第32話 メティズヒリ、徹底制覇(10)

「ツルギ、離れろ!」


「はいはいっ、とッ」


 ツルギが大きく後ろに跳んだ。


 >> 危なかったな!

 >> 反射神経!

 >> 避けれてよかった


 >> 5000いいね 達成しました


 コメント欄からも、ほっとした気配が漂う。

 ちなみにこの回避は、体育の授業でひたすらバク転の練習させられた成果だ…… ってのは、別にどうでもいいか。 

 ―― さっきまでツルギがいた空間をぐにゃりと曲げながら、ルディネが放った透明なエネルギーが飛んでいく。そして。

 壁に、ぶつかる…… 音も、衝撃もない。

 ただ、壁の一部にいびつな形の穴があいただけ ―― 硬い鉱石の壁が、いとも簡単に。

 まるで、豆腐にキリを通すかのように ――

 もしこれに、ツルギがぶつかっていたら。

 考えると背筋が寒くなる……

 ―― やっぱり、正攻法での敵のメンタルケアなんて、できたもんじゃないよな。

 相手は数千年ぶんものループをとおして増幅された、負の感情の集合体なんだから、なおさら ――


 もうこうなったら方法はひとつしかない、と、ぼくは思った。

 ―― もういちど感動エネルギーゲージを満タンにし、魔王の力を使う。

 けど、エネルギーゲージが満タンになるのをただ待っているだけじゃ、いつになるかわからないな……

 いちおう。

 ぼくなんかに課金エネ注入してくれるとか期待してないけど、いちおう。

 革の本専用D E Wに書いて、視聴者のみなさんにも協力をお願いしてみよう。


『ルディネを倒すには、ぼくが魔王の力をもう一度使うよりほか、ないだろう。

 攻撃を回避しつつ感動エネルギーゲージがたまるのを待ち、いっぱいになった瞬間、魔王の力を発動させる』


 >> おっ

 >> ノブちんがやる気出してるw

 >> 珍しいww


 ―― やっぱりなかなか、課金エネ注入は出ないか…… 垣崎先生マリリンならあっというまに、積み上がりそうだけど。


「あっ、まあ、感動エネルギーゲージがいっぱいにならないとなので、まだまだです……」


 >> しゃーないな ☆3000エネ 注入し増した☆


 ―― え?

 ぼくはつい、何度もコメント欄を見直してしまった。見間違いじゃない。

 ―― 初めて、ぼくだけで課金してもらえた……! しかも3000エネも!


「ありがとうございます!」 


 ぼくは配信画面に向かって頭を下げる ―― こんなときなのに、つい口元がニヤけちゃいそうになるくらいには嬉しい。

 けど、状況はもちろん、喜びをかみしめてる場合じゃなかった。

 ルディネの楽器のような声が、ふたたび怒りに満ちた問いをかなではじめているからだ ―― 


どうしてガッティ…… 裏切ったアイジォナッ…… 許さないエ・ォレスト…… どうしてガッティ…… 許さないエ・ォレスト……〗


「ルディネっ! 裏切ってないよッ! 聞いてよッ……」


 ツルギの顔が、涙でぐちゃぐちゃになっている。


「ルディネは、俺らが何回ループしてもッ、いつも助けてくれたじゃんッ!? 俺ッ、あれ嬉しかったよッ! 忘れてないよねッ!?」 


「ツルギ。何回も言うけど、ルディネのなかでは、そのループのたび、助けた人間に裏切られたことになってるんだよ。何千…… えーと、数えきれないくらいに」


 >> うわ、それはそれで

 >> ルディネかわいそう

 >> ルディネの気持ちわかる


「ぼくは、ここでルディネをしっかり倒して、ループから解放してあげるべきだと思ってる」


 これまで、なにもできず立ち尽くしていたサエリとミウが、はっとしたようにぼくを見る。


「…… それは、そう……」 「そうよね。わたしならイヤだわ。こんなのが、ずっと続くなんて」


 >> わかりみ

 >> きついよな

 >> 消えてなくなりたいくらいつらいけど、消えるならまず自分をこんな目にあわせたやつらが苦しみまくって死ねよって思う、あれな……

 >> そやノブちんもうなんとかしたれ、って ↑すごい語りきた

 >> ひくわw

 >> ひけるやつらは幸せ

 >> わいも身につまされる ☆1000エネ 注入しました☆

 >> ワイも ☆1000エネ 注入しました☆

 >> ノブちんルディネたんをはやくラクにしてあげて ☆1000エネ 注入しました☆

 >> 少なくてすまん ☆500エネ 注入しました☆


 ―― ミウとサエリが賛同してくれて、コメント欄の流れが一気に、ルディネ討伐に傾いた。

 おかげで感動エネルギーゲージは、満タンだ。


「みなさん、ありがとうございます!」


 ぼくはすかさず革の本専用D E Wに発動の呪文を書きつける。


消えよディザゴ歪みしディストス時をティエ繰り返すエピテス悲しきリステス魔物よミズトロソ!』


 左手の革の本専用D E Wが強く光り、ぼくの右手に闇が生まれる ―― 時空魔法のエネルギーすら凌駕する、膨大な力。

 これが、視聴者のみなさんの感動エネルギーの力だ……!


 >> いっけえええ!ノブちん!

 >> 厨2魔王いけーーー!!!


