第4話 お泊まり会
1ヶ月記念日のデートの帰り、私たちは夕日が沈んでいく駅に向かっている。最近は日が暮れるのが早くなってしまった。
夏になったらもっと長く一緒に居れたりするのかな。
「あっという間だったね」
「そうね」
月曜日になったら学校で会えるのになんだかさみしい。
「
「ないけど」
予定を聞くってことはどこか行くのかもしれない。今の私に尻尾があったら間違いなくぶんぶん振りまくっているだろう。
「よかったら今日うち泊まらない?」
「ふぇ?」
突然のことで思わず間抜けな声が出てしまった。
「椿ちゃんの反応おもしろい!そんなにびっくりした?」
「急にそんなこと言われたら誰でもびっくりするわよ」
お泊まりデートってこと?まわりの陽キャたちが話していたから存在自体は知っていたけど実在したんだ。
「椿ちゃん以外には言ったことないし、これからも言わないよ」
耳元でそんなことをささやかれ肩がビクッと震える。
「その気持ちは嬉しいけど着替えとか歯ブラシとか持ってきてないし、ご飯だって急には迷惑じゃない?」
「そこは気にしなくていいよ!もうお母さんに話してあるから」
告白の日にちもだけどそこまで用意周到なのに、勉強になると赤点ギリギリになるのがなんでかわからない。
「準備してくれているなら行こうかしら」
「やった~!ボードゲームとかいっぱいあるから今日は寝かせないよ!」
手を繋ぎながらスキップしている
「しっかり歩いて」
手を握りしめて駅の構内へ入っていく。
◇
電車で二駅のところに犬飼さんの家はあった。
駅から徒歩5分くらいだったし一軒家だったからそれなりにお金持ちなんだろうなという無駄な推測をしながら犬飼さんに続いて家に入る。
「ただいま~」
「お邪魔します」
「おかえり桜、いらっしゃい椿ちゃん」
「荷物を置きに行きたいし一回私の部屋行こっか」
ほんとはもう少し挨拶したかったけど、犬飼さんについてリビングを通りぬけ、階段をあがる。
「なんかいい匂いする」
犬飼さんが部屋のドアを開けると甘い香りがしてきたので思わずぼそっとつぶやいてしまった。
「最近アロマたいてるんだ~いいでしょ~」
「すぐ寝ちゃいそう」
「寝てもいいよ?起きたら私が横にいると思うけど」
冗談ぽく笑いながらそんなことを言ってくる。
「そういえば私はどこで寝ればいいの?」
ベッドはひとつしかないから私は床で寝るつもりだけど一応聞いてみる。
「私と一緒にベッドで寝るか、いっそのこと寝ない!」
偏見だけど犬飼さんはオールするって言いだしたのに一番最初に寝るタイプの人だと思う。
「犬飼さんってオールとかできる人?」
「わからないけどいつもは22時に寝てるよ」
この様子だと犬飼さんが寝落ちして私は朝が来るまで寝顔を眺めることになるだろう。
「ご飯できたわよ~」
犬飼さんのお母さんの声が一階から聞こえてくる。
「お母さんの料理おいしいんだよ」
えへんと胸を張る犬飼さんはやっぱりかわいい。
「楽しみだわ、早く行きましょ」
◇
「「いただきます」」
「いっぱい食べてね」
犬飼さんのお母さんがエプロンを着たまま笑顔で言ってくれる。犬飼さんの笑顔は多分お母さん譲りなんだろう。
「急に来たのにありがとうございます」
「気にしなくていいわよ、椿ちゃんと付き合ってから桜元気になったんだから」
付き合う前から犬飼さんは元気だし陽キャだったと思う。
「お母さんそんなこと言わなくていいって」
「ごめんごめん」
「こちらこそ犬飼さんと付き合ってから毎日楽しいです」
「椿ちゃんもなに言ってるのさ」
「このハンバーグかむたびに肉汁が出てきてすごくおいしい。いつもこんなおいしいご飯食べてるなんてうらやましいわ」
「話そらさないでよ!」
あははと三人で笑っていると、スマホのバイブレーション音がして犬飼さんのお母さんが席を外す。
「ちょっと病院行ってくるわね、桜をよろしくね椿ちゃん」
「わかりましたお義母さん。」
「椿ちゃん、お義母さんは気が早すぎるって!」
お義母さんがピンクにグレーを一滴落としたような笑顔で私たちを眺めている。
「寝かしつけておきますのでご心配なく」
