第15話 恋に上下の隔てなし
マンションに到着し、東郷は先にクラリッサを風呂に促す。
「先、温まり」
「……」
躊躇うクラリッサ。
自分は殆ど濡れていないのだが、東郷は全身びしょ濡れ。
優先すべきは当然、彼だろう。
「良いから」
微笑む東郷は、彼女の背中を押して、風呂に行かせる。
階級上では東郷の方が遥かに上だ。
が、本人はその権威を一切誇示せず、相手を優先させている。
勿論、これは平時だけのことなのだが、それでも超体育会系の軍隊の社会では、相当珍しいだろうか。
「……」
脱衣場にあったタオルで水滴を拭う。
それから、脱いでは濡れた制服を洗濯機に放り込む。
そして、クローゼットからスポーツの
全身真っ黒のそれを着た彼は、童顔も
「……」
浴室が空くまでの間、東郷は時間潰しにノートパソコンを開く。
社内専用のSNSに接続すると、多くの
『
『大変だね。こっちは、忙しいよ。
内容は、
表面上は取り繕う社員だが、中身は彼らに対する不満を抱えている為、常日頃からそれをぶちまけれる場所を探している。
しかし、
更に国によっては、情報統制されている為、それ自体が利用できなかったり、
情報漏洩の観点からも、やはり使用し辛いのが現状だ。
そんな中で会社が「ガス抜き」として用意したのが、秘匿性が高いSNSである。
ロシアやイスラエル、エストニア等、ITに強い国々の
(やっぱり……赤い国は、評判悪いな)
反資本主義を掲げ、自国民には生活苦を押し付ける一方、特定の人々は貴族のように振る舞うその生活様式は、非常に社員から評判が悪い。
一応は依頼人なので、口出しすることは無いのだが、裏では
そもそも、創業に反共主義を掲げるアメリカが関与している為、当然ながら社員も反共主義者が多いのは無理からぬ話だ。
『そろそろ革命が起きてもおかしくはないくらい、国民の間には不信感が募っている。後は時機の問題だ』
『どこかは分からないが、忙しくなりそうだな?』
『多分、上手くいくだろうな。一度、火が付いたら止まらん。特に革命はな』
溜まっている不満は、何が契機で爆発するかは分からない。
それは歴史が証明しており、東欧革命の中で唯一、血が流れた1989年のルーマニア革命では、12月16日、ハンガリー人牧師への弾圧を実施した体制に民衆は反発。
この時、腐敗した体制に対する溜まりに溜まった不満も重なり、遂には革命に至った。
最終的には大統領夫妻は、22日に逃亡を図るもすぐに捕まり、
1947年の大晦日の前日、国王を脅迫して共産化したルーマニアは、42年後の降誕祭に流血によって民主化を達成したのだ。
直近では2011年のアラブの春がその事例に含まれるだろうか。
革命前、一部のアラブ諸国は独裁体制にあり、国によっては国民の多くが困窮していた。
そんな中、2010年末、チュニジアで露天商が悲劇に遭う。
12月17日、店の常設許可を求めて役所に行った彼だが賄賂を支払うことが出来なかった。
その結果、職員から暴行を受け、更に家族まで侮辱され、その上、野菜等も奪われる。
後日、彼は役所の前で焼身自殺を図り、翌年の1月4日に死亡。
この出来事がSNSを中心に拡散され、腐敗した国家に対する溜まっていた不満が爆発し、チュニジア全土で大規模な反政府デモが拡大。
政府はこれを鎮めることが出来ず、露天商の死から10日後の14日、大統領は国外逃亡し、チュニジアの独裁国家としての歴史に終止符が打たれた。
この投稿を行った発信者がどこに居るかは定かではない。
しかし、文面から察するに、何かの時機で爆発する可能性が高いようだ。
(大変だな……)
普段は童顔で穏やかな人柄の彼である。
が、実際には、度重なる戦闘を経験したことからそちらの方に慣れ、逆に平和に
唯一の救いは、戦争を支持している訳ではないことだろうか。
SNSのアカウントは持っているものの、基本的にROM専な東郷は、何も発言することは無い。
もう少し眺めるのも良いが、流石に浴室の扉が開く音がした為、あと少しでクラリッサがやってくる頃だろう。
「……?」
視線を感じ、振り返る。
数m後ろに立っていたのは、クラリッサ。
てっきり
「……」
自分で来た癖に胸部と下腹部は、必死に手で隠している。
「着替え、用意してなかったのか?」
「……」
恥ずかしそうにクラリッサは、首を横に振ると、その状態でゆっくり接近。
東郷の前まで来ると、そのまま抱き着く。
その体は痛々しい。
治療によって目立たない場所もあるが、手首や腕、脚に残る
(そういえば主治医が、『リストカット、アームカット、レッグカット』
顔を間近に見ると、目立たないが
よく見てみないと分からないレベルであり、普段から存在感が薄いこともあるので、彼女の顔の痕に気付く人々は極めて少ないだろう。
「……」
見上げたクラリッサの目は、何かを決意したように見える。
「……体で払う、ってことか?」
「……」
恥ずかしそうにクラリッサは頷く。
「……ありがとう。でも、大丈夫だよ」
気遣ってその頭を撫でる。
恐らく浴室で温まりながら、彼女なりに厚遇への感謝の方法を考えたのだろう。
「……」
やんわりと断られ、クラリッサは明らかに落ち込んだ表情を見せる。
精一杯の誠意を見せたつもりなのだが、それが成就できなかった悲しさが大きいのだ。
「……」
少し考えた東郷は、静かに呟く。
「二等兵」
「!」
厳かな口調にクラリッサは、一気に緊張する。
「嫌なら態度で示すんだ」
事前に忠告した後、東郷は優しくクラリッサを抱擁。
「!」
予想外なことに彼女の心臓は、早鐘を鳴らす。
そのまま目を閉じる。
……しかし、何もない。
「……?」
数秒後、目を開けると、東郷はその時機で離れた。
そして、いつもの穏やかな表情で告げる。
「じゃあ、風呂に入るから。二等兵、しっかり服を着るんだよ?」
「……」
母親のような優しい声音に、クラリッサは頷く。
その反応に満足したのか、東郷は彼女の頭を再び撫でた後、浴室に向かうのであった。
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