第3話 記念日デート

 今日は犬飼いぬかいさんと付き合って1ヶ月記念日のデートをする。改札近くの時計台に10時集合の約束なのに15分前に着いてしまった。


 カーディガンの袖を少しまくり、腕時計の針がカチ、カチ、と時間を刻んでいるのを眺める。当たり前だけど秒針が1周しても1分しか経ってくれない。


 犬飼さんと一緒にいる時間は一瞬で過ぎ去ってしまうのに、ひとりきりの時間はまったく進んでいる気がしないのはなぜだろう。


 そんなことを考えていると喉が乾いてきた。


 近くのコンビニで水を1本買って集合場所に戻ると、私を見つけた犬飼さんが駆け寄ってくる。


「ごめん待った?」

「今来たところ」

 コンビニから来たのは今だから『今来たところ』は間違いじゃないと思う。


 犬飼さんと手を繋いで歩き始めるけど、どこに行くかは全く知らないので親の買い物に付き合わされる幼稚園児みたいな気分だ。


「一応5分前に着いたんだけどな~椿つばきちゃんも楽しみにしててくれた?」

 えへへと尋ねてくる犬飼さんの笑顔は何度みてもかわいい。


「楽しみじゃなかったら最初からデート断ってるわよ」

 ほんとは2時まで寝れなかった。告白されて1ヶ月、付き合い始めの頃は犬飼さんのやりたいことに付き合っているだけだったけれど今は違う。


「私は心から楽しみにしてたのに椿ちゃんは違うんだ……」

「楽しみにしてた!ちょー楽しみにしてたわ!」

 犬飼さんが遠くの建物を眺めて悲しそうな目つきをしているので焦って訂正した。


「椿ちゃんって『ちょー楽しみ』とか言うんだ?1ヶ月付き合ってもまだまだ知らないこともあるもんだね~」

「たまにはそういうことも言うわよ、犬飼さんの悲しそうな顔見たくないもの……」

 犬飼さんの笑顔を見ていると優しい気持ちになれる。だけど曇った顔を見ると私まで悲しい気持ちになってしまう。犬飼さんにはそういう感じの放っておけない儚さがある。


「椿ちゃんはからかうの上手だよね、いつもドキドキさせられてるよ~」

「今回はからかってるとかじゃなくて本当に思ったこと言っただけ……」

 1ヶ月でからかいすぎてしまったのだろう、最近は少しずつ本心を出しているのに全部冗談だと思って真剣に聞いてくれない。


「椿ちゃんってそんな顔するんだ」

「ちょっと!スマホのレンズ向けないで!」

 写真を撮られることが私は嫌いだ。今この瞬間を楽しい思い出としてではなく写真として残ってしまう。写真に写った自分の顔を見たくないわけではない。


「目にはしっかり焼き付けたからいいも~ん」

「人生楽しそうね、今日はどこ行くの?」

 ショルダーバッグをかけ直し、なぜか楽しそうな犬飼さんに尋ねる。


「服見に行きたいんだよね~」

「友達と行った方がいいんじゃない?」

「なんでそんなさみしいことを言うのさ、椿ちゃんの彼女なんですけど?」


 本当は犬飼さんが色々な服を試着してるところを見たい気持ちはあるけど重大な問題がある……


「私ファッションセンス全然ないわよ?」

 犬飼さんが私の服装を上から下、下から上と見る。


「シンプルイズベストって言うし……」

 フォローしてくれたのだろうけど犬飼さんがおしゃれすぎて全くフォローになっていない。


「フォローになってないわよ、そもそも休日に出かけることが少ない人生だったんだから仕方ないでしょ……」

「じゃあ今日は椿ちゃんの服見よっか!」

 目をキラキラさせて見つめてくる。


「見なくていいわよ……なに着ても変わらないんだから」

「そんなことないって!かわいい系の服着てる椿ちゃんみたいな~」

 犬飼さんが選ぶ服なんてどうせミニスカとかでしょ、冬じゃなくても絶対着たくない。なんかめまいしてきたかも……


「一生のお願い!」

 黙っていると両手を合わせてお願いしてくる。


「しょうがないわね、なるべく肌の露出はなしでお願いね」

「私をなんだと思ってるのさ」

「校則破りミニスカJK」

「椿ちゃんと付き合ってからは膝下までちゃんとスカート伸ばしてるんだからね」

 そんなこと1回も気にしたことなかった。そもそも犬飼さんと話すときにスカートを見る状況なんてないので『校則破りミニスカJK』は完全な偏見だ。


「そうだったかしら、全然覚えてないわ」

「もしかして私に興味ない?」

「犬飼さんのことは顔しか見てないわ」

 話すときに顔以外を見るのは一部のお猿さんだけだ。


「ほんとずるい……」


 犬飼さんがぼそっとつぶやいた言葉を私は聞き逃さなかった。

「なにか言った?」

「なにも言ってない!」


 目を合わせないで必死に隠そうとしてくるのでからかってみる。

「『ほんとずるい』って言ってなかった?」

「聞こえてるじゃん!いじわる!」

 犬飼さんは表情がコロコロ変わるから一緒にいるとつい口角が上がってしまう。


 ◇


 結局ショッピングモールの服屋さんで犬飼さんにおすすめされたロングコートを買った。

「犬飼さんって結構無難なチョイスするのね」

 紙袋の重みを腕に感じながら疑問をぽろっと口にする。


「クリスマスデートの時に今日選んだ服着て欲しいからね!」

 胸を張ってそんなことを言ってくるけど、クリスマスの約束なんて全くしていない。


「そんな約束なんてしてないんだけど?」

「付き合ってるのにクリスマスデートしてくれないの?」

 心が痛むから今にも泣きそうな顔をしないで欲しい。


「急だからびっくりしただけ、私と過ごしてくれるの?」

「当たり前じゃん!12月25日が付き合って3ヶ月記念になるように告白したんだけど?」

 そこまで考えてあの日に告白したなんて知らなかった、その頭をもう少し勉強に使えば学年10位、いや50位くらいなら目指せそうなのに。


「そういうことだったの?全然気付かなかったわ」

「椿ちゃんって結構鈍感だよね、付き合う前に何回かお昼一緒に食べようって誘ったりしたのに全部断るんだもん」


 確かに何回か誘われたけど弁当食べながら読書するやつがいると雰囲気が悪くなると思って断ったんだった。


「そんなことあったような、なかったような……」

 覚えていることがバレるといじられそうなので適当に誤魔化す。


「あったよ!あんなに好き好きアピールして断られたの初めてだったよ」

 何回か同じようなことしてたってことは他の人と付き合ったこともあるのかな……


「他の人と付き合ったことあるの?」

 聞かずにはいられなかった。


「女子は椿ちゃんが初めてだけど男子は中3のときと高1のときにひとりずつ付き合ったことあるよ」

 犬飼さんみたいなかわいい子なら元カレのひとりやふたりくらいいるのは普通だと思うし、いたからと言って私には関係ないのに心がざわざわする……


「大丈夫だよ、もう連絡とってないから」

 様子が違う私を気遣ってからか、犬飼さんがピースしながら優しく付け足す。たまにこういう優しい一面を見せてくるものだから困る。


「気遣いありがとう。だけどやきもち焼いてるとかじゃないわよ」

「はいはい、手繋いであげるから機嫌直して」

 手を繋ぐだけで機嫌が直るわけない。犬飼さんは私を甘く見すぎている。


「そんなんじゃ機嫌直らないわよ」

 差し出された犬飼さんの手を引っ張り、ぎゅっと抱きしめる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る