第5章 炎の刻印と宮廷の罠

夕暮れの王都に戻った私たちは、すぐに王城へと呼び出された。

 地下迷宮での調査を果たした以上、報告をしなければならない。


 城門をくぐると、兵士や従者たちの視線が突き刺さる。

 噂はもう広まっているのだろう。

 「新米冒険者が迷宮を踏破した」と。


「落ち着けよ、アレン」

 レオンが肩を叩くが、私の胸はざわめきを抑えられなかった。

 ――刻印のことを、知られてしまう。



 謁見の間に通されると、王と大臣たちがすでに待っていた。

 私たちが跪くと、王は低く問う。


「地下迷宮の調査、しかと果たしたか」

「はい。魔物と守護者を退け、最奥に奇妙な祭壇を見つけました」


 そう答えると、ざわめきが走った。

 王の隣に控えるローレンス侯爵が、細い目を光らせる。


「奇妙な祭壇……? それだけではあるまい」

 挑発するような声音に、背中を冷たい汗が流れる。


「……その祭壇から、紋章が現れました」

 私は左手の手袋を外し、炎の刻印を晒した。


 広間に驚愕の声が響き渡る。

 大臣たちは口々に「勇者の証では」と囁き、兵士たちは思わず跪いた。


「やはり……異界の魂は選ばれたのだ」

 王は瞳を輝かせ、ゆっくりと立ち上がった。


「アレン・クロフォード、そなたはこの国にとって希望だ。勇者としての道を歩む覚悟はあるか」


 その言葉に、心臓が重く打つ。

 勇者――自分にはあまりに不相応な呼び名。

 だが拒めば、この場で国を敵に回すことになるだろう。


「……はい」

 震える声で答えた瞬間、広間が拍手と歓声に包まれた。



 ただ一人、ローレンス侯爵だけは笑っていなかった。

 彼は静かに歩み出ると、王へと進言した。


「陛下、この刻印は確かに特別。しかし、それが真に勇者の証かどうかは定かではございません。むしろ異界の呪いである可能性も……」


 その言葉に広間が再びざわめく。

 王は眉をひそめるが、侯爵は臆することなく続けた。


「陛下、もし彼が偽物であったなら? 王国を混乱させ、国を危機に陥れることになります」


 冷たい視線が私に注がれる。

 さっきまで称賛していた大臣たちの目に、今度は疑念の色が宿っていた。



「アレンは偽物なんかじゃない!」

 その時、ミラが声を張り上げた。


「迷宮で一緒に戦いました! あの炎は、彼自身の力です!」


 しかし、その叫びは嘲笑でかき消された。

「娘ごときが証人か」

「感情に流されただけだろう」


 ミラの顔が悔しさで歪み、私は拳を握り締めた。

 レオンも前に出ようとしたが、私は手で制した。


「……俺は、証明してみせます」

 静かに告げると、広間は再びざわめいた。


「国のために戦い、この力が呪いではなく希望だと証明する。それが俺の答えです」


 王はしばし沈黙し、やがて重々しく頷いた。

「よかろう。そなたの覚悟、しかと聞いた」


 だがその瞳の奥には、王の期待と共に、底知れぬ不安が潜んでいるように見えた。



謁見を終え、私たちは控えの間に通された。

 重厚な扉が閉まった瞬間、どっと疲労が押し寄せる。


「くそっ、あの侯爵……!」

 レオンが拳を壁に叩きつける。

「アレンを呪い呼ばわりしやがって!」


 ミラも悔しそうに唇を噛んでいた。

「皆、刻印を見て怯えてた……。あの人たちはアレンを利用する気なんだ」


 その言葉に胸が痛んだ。

 利用される覚悟はしていた。だが、仲間まで巻き込むことだけは避けたい。



 その夜、城内の客間に泊まることになった。

 私は眠れずに窓辺に立ち、遠くの街灯りを見下ろしていた。


 ――刻印が現れてから、周囲の目が変わった。

 敬意と畏怖、期待と疑念。

 自分の意志ではなく、刻印がすべてを動かしている。


 そんな思考を断ち切るように、扉が叩かれた。

 入ってきたのは、ローレンス侯爵の配下と名乗る男だった。


「アレン殿、少しお話を」

 低い声に、背筋が凍る。


「侯爵様はこう仰っております。――もしそなたが真に勇者ならば、明日この国のために命を賭す覚悟を示せと」


「どういう意味だ?」


「魔境の前線に出陣していただく。刻印を持つ者が生きて帰れば本物、死ねば偽物と証明される。……簡単な話でしょう」


 吐き捨てるような言葉に、怒りがこみ上げる。

 これは試練ではなく、処刑だ。



 翌朝、ミラとレオンにその話を伝えると、二人は顔を真っ赤にして反発した。


「ふざけるな! そんなの殺しに行かせるだけじゃねぇか!」

「アレンを戦場に追いやるなんて……私たちも一緒に行く!」


 だがそれこそ、侯爵の狙いかもしれない。

 仲間ごと討ち取ってしまえば、口封じにもなる。


「二人は巻き込めない」

「バカ言わないで!」

 ミラの瞳が潤み、声が震える。

「一緒に生き残るって約束したじゃない……!」


 レオンも無言で頷いた。

 その眼差しは頑固で、絶対に折れそうになかった。



 結局、私たちは三人で前線へ向かうことになった。

 王からは「勇者の証を確かめるため」という名目の密命が下されたが、真実はただの消耗戦だ。


 出立の前、王は人払いをして私にだけ囁いた。

「……アレン。刻印は、王家の古い伝承にある“炎の継承”に似ている。だが、もし本当にそうなら――そなたの存在は、この国の秩序すら変えるだろう」


 王の目は怯えていた。

 侯爵だけでなく、王ですら恐れているのだ。

 この刻印を。

 そして、異界の魂である私を。



 出発の行列が城を離れる。

 冷たい朝の空気の中、私は炎の刻印を手袋で隠し、馬に揺られていた。


 すべては罠だ。

 だが、この先にこそ真実がある。

 ――この力が呪いなのか、それとも希望なのか。


 胸の奥で熱が疼き、刻印が赤く瞬いた。

 それはまるで、次なる試練の予告のようだった。


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