第33話 メティズヒリ、徹底制覇(11)

「やばっ! みんな、鼻とく、ち……」


 ルディネの姿が、青い霧に変わった ――

 これにて革の本専用D E Wでのラスボス攻略、完了……!

 ―― なんて喜んでる場合じゃないことに、ぼくが気づいたときには、すでに遅かった。

 鼻と口をふさいで、と、みんなに言い終わる前に、ぼくの全身が重くなる。手足も口もこわばって、思うように動かせない。

 ぼくの視界のなかで、ツルギが、ミウが、サエリが…… 次々と倒れていく。

 毒の霧だったんだ、これ ―― ルディネの新たな攻撃なのか?

 やっぱり…… 無理だったのかな…… どんなにツルギが味方になろうとしても、どんなにぼくが……


 忘れないで


 薄れていく意識のなかで、楽器のような声がささやいた。

 ぼくは、いつのまにか、メティズヒリアメジストの街の白みがかった薄紫の鉱石でできた美しい通路をただようようにして移動していた。

 そこにあったのは、単調ともいえるが平和な暮らし ―― 鉱石をとり、交換し、食卓に並べ、祈りを捧げて食べる。おしゃべりをして笑い、音楽を鳴らし、踊る。眠り、起きる。出会い、恋をする。岩壁を掘削して新たな家をつくり、移り住む。子どもが生まれ、育ち、駆け回る……


 もし人間がメティズヒリを襲撃しなければ。

 いまも魔界では、この光景が見られたかもしれない。あるじを失った街が、この日本に出現することもなかったかもしれない。

 だからって、いまさらどうしようもないけど……

 せめてこの、当たり前だった穏やかな日常と、それが理不尽に失われてしまったことだけは、覚えていよう。

 ―― そんなことを考えながら、ぼくはメティズヒリアメジストの街をさまよっていた。


 ――――――


 次にぼくたちが目覚めたのは夜で、病院のなかだった。

 ルディネを倒したあと、ダンジョンは消えて配信も終わっていたが、ぼくたちは垣崎先生マリリンの手配で治療を受けていたのだ。

 ちなみに先に安全な場所に隠れた車掌さんに目立った異常はなく、簡単な検査を受けて、もう業務に復帰しているそうだ。

 鷹瀬先生と儺鎗なやり先生も駆けつけてきてくれていて、ぼくたちは病院のレクリエーションスペースで改めて顔を合わせた。

 鷹瀬先生にも儺鎗なやり先生にも、すごく心配を掛けたと思う…… けど、そのことについて先生たちは 『ダンジョン内では空気に気をつけて』 以上は、特になにも言わなかった。

 言われたのは、今晩はぼくたちは病院に泊まり、異常がなければ明日の授業は午後から開始だということ。

 そして、今後もダンジョン自習する場合は必ず報告し、先生の誰かに付き添ってもらうように、という注意だった。

 ぼくはおそるおそる、きいてみた。


「ぼくたち、これからもダンジョン自習していいんですか?」


「まあ歓迎はできませんが」 と、鷹瀬先生が苦笑いする。


「現代は誰もが、確率は低いとはいえ、いつ突発ダンジョンに巻き込まれるかわからない状況ですから…… 協議の結果、今後とも校則どおりの対応とすることに決まりました」


「わかりました」


 ぼくはうなずいた。

 校則どおりの対応、ということは、これまでどおり ―― ダンジョンに遭遇したら速やかに報告を入れ、安全最優先で行動する、ということだ。


「確率といえば」


 儺鎗なやり先生が、思い出したように口を開いた。


「ノブナガさんとツルギさんの突発ダンジョン遭遇率について、いくつかの問い合わせと、本科からの抗議がきていましたよ。専門家に問い合わせたうえで、その見解をもって返答しておきましたがね」


「専門家……?」


 ぼくはちょっと、ひやりとして聞き返した。

 ツルギのことは知らないが、ぼくのダンジョン遭遇率はおそらく、ぼくが魔王の転生者であるせいだ。

 ―― まさか、前世魔王を見抜く専門家なんていないよね……?

