊の天下り先の一つとされている。

 暴力団の捜査を行う機会が多い、警察の組織犯罪対策部出身者ならば理解を示してくるかもしれない。

 が、それ以外の場所から来た人々は組織犯罪対策部と比べると免疫が少ない為、どうしても敬遠せざるを得ない場合も多いと思われる。

 車内で銃器を沢山配備しているのは、警備会社に断られた末、自衛として選んだ道とも考えられる(非合法ではあるのだが)。

「どう……かな?」

 緊張した様子で、凛は尋ねた。

 彼女の左右や運転席、助手席の黒服も凛同様、表情が強張こわばっている。

「良いよ」

「え゛?」

 思わぬ答えに凛は、驚いた。

「「「……」」」

 黒服もギョッとした顔で、思わず東郷を見る。

 強面こわもての集団の視線が一気に集め、

「……」

 恐怖に感じたクラリッサは、東郷に抱き着いては、その胸板に顔をうずめる。

 自分から尋ねたのだが、それでも想定外の答えだった為、凛は聞き返す。

「良いの?」

「良いよ。でも契約書は、作ってね。諍いトラブルになった時の『言った』『言わない』の水掛け論は嫌だから」

「……うん」

 信頼の置ける家族や親友の関係性であれば、口約束でも良いだろう。

 それでも諍いに100%ならないとは限らない。

 それを防ぐ為には、事前に契約書を作るのは、当然である。

(……社会人の経験がありそうなくらい、しっかりしているな)

 会話には介入しないが、全て内容を聴いている黒服は、感心した。

 学生だから、口約束であっても不思議ではない。

 しかし、きちんと諍いになった場合に備えて契約書を重視するのは、社会人を連想してしまう。

「じゃ、じゃあ……作るね。時間がかかるかもだけど」

「良いよ。自分のペースでね」

「……うん」

 気遣われ、凛は安堵する。

 提案が快諾された嬉しさが殆どだが、ここでも配慮された。

「……時給はいくらくらいが良いかな?」

「最低賃金で良いよ」

「え゛?」

 2度目の驚愕。

 先ほど同様、黒服も唖然としている。

「……本当に?」

「お金は欲しいけど、あまりこだわると学業に支障を来たす可能性があるから」

「……」

 東京都の最低賃金は、令和7(2025)年4月時点で1163円となっている。

 これが夏に行われた審議の結果、63円増額し、最低賃金は1226円となった。

 効力の発生日は、10月3日。

 全国的には、66円増額され、全国加重平均は1121円。

 引き上げ率約6%は、過去最大の伸びで、これによって全都道府県の最低賃金が1000円以上となった。


 1226円 東京都

 1225円 神奈川県

 1177円 大阪府

 1141円 埼玉県

 1140円 千葉県、愛知県

 1122円 京都府

 1116円 兵庫県

 1097円 静岡県

 1087円 三重県

 1085円 広島県

 1080円 滋賀県

 1075円 北海道

 1074年 茨城県

 1068円 栃木県

 1065円 岐阜県

 1063円 群馬県

 1062円 富山県

 1061円 長野県

 1057円 福岡県

 1054円 石川県

 1053円 福井県

 1052年 山梨県

 1051円 奈良県

 1050円 新潟県

 1047円 岡山県

 1046円 徳島県

 1045円 和歌山県

 1043円 山口県

 1038円 宮城県

 1036年 香川県

 1035円 大分県

 1034年 熊本県

 1033円 福島県、愛媛県、島根県、

 1032円 山形県

 1031円 秋田県、岩手県、長崎県

 1030円 鳥取県、佐賀県

 1029円 青森県

 1026円 鹿児島県

 1023円 高知県、宮崎県、沖縄県

(出典:厚生労働省 HP)


 10月はペットボトルが200円台になる等、値上げの時期だ。

 それに合わせて賃上げした形になる。

 東郷が10月以降も護衛を続けた場合、最低賃金は現在と比べると増額する。

 本人は会社から地域手当を貰っているのでお金に拘りは無いのだが、彼を雇う場合、凛は10月以降、最低でも63円増額しなければならない。

「……検討するね」

「うん。お願い」

 東郷の無欲な態度に、凛はおろか、黒服も好感を覚える。

(出来た人間だな……)

 狙った訳ではないが、黒服の心も自然に開かせ、東郷は紅葉家とどんどん関係を深めていくのであった。


[参考文献・出典]

 綜合警備保障株式会社 HP

 厚生労働省東京労働局 HP

 厚生労働省      HP

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