第20話 告白

 他人から恐れられる状態が当然の環境で育った凛は、生まれてこの方、恋を知らない。

 見知った男性は、護衛ボディーガードの黒服くらいだ。

 後は、組事務所を出入りする組員だろうか。

 もっとも、彼らは高齢な分、異性として意識しにくい。

 暴力団の高齢化は、著しい。


        令和4(2022)年

 組員の平均年齢54・2歳(10年前より+6・8歳)

 50代 30・8%

 40代 26・3%

 30代 12・9%

 60代 12・5%

 70代 11・6%

 20代 5・4%

(出典:警察庁)


 周囲が自身とはあまりにも歳が離れている為、どうしても恋心が芽生えにくかった。

 比較的歳が近い20代の組員も少数ながら居るには居る。

 が、凛の家系が家系なだけに手を出すと、逆に指詰めを強いられたり、詰め腹を切らされる可能性も否めない。

 そんな危険な道を誰が選ぶだろうか。

 そういうこともあって、凛の周りには同年代の男性が中々なかなか居なかった。

 しかし、学校で遂に運命の人と出逢った。

 童顔で柔和な雰囲気の帰国子女・東郷大和である。

 誰に対しても腰が低く、相手が外国人であっても対等に渡り合えるほどの語学力を持ち、その上、武道を得意としている。

 更に言えば暴力団の家に生まれ育った自分に対しても恐怖感を持たない。

 凛が気に入る材料が揃っている。

 それが東郷という男子生徒だ。

「ふふふ♪」

 送迎車そうげいしゃの《ビースト》の中で、凛は上機嫌だ。

 待っているのは、東郷。

 今日は掃除当番なので、凛より少し下校時間が遅れているのだ。

 同席していた黒服が口を開く。

「お嬢、楽しそうですね」

「うん。初めて出来た友達だからね。いっぱい話したいんだ」

「良いことです」

 黒服も嬉しそうに頷く。

 自分たちの所為せいで凛に苦労を強いているのは、否定できない事実だ。

 凛の幸せを願う身としては、非常に申し訳なく感じている。

 そういうこともあって、彼女が嬉しそうにしているのは、途轍とてつもなく喜ばしい。

「お嬢」

「はい?」

「彼は柔道と空手を披露したんですよね?」

「うん」

「恐らくですが、それ以外の武道や格闘技も得意かと思われます」

「そうなの?」

「はい。服越しではありますが、体を見る限り、完成されています。更に指には『ガンたこ』が見受けられます」

「『ガンたこ』?」

 聞き慣れない単語に凛は、首を傾げた。

「射撃に心得がある人物の指にできることがある胼胝たこです」

 ガンたこの事例でいえば、


・人差し指

・中指の側面

・親指の付け根や腹


 等が厚くなるとされる。

 黒服の見る限り、東郷の手はまさしく『ガンたこ』とおぼしきものが感じられる。

「……銃社会で育ったからじゃないの?」

「それもあるでしょうが、そうであってもあまりにも体が完成されています。また、1番気になるのは、頬です」

「頬?」

「殆ど見えませんが、銃創じゅうそうが見られます」

 銃器に詳しくない凛を混乱させたく無い為、それ以上の説明を黒服はしない。

 しかし、彼の見立てでは、銃創はAK-47で使用されている7・62x39mm弾によるもの。

 銃規制がある日本では滅多に見ることは出来ない。

 が、AK-47は、主に共産圏や中東で流通している。

 アメリカ等、西側諸国でも使われているのだが、それでも使用者は海兵隊等だ。

 西側諸国では使用者が限定されている為、通常、東郷のような民間人が触れる機会は少ない筈である。

 にもかかわらず、その銃創がある所を見るに、何かしらの経験があることは間違いないだろう。

「これは推測に過ぎませんが、彼は恐らく熟練者プロです」

「……熟練者って?」

「推測するに……軍人かと」

「……学生で?」

「国によっては、教育カリキュラムの中に軍事訓練を導入している所もあるので恐らくそういう場所で受けた可能性もあるかと」

 日本では実施されていないが、世界では学生であっても授業の中で軍事訓練が実施されている国がある。

 その内の一つがロシアだ。

 同国では宣伝プロパガンダ授業の一つに「軍事訓練」と「軍事知識の基礎」があり、子どもであっても戦争を想定した授業が行われている。

 現地のメディアによれば、8~10年生に当たる生徒が軍事キャンプに送られてるという。

 

 ※ロシアの学制 11年制

 1~4年生→初等普通教育=小学校

 5~9年生→基礎普通教育=中学校

 10~11年生→中等普通教育=高校


 軍事キャンプを拒否した場合、その生徒の親は罰金刑を課されることから、政府の積極性が分かるだろうか。

「若し、お嬢がお望みであればですが……」

「はい」

 数秒後、黒服の提案を聴いた凛は、目を剥くのであった。


「お待たせ~」

 数分後、クラリッサをともなって東郷が車に入ってきた。

 正直、住処すみかのマンションは徒歩圏内なので態々わざわざ車を使うことはない。

 しかし、凛が誘ってくれた以上、断ることは忍びない。

 東郷とクラリッサが着席すると、真向かいに座っていた凛は、膝の上で握り拳を作っていた。

「……紅葉さん?」

「東郷君、ちょっといいかな?」

「何?」

 ただならぬ雰囲気に、クラリッサは、どんどん眉をひそめていく。

「……アルバイト、したくない?」

「内容と報酬によるね」

 学業に支障が出ないことを条件にしているが、学校はアルバイトを禁じていない。

 その為、労働者階級等、上流階級ではない生徒の多くは学費や小遣いを稼ぐ為に放課後、アルバイトに精を出していることがある。

 東郷は既に会社から地域手当等の報酬を受け取っているので、働く必要はない。

 しかし、日本の社会に溶け込むには、勤労も一つの手だろう。

「じゃ、じゃあさ……」

「うん」

 そこからができる。

 凛の膝の上に置かれた両手は、グーとパーを繰り返し、作る。

 1分ほど経っただろうか。

 その間、両者は一言も喋らない。

「……」

 かさず見守る姿勢スタンスの東郷に、凛は安心感を覚える。

(本当に……優しいなぁ)

 凛の方から始めたのに、一切、あせらしたり、怒る様子は無い。

 むしろ、菩薩ぼさつのような穏やかな笑みを浮かべて見守っている。

 そうした様子に、凛は何とか冷静さを保つ。

 沈黙が始まってから、5分頃。

 ようやく凛は、二の句をぐ。

 意を決した様子で、瞳に希望を宿やどした状態で口を開く。

「……私のこと、守って……欲しいな」

 

[参考文献・出典]

 ニューズウィーク日本版 2025年1月26日

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