 ぼくの隣ではツルギも、心配そうな表情で儺鎗なやり先生を見ている。

 ミウとサエリの顔は、好奇心半分、不安半分、といった感じだな。

 ぼくたちに注目されて、儺鎗なやり先生は2人の研究者の名を出した。1人はノースキル研究、1人はダンジョン発生学の研究者だそうだ。


「問い合わせた結果はですね、いくつかの可能性は提示されたものの、いずれも推測の域を出ない、とのことでしたよ」


「それッ、つまりは、わからないッてことッ?」 とツルギ。


「つまりは、まだ偶然の範疇内であり科学的な計測の対象外、ってことですね」


 儺鎗なやり先生は、口の端を片方だけ持ち上げてニヤッと笑う。


「生まれつき四つ葉のクローバーを見つけやすい人がいるようなものだろう、というのが、とりあえずの結論です。これで当面は、部外者からの雑音は気にせずに済むでしょう」


 ぼくたちはほっと息をつく。

 もしぼくとツルギのダンジョン遭遇率が偶然でないとされてしまえば、ぼくたちノースキル科が本科に対して持っている唯一のアドバンテージが消えてしまうところだった ――


「さて、もう配信は終わっていますが、ポイントと講評を発表しておきましょう」


 鷹瀬先生がノートパソコンの画面を開いた。

 まずは、ポイント表。

 ぼくたちをぶっつぶすと宣言してるキセ本科3年A班のポイントは、前回の40Pのまま。

 そしてぼくたちは ――


「55ポイント!」 「抜いたッ」


 ぼくとツルギが同時に声をあげる ――

 一方で、サエリは無言で画面を凝視し、ミウはあきらかに顔をしかめた。


「どうして30Pしか入ってないんですか? わたしたち今回は、B++級ダンジョンクリアで、60P入るんじゃないんですか?」


「…… 60Pの、はんぶん……?」 と、サエリが首をかしげる。


「それはですね、今回はラスボス戦以外はほぼ、マリリン…… 垣崎先生の成果ですので、生徒の成果にはならない、という解釈からです」


「すみません」 と垣崎先生マリリンが申し訳なさそうにからだを縮めた。


「気にしないでッ、マリリン先生!」 「実際、垣崎先生のおかげで、ぼくたち無事だったようなものですし」 「そうだわ。そうよね」 「…… マリリン、ありがと……」


 ぼくたちは口々に垣崎先生をフォローした。

 実際、言われてみればむしろ納得だしね。


 さて、次はいよいよ講評だ ――

 今回の評価対象は、ラスボス戦だけ。

 それも、前回と違って、あまり闘えなかった感がある ―― いったい、どんな評価をされるんだろう。緊張するな。


「まず…… ミウさんとサエリさんは、あまり動いていませんでしたね?」


 鷹瀬先生の問いに、サエリが無言でうなずき、ミウが唇をかんでうつむく。


「でも……!」


「…… で。ツルギさんは、ラスボスをかばっていましたね?」


「はいッ! すみませんッ!」


 あまりにもハキハキとしたツルギの返答に、鷹瀬先生は、ほんのちょっと口の端を上げる。


「そしてノブナガさんは、最初、【序破急新技】 を会得する過程を序破急であらわす、と宣言していましたが……」


「すみません。ダンジョン攻略の途中から、どうにもコレジャナイ感がして…… 最終的に、どうでも良くなってしまいました」


 ぼくの声が次第に聞き取りづらくなっていくのが、自分でもわかった。 

 あれでよかったとは思うけど。

 そもそも今回のダンジョン自習の目的は 【序破急新技】 会得のためだったっけ。

 いまさらだが、みんなに申し訳ない……


「…… と、みなさん、迷いがあったり後悔が残る部分がある戦いだったようですが」


 ここで、鷹瀬先生の声がひときわ明るくなった。


「なんと、ここ10日間の防芸ダンジョン配信で、視聴者からのいいね・コメント数1位です!」


「「ええッ!!」」 「嘘でしょ!?」 「…………」


 ぼくとツルギの声が重なり、ミウのソプラノが響き、サエリは無言で目をみはった。


「まず大きな原因は、視聴者を獲得できたことですね。ダンジョン遭遇率の話題、そこから難易度の高い珍しいダンジョンに遭遇、さらに垣崎先生マリリンのスキル発現、というキャッチーな要素が重なりましたから…… それに」


 ここで鷹瀬先生はことばを切り、ぼくたちにはっきりとほほえみかけた。


「みなさんが 『こうあるべき』 理想ではなく、それぞれの思いや迷いをまっすぐあらわし、それをノブナガさんが丁寧に伝えたことで…… 視聴者が味方になってくれた、というのも大きいでしょう」


「今回は、きみたちの素直な迷いや悩みが、単なるラスボス討伐ではなく、解放と救済につながった…… その流れが、より大きな感動を産み出したんです」 と、儺鎗なやり先生も満足げにうなずいている。


「これぞ、芸術の面白さですな。正解も不正解もなく、人生をかけてあらわすものこそが、いい」


「ということは……」


 ぼくは、おそるおそるきいてみる。


「ダンジョン掃討はともかく、動画配信のほうは成功、ということですか?」


「「「いえ」」」


 先生がたはいっせいに首を横に振り、こう答えてくれたのだった。


「「「両方とも、大成功ですよ!!!」」」

 

○◆○◆○


“【鬼魂拝食】 ―― いただきます”


 垣崎先生マリリンのきれいな髪が舞うように動き、空中の巨大な唇にアメジスト・ゴーレムを押し込む ――


 夜中。

 ぼくは病院のベッドで布団を頭からかぶり、今日のダンジョン実況の動画をみていた。

 もう一度みてみるよう、あのあと鷹瀬先生からアドバイスされていたからだ。

 なんでそんなことを、という疑問は、30分ほどで消えた。

 あれほど悩んだ 【序破急新技】が ―― 改めて見たら、けっこうできてる。

 とくにぼくが 『視聴者さん優先』 の姿勢をはっきりさせたあたりから ――

 とにかく視聴者さんに楽しんでもらうことに集中する以外は、状況に流されるしか、してなかったはずなのに。

 ぼくが革の本専用D E Wに書いて伝えたことは、自然にその形になっていたのだ ――


「そっか……!」


 ぼくは思わず、小さく叫んだ。 

 ぼくのなかで、バラバラになっていたものが、ひとつにまとまる感覚 ――

 ぼくの場合、視聴者さんに楽しんでもらえるように書くことで、話は自然と序破急の形になってくるんだ……!

 むろん、この先ぼくが革の本専用D E Wを極めたら、構成をもっと自在に操れるようになるのかもしれない。

 けど、いまは、これでいい ――


 ぼくはそっと起き上がって革の本専用D E Wを取り出し、今日の戦闘の最後に、こう書きつけたのだった。


『ぼくは序破急lv.1を会得した』


(第2章・了)

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ダンジョン徹底制覇!防衛芸術高校、ノースキル科 砂礫零 @Sareki_0

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