第30話 メティズヒリ、徹底制覇(8)主人公⇒ツルギ視点

「ノブナガさん!」


 垣崎先生マリリンが三角巾をとりながら、ぼくをつきとばすようにして前に立つ…… 瞬間。

 垣崎先生めがけて、青い金属の鉤爪かぎづめがいっせいに襲いかかった。

 これが、このダンジョンのラスボス ―― なのか?

 ぼくの前世魔王の知識でも、こんなモンスターは初めて…… いや、それより早く垣崎先生を援護しないと。

 ぼくは革の本専用D E Wのページをめくった。


『垣崎先生の髪の毛は、無数の鉤爪すべてに絡みつき、その動きを止めていた……

 鉤爪は拘束から逃れようともがいている。

 けど垣崎先生の髪の毛1本を切ることすら、できない』


 >> マリリンつえええ!

 >> そこにしびれる、憧れるゥ!

 >> 戦闘スキル持ちやっぱ最強!


 >> 3500いいね 達成しました


 コメント欄が一気に盛り上がる ―― たぶん視聴者さんは、このまま垣崎先生マリリンが 【鬼魂食拝いただきます】 することを期待しているんだろう。

 だけど、ぼくが見る限りでは、すぐにスキル発動は無理 ―― いま、垣崎先生の髪の毛と鉤爪かぎづめイソギンチャクは、お互いに押しあっているのだから。

 ちょうど力が拮抗していて、動けない状態なんだ ―― 

 視聴者さんにはこの辺を伝えたほうがよさそうだな。

 いまは垣崎先生のスキル発動より、別のところに注目してもらったほうが、きっと面白い。


『垣崎先生は動かない…… いや、動けない。

 鉤爪との間で、無言の力競べが続いている。

 ―― 垣崎先生には、さっきのアメジスト・ゴーレムのステータスがプラスされている。

 それで同等あいこということは、ステータスの効果が切れる前に、敵に決定打を叩きつけなければ ―― 危ないのはこっち、ということだ』


 >> なんとかしろノブちん

 >> もともと厨2魔王のせいだろ

 >> マリリンになんかあったらノブちん許さねーからな!


「えーと、垣崎先生マリリンになんかあったら、ぼくも大怪我してますって」


 >> ごちゃごちゃうるせー

 >> さっさと厨2魔王の力使えよ


 コメント欄が殺気だってきた。

 同時に画面左端の感動エネルギー・ゲージもジリジリあがってきている。

 ―― ほんとに、どんな感想でもエネルギーになるんだな。


「……っ!」


 不意に、垣崎先生の口から小さなうめきが漏れた。

 鉤爪イソギンチャクとの押し合いはまだ続いているけど…… そろそろ限界、ってとこか。


 >> こらノブ!いいかげんにしろよ

 >> いつまでぼーっとしてる気だ!

 >> この無能!

 >> マリリンが危ないだろ!

 >> 無能無能無能無能無能無能無能無能……


 ―― 感動エネルギーゲージが、満タンになった。


「よし」 と、ぼくは小さくガッツポーズをする。


 >> なんだノブおまえ!


『―― 魔法陣への最初の攻撃で、ぼくは確信していた。

 魔王の力は、感動エネルギーゲージが満タン以上でなければ、使えない。

 そして、いまがそのときだ ――

 この鉤爪イソギンチャクに、決定打を叩きつけてやる!』


 ぼくの革の本DEWが、これまでになく強く光を放ちはじめる ――

 その光は無数の綿毛のようにふわりと革の本専用D E Wを離れ、ぼくの全身を包んだ。

 記憶の底のフタが開く ―― 眠っていた魔王の魂が、目覚める。

 けれど、ぼくは、最初のダンジョン掃討のときのようには、前世に引きずられていない。

 必死で自分に 『ぼくはぼく』 などと言い聞かせる必要もない。

 だって、当然なんだから。

 革の本専用D E W を使うぼくが、条件さえ満たせば、もともとの魂が持つ力を使えるようになるのは ―― そう。

 ごく自然な、ことだったんだ。


 ぼくは左腕で革の本専用D E Wをかかえ、右手を伸ばした。

 手のひらのうえに、空間に満ちた魔素マナが凝縮され、闇となってたまっていく。


 >> おっ!?

 >> 遅いぞ厨2魔王

 >> やっと厨2魔王でてきたか?

 >> ていうかエネがはよ満タンになれば良かったのでは

 >> 課金誘導するのやめろw


「いやまあ実際、エネチャージしてもらえると攻略にはすごく助かりますけど…… 課金だけじゃなくて、いいねもコメントもエネルギーなんで。視聴者のみなさん、いつも、ありがとうございます」