「子供扱いするな~!」
両手をあげて反抗する素振りをみせる犬飼さんはやっぱりかわいい。
「いい彼女持ってよかったわね桜」
玄関に向かうお義母さんの顔が一瞬暗くなったような気がした。
◇
「「ごちそうさまでした」」
犬飼さんの言ったとおりすごくおいしい夜ご飯だった。
「椿ちゃんが先にお風呂入っていいよ」
「それはありがたいんだけど着替えの服持ってきてないわよ」
当たり前だけど今日は着替えを持ってきていない。だからと言って同じ服をもう一日着るのは良くない気がする。
「じゃあ私の服着ればいいじゃん、サイズ同じくらいじゃない?」
「そうだと思うけど、いいの?」
「当たり前じゃん!付き合ってるんだし」
「じゃあお言葉に甘えるわ」
「お風呂が沸くまで部屋でオセロでもして待っとこうよ」
「一回だけよ」
「絶対勝つからね!」
◇
15分後
「椿ちゃん強すぎるよ~」
まさかの64対0だった、いくらなんでも弱すぎる。
「それじゃあ一回終わったからお風呂入ってくるわね」
犬飼さんが選んでくれた服を抱えて一階に降りる。
犬飼さんがいつも入ってるお風呂に入るのってなんか緊張するから今日はシャワーだけにしておこう。自由に使っていいと言われたシャンプーをワンプッシュすると、いつも犬飼さんの髪から香っている甘い香りが鼻に入ってくる。
ドキドキしてしまうので髪を洗ってすぐに逃げるようにお風呂から出る。
体を拭いてからたたんであった服を広げるとデフォルメされた犬が大きくプリントされていた。
「これ着るの?」
驚きのあまりつい声が漏れてしまう。
流石に裸で部屋に戻るわけにもいかないのでひとまず袖を通して洗面台の鏡で見てみる。
いやいやなにこれ、かわいすぎじゃない?もちろん私の容姿がかわいいと思ったわけじゃない、プリントされた犬がかわいすぎる。この服着てる犬飼さんを想像しただけで意識飛びそう。
階段を上がると部屋の中から犬飼さんとお母さんの話し声が聞こえてくる。
「嫌だよ、私椿ちゃんと一緒にいるから」
「お母さんも嫌だけど今だけ我慢すれば……」
「そんなこと言ってられないの!」
「ただいま……」
ドアを開けて顔だけを部屋にいれる。
「おかえり椿ちゃん」
目のまわりが赤い犬飼さんが無理に作った笑顔を向けてくる。
「なにかあったの?」
「実は……」
「なにもないよ、ちょっとした親子喧嘩だから気にしないで」
何かを話し始めたお義母さんの話を遮るように犬飼さんが部屋からを押し出す。
「それならいいんだけど、ひとりで無理して抱え込まないでね」
「ありがと、私お風呂入ってくる」
さっきのはなんだったのか気になったけど、犬飼さんが言いたくないなら詮索するべきじゃないだろう。持ってきた本でも読んで待っておこうと思い、タオルを頭に巻いてベットに背中を預ける。
◇
「椿ちゃんってほんと読書好きだよね」
耳元で犬飼さんがつぶやいてきて現実に引き戻される。
いつの間に背後に回られてたんだろう。
「いつからいたの?」
「ん~5分前くらいからかな?ほっぺにキスしても気付かないんだから集中力すごいよね」
言われてみればほっぺたに暖かい感触があったような気がするような……
読書してて気付かないなんてもったいない。
「椿ちゃん顔真っ赤じゃん!冗談だよ冗談!」
「心臓に悪いわよ」
よかった、ファーストキス逃したかと思った。
「今の顔写真とっておけばよかったな~椿ちゃんの照れ顔ってなかなか見れないんだもん」
「これからも絶対写真は撮らせないわ、目に焼き付けなさい」
「ちぇっ」
「そんな悲しそうな顔しないでちょうだい」
「一緒に居れないときさみしいから写真見て元気もらいたかったのに……」
犬飼さんが今にも泣き出してしまいそうな声色でそんなことをつぶやく。
まったく困った彼女だ。
「じゃあ私にオセロで勝ったらいくらでも写真撮らせてあげるわ」
「絶対勝つ!ズルしてでも勝つ!」
「ズルはだめでしょ」
犬飼さんと笑い合いながら深い夜に入って行く。
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