第5章 炎の刻印と宮廷の罠

夕暮れの王都に戻った私たちは、すぐに王城へと呼び出された。

 地下迷宮での調査を果たした以上、報告をしなければならない。


 城門をくぐると、兵士や従者たちの視線が突き刺さる。

 噂はもう広まっているのだろう。

 「新米冒険者が迷宮を踏破した」と。


「落ち着けよ、アレン」

 レオンが肩を叩くが、私の胸はざわめきを抑えられなかった。

 ――刻印のことを、知られてしまう。


◆


 謁見の間に通されると、王と大臣たちがすでに待っていた。

 私たちが跪くと、王は低く問う。


「地下迷宮の調査、しかと果たしたか」

「はい。魔物と守護者を退け、最奥に奇妙な祭壇を見つけました」


 そう答えると、ざわめきが走った。

 王の隣に控えるローレンス侯爵が、細い目を光らせる。


「奇妙な祭壇……? それだけではあるまい」

 挑発するような声音に、背中を冷たい汗が流れる。


「……その祭壇から、紋章が現れました」

 私は左手の手袋を外し、炎の刻印を晒した。


 広間に驚愕の声が響き渡る。

 大臣たちは口々に「勇者の証では」と囁き、兵士たちは思わず跪いた。


「やはり……異界の魂は選ばれたのだ」

 王は瞳を輝かせ、ゆっくりと立ち上がった。


「アレン・クロフォード、そなたはこの国にとって希望だ。勇者としての道を歩む覚悟はあるか」


 その言葉に、心臓が重く打つ。

 勇者――自分にはあまりに不相応な呼び名。

 だが拒めば、この場で国を敵に回すことになるだろう。


「……はい」

 震える声で答えた瞬間、広間が拍手と歓声に包まれた。


◆


 ただ一人、ローレンス侯爵だけは笑っていなかった。

 彼は静かに歩み出ると、王へと進言した。


「陛下、この刻印は確かに特別。しかし、それが真に勇者の証かどうかは定かではございません。むしろ異界の呪いである可能性も……」


 その言葉に広間が再びざわめく。

 王は眉をひそめるが、侯爵は臆することなく続けた。


「陛下、もし彼が偽物であったなら? 王国を混乱させ、国を危機に陥れることになります」


 冷たい視線が私に注がれる。

 さっきまで称賛していた大臣たちの目に、今度は疑念の色が宿っていた。


◆


「アレンは偽物なんかじゃない!」

 その時、ミラが声を張り上げた。


「迷宮で一緒に戦いました! あの炎は、彼自身の力です!」


 しかし、その叫びは嘲笑でかき消された。

「娘ごときが証人か」

「感情に流されただけだろう」


 ミラの顔が悔しさで歪み、私は拳を握り締めた。

 レオンも前に出ようとしたが、私は手で制した。


「……俺は、証明してみせます」

 静かに告げると、広間は再びざわめいた。


「国のために戦い、この力が呪いではなく希望だと証明する。それが俺の答えです」


 王はしばし沈黙し、やがて重々しく頷いた。

「よかろう。そなたの覚悟、しかと聞いた」


 だがその瞳の奥には、王の期待と共に、底知れぬ不安が潜んでいるように見えた。


◆


謁見を終え、私たちは控えの間に通された。

 重厚な扉が閉まった瞬間、どっと疲労が押し寄せる。


「くそっ、あの侯爵……!」

 レオンが拳を壁に叩きつける。

「アレンを呪い呼ばわりしやがって!」


 ミラも悔しそうに唇を噛んでいた。

「皆、刻印を見て怯えてた……。あの人たちはアレンを利用する気なんだ」


 その言葉に胸が痛んだ。

 利用される覚悟はしていた。だが、仲間まで巻き込むことだけは避けたい。


◆


 その夜、城内の客間に泊まることになった。

 私は眠れずに窓辺に立ち、遠くの街灯りを見下ろしていた。


 ――刻印が現れてから、周囲の目が変わった。

 敬意と畏怖、期待と疑念。

 自分の意志ではなく、刻印がすべてを動かしている。


 そんな思考を断ち切るように、扉が叩かれた。

 入ってきたのは、ローレンス侯爵の配下と名乗る男だった。


「アレン殿、少しお話を」

 低い声に、背筋が凍る。


「侯爵様はこう仰っております。――もしそなたが真に勇者ならば、明日この国のために命を賭す覚悟を示せと」


「どういう意味だ?」


「魔境の前線に出陣していただく。刻印を持つ者が生きて帰れば本物、死ねば偽物と証明される。……簡単な話でしょう」


 吐き捨てるような言葉に、怒りがこみ上げる。

 これは試練ではなく、処刑だ。


◆


 翌朝、ミラとレオンにその話を伝えると、二人は顔を真っ赤にして反発した。


「ふざけるな! そんなの殺しに行かせるだけじゃねぇか!」

「アレンを戦場に追いやるなんて……私たちも一緒に行く!」


 だがそれこそ、侯爵の狙いかもしれない。

 仲間ごと討ち取ってしまえば、口封じにもなる。


「二人は巻き込めない」

「バカ言わないで!」

 ミラの瞳が潤み、声が震える。

「一緒に生き残るって約束したじゃない……!」


 レオンも無言で頷いた。

 その眼差しは頑固で、絶対に折れそうになかった。


◆


 結局、私たちは三人で前線へ向かうことになった。

 王からは「勇者の証を確かめるため」という名目の密命が下されたが、真実はただの消耗戦だ。


 出立の前、王は人払いをして私にだけ囁いた。

「……アレン。刻印は、王家の古い伝承にある“炎の継承”に似ている。だが、もし本当にそうなら――そなたの存在は、この国の秩序すら変えるだろう」


 王の目は怯えていた。

 侯爵だけでなく、王ですら恐れているのだ。

 この刻印を。

 そして、異界の魂である私を。


◆


 出発の行列が城を離れる。

 冷たい朝の空気の中、私は炎の刻印を手袋で隠し、馬に揺られていた。


 すべては罠だ。

 だが、この先にこそ真実がある。

 ――この力が呪いなのか、それとも希望なのか。


 胸の奥で熱が疼き、刻印が赤く瞬いた。

 それはまるで、次なる試練の予告のようだった。


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