 ぼくは配信画面に向かい丁寧に頭を下げながら、右手にたまっていた闇を、鉤爪イソギンチャクの根元に投げつけた ――

 美しく磨かれた鉱石の床が大きく揺れ、描かれた魔法陣 ―― 時空魔法の中心陣が、崩れていく。

 金属がきしむような悲鳴が、幾重にも響いた ――


◆◯◯◆◯◯◆

【ツルギ視点 三人称】


「ルディネッ! たいへんたいへんたいへんッ! 外壁の外で、でっかい魔法陣、組まれちゃってるよッ!」


「え……?」


 街を囲む外壁の上。

 兵を指揮していたルディネは、ツルギの声に振り返った。


「魔法陣……? 人間が、ですか?」


「そうよ。人間の魔道士が何人も、この街を囲むように魔法陣を描いてるわ」 と、ミウ。


「完成までは、あと数分といったところですね」


 エイジが懐中時計を取り出してルディネに示し、サエリが無言でうなずく ―― 

 ツルギは、ルディネの手を引っ張った。


「あれッ、ぜったい、完成したら、ヤバいやつッ! 壊しにいこッ!」


「壊すって、私たちだけで、ですか?」


 ルディネは戸惑っているようだ。

 ツルギとしてはあまり見たくないが、よく見れば、外壁の足元は人間のものらしき血で赤く染まり、首のない死体がゴロゴロと転がっている。

 ルディネからすると、勝利を確信していたところに、意外すぎる情報がもたらされた…… といったところだろうか。

 だが、ツルギにはルディネをゆっくり説得している暇はない。

 ケーブルカーの車掌をやってる、いわば時間をみるプロのエイジが 『あと数分』 と言明する以上 ―― 本当に、あと数分で魔法は発動されてしまうはずだからだ。


「大丈夫、大丈夫ッ! 中心陣はこっちだからッ!」


 ツルギはルディネの手を引っぱり、駆け出した。そのあとを、サエリ、ミウ、エイジが続く。

 目指すのは神殿の鐘楼 ――

 

「ほらッ、この床の模様ッ …… ああッ、もう、光り出してるッ!?」


 ツルギたちが鐘楼の螺旋階段を息を切らして登ったときには、すでに、床に刻まれた円陣がかすかに虹色の光を放ちはじめていた。


「…… さっきは、気づかなかった……」 と、サエリ。

 ミウが顔をしかめる。


「この模様が、外の魔法陣と関係あったってわけ? ツルギは気づいてたの?」


「あッ、まあねッ、ほら、似てるからさッ!」


 ツルギは慌ててルディネを中心陣の手前に押し出した。


「ほらッ、魔法陣を消すにはッ、それ以上の魔力が必要とかッ? だからルディネッ! いそいでこれッ、消さなきゃッ!?」


「ええ…… そうですね」


 誰かが裏切ったのだろうか、とか、実はツルギたちの仕業では、とか…… ルディネにも、いろいろと疑念はあるに違いない。

 が、実物を見て、とりあえず魔法陣を消すことを最優先、とわかってくれたらしい。

 ルディネは徐々に光を強めていく円陣に手をかざした ――


 魔法を存続させようとする力と、消そうとする力。

 2つの力がせめぎあい、火花を散らす。

 ぎりぎりの攻防 ―― ルディネの全身が震え、きしむような音をたてる。


「ルディネっ! がんばれッ!」


 ツルギは察知していた。

 ―― もしここでルディネが力負けしてしまえば、おそらく街もツルギたちもまた、無限のループにとらわれるだろう。

 

「ルディネさん!」 「…… ルディネ……」 「ルディネ!」


 エイジ、サエリ、ミウが。願いを込め、口々に優しい鉱魔族の姫の名を呼ぶ ――

 次の瞬間。

 強烈な虹色の光が、はじけた。

 思わず、目を閉じ ―― 再びツルギが目を開けたとき……

 そこに、ルディネの姿はなかった。

 あるのは、星のような輝きをまとう、青みがかった美しい流動金属でできた……

 イソギンチャクだけ、だった。


許さないエ・ォレスト…… 許さないエ・ォレスト……〗


 無数の海藻のような腕が、風もないのにさらさらとゆれ、いつ終わるとも知れず、ささやく。


「ルディネ!? どうして!?」


 ミウが悲鳴のような声で問う…… だが、返事はなかった。


許さないぃぃぃっエ・ォレスト!〗


 イソギンチャクは無数の鉤爪をかかげ、ツルギたちに襲いかかってきた。


「やばッ……」


 とっさにエイジをかばうツルギ。その背中を鋭い鉤爪がかすっていった。

 ツルギの視界の隅では、サエリがミウをかばって、鉤爪をよけている……

 初手での怪我はなかったようだが、すさまじいスピードとパワーだ。

 いまのメンバーでは誰も、反撃できない ――


「50回目のループはッ、さすがに勘弁だよなッ」


「って言っても! DEWも使えなくて、どうしろっていうのよ!?」


「人間的な誠意と思いやりで説得ッ…… うぷっ」


 とつぜん、地面が大きく揺れ、黒い霧 ―― いや、闇が、イソギンチャクを覆った。

 闇のなかから、いつも少しさめているような、やる気のなさげな声が、ツッコミを入れてくる……


「寝言は寝てから言えよな、ツルギ」


「ノブちんッ!」


「ノブ……!」 「…… マリリン垣崎先生も……」


 イソギンチャクを覆った闇を突き破るようにして出てきたのは、ツルギたちの懐かしい級友と、寮母の先生だった ――


「わぁぁんッ…… ノブちん! マリリンもッ! 無事で、ほんっとーに、よかったッ!」


「うん。ツルギとミウとサエリと車掌さんも…… とか、言ってる場合じゃなくて」


 ノブナガは、革の本専用D E Wをかまえ、覇気のない瞳でツルギたちの背後を見据える ――


「えーと、視聴者のみなさんのいいね・コメントのおかげで、なんとかぼくたち、合流できたんですけど……」


 動画配信が、いつの間にか再開されている ―― しかし、ツルギがそれを喜ぶ暇もなく。

 ノブナガは冷静に、言い放ったのだった。


「どうやら今度こそ、本当にラスボス戦みたいです」

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