 >> 5500いいね 達成しました


 ぼくは、ルディネに向かって闇を投げつけた。

 これで、終わりだ。

 魔王の力に抗えるものがあるとしたら、それは強大な神聖力に護られた勇者だけ ――


「待ったぁぁぁぁッ!」


 叫びとともに、闇が打ち消された。

 ツルギだ ――

 いつのまに出したんだろう。両側に翼の生えた、身長よりもでかい盾を支えてルディネの前に立ちはだかっている。

 この白銀の盾が魔王の力を防いだことは、誰の目にも明らかだった。


「あッ、この子、対魔王戦特化・防御型フェアリーッ! タテタテちゃんっすッ!」


 >> 裏切り者!

 >> それはないぞツルギ

 >> ツルギいーかげんにしろ!

 >> 空気読めよなツルギ!

 >> 微妙なネーミングがいつでもウケると思うなよ!

 >> ワイらのエネ返せ!

 >> そんなフェアリー出せなんて誰も言ってねー!

 >> てかエネ返せ

 >> そーだエネ返せ!


「ごめんッ! それは無理ッ!」


 ツルギは身長よりもでかい白銀の盾から半身をのぞかせ、深々と頭を下げる ――

 ふたたび頭を上げたツルギの目を見て、ぼくは困ったな、と思った。

 これ、説得できないやつだ。


「だってッ! 考えてもみてよッ!」


 ツルギの顔が、配信画面に大写しになる ―― これまでに見たことのなかった、真剣な表情だ。


「信頼した人間に裏切られてッ! 後悔とか絶望とか許せないとかッ、苦しい気持ちを、何千年ぶんも繰り返してッ! そのままの気持ちで最後、無理やり消されるなんてさあッ……! それで、本当に解放されると思うッ?」


 エネ返せ、で荒れまくっていたコメント欄が、一気に静かになる。

 ぼくはふと、思い出した。

 ―― たしか、ツルギは親に捨てられて施設で育った、って言ってたっけ。

 だからツルギには、ルディネの気持ちが他人事とは思えないんだろう。

 ツルギも知ってるんだ。身を切られるような絶望とか、わきあがる怒りに心臓を突き刺されるような、そんな感覚を…… おそらく、ぼくたちよりも、ずっとたくさん。


「俺はッ! 人は誰もッ、そんな気持ちのまま、死んじゃわないほうが、いいと思うッ!」


「わかった…… ごめん、ツルギ。ぼくが早計だった」


 ぼくは配信画面に向かって頭を下げる。


「視聴者のみなさんも、ほんとにすみません…… 思い上がって調子に乗って、無駄にエネ注入課金してもらってしまいました」


 >> うう……まあそのそれな

 >> 気にするなノブちん

 >> 悪いと思うなら返せ

 >> ↑黙れタコ

 >> ↑空気読め


「えーと…… たぶん返せないと思うんですけど、一回、先生に相談してみます」


 >> ほんと気にするなよ

 >> わいら大人やし

 >> それな。課金は自己判断


 ―― 視聴者のみなさんが優しくて、ありがたすぎる。

 あとで絶対、なんらかの形でのお礼、考えなきゃな…… それはそうと。


「ツルギ。だけど、相手は数千年分たまりまくった怨恨だよ? 説得するったって、簡単にいくわけないだろ?」


「えッ、えーとッ、俺がかばってッ、そんで、魂のシャウトでッ、なんとかならないかなッて!」


「やっぱり」


 ぼくは、ためいきを抑えて革の本専用D E Wのページをめくった。

 幸運なことに、さっきのツルギの 【魂のシャウト】 とやらのおかげで感動エネルギーゲージはまた、少しだけ盛り返している。

 ルディネが攻撃を出してこないところをみると、ツルギにかばってもらったことが全然効いてない、とは言えないし ――

 やってみる価値は、あるだろう。

 記述、開始だ。


『ルディネは、驚いていた。

 魔王から攻撃を受けた自分を、人間がかばったことに ――

 人間は裏切り者ではなかったのか?

 自分たちを利用し、搾取してくる存在ではなかったのか?

 それを知らなかった自分の愚かさを後悔し、憎み、憎むほどに人間を呪い、決して許さないと誓ったのではなかったか?

 なのになぜ、その人間が自分をかばう?

 この人間は…… 違うのか?

 信じても良かったのか?

 信じても間違いでは、なかったのか?

 苦しい ―― 苦しい苦しい苦しい苦しい

 もうなにも考えたくない憎みたくない

 過去にとらわれるのはもうたくさんだ

 だが未来などありはしない

 ただもういまは眠って2度と目覚めたくない ――』


 そう。

 ぼくはいま、ルディネの内面を攻略している。

 ―― もしぼくが、ルディネの心情を汲めていなかったなら、革の本専用D E Wは、まったく効果を発揮しないだろう。

 もちろんぼくには、ある程度の自信がある。

 なぜなら最悪だった前世、魔王時代の経験があるからだ。

 あのころは毎日つらくて死にたいと思っていたけど、それ以上にぼくの死を喜んで好き放題するに違いない連中のことが許せなかったんだよな…… 

 心が晴れることは絶対になかったし、周囲を憎んで呪いまくって、それがメンタル的によくないとはわかっていても、やめられなかった。

  

 だから、ぼくは知っている。

 自分の存在が恨みと怒りと憎しみだけではなかったと知ったときの、途方もない安堵も。 

 

『―― そうだ。

 いまなら、すべてを手放せる。

 なぜなら、目の前にいるのは、自分を最後まで裏切らなかった人間だから ――』


 革の本専用D E Wが、ぼんやりと光を放ちはじめた。


 ―― いける。たぶん。 

 最悪だった魔王時代の経験も、こうして何かの役にたてるなら、まだ救われるのかもしれないな ――


 ぼくは万感こめて、最後の一行を記す。


『これで、やっと、終われる』


 次の瞬間 ――

 ぼくたちは、青く、ところどころ星のように光る霧のなかにいた。

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