第2話 初めての寄り道
今日も夕陽の差す教室で
私は犬飼さんとは違ってテストが赤点ギリギリなわけではないので、文庫本を開いて読書の秋を謳歌している。
「
グラウンドから聞こえてくるサッカー部の声を聞いてスポーツの秋を感じていると、最近はしっかり勉強しているらしい犬飼さんがペンをくるくる回しながら聞いてくる。
「失礼ね、友達と寄り道したことくらい……」
友達と寄り道したことなんてなかったし、そもそも友達がいなかったことを話し始めてから思い出し、なんだか虚しい気持ちになった。
「流石に馬鹿にしすぎだよね、ごめんごめん」
「ないわよ……そもそも友達がいないの、笑いなさいよ」
手を合わせてペコペコしている犬飼さんから目をそらして答える。
「今日は勉強なんてやめて寄り道しよっか!」
てっきり笑われるものだと思っていたから、明るい声でそんなことを言われて思わず犬飼さんの顔を見てしまう。
「勉強はもういいの?期末テストで10位以内入らなかったら彗星一緒に見ないわよ?」
机に広がっていたノートと筆箱が片付けられているのでどうやら本気らしいけど一応聞いてみる。
「学年10位になるくらい勉強する時間があるなら椿ちゃんと仲良くなりたいんだよね」
目的を変えるのが早すぎるような気がするけど、ちゃんと芯が通っているところが犬飼さんらしい。
「しょうがないわね、どこ行くの?」
文庫本に栞を挟んで通学バッグに入れて立ち上がると、犬飼さんがにやにやしてくる。
「案外乗り気なんだね~」
「犬飼さんに喜んで欲しいから寄り道するのであって、乗り気なわけではないわよ」
犬飼さんと2週間しか過ごしていないのに、ひとりでいるときよりも楽しい。それなのに嘘をついてしまった。
「ツンデレじゃん!ところで椿ちゃんって甘いものよく食べる?」
笑顔で首を傾げて尋ねてくる。
「たまに食べたりするけど……急にどうしたの?」
頭を使ったあとに食べる甘いものは格別なので、勉強を頑張った日は自分へのご褒美に駅でシュークリームを食べたりする。
「私甘いもの好きだからよく駅前のクレープ食べに行くんだよね」
『駅前のクレープ』と聞いて、まわりの席の陽キャたちが『彼氏と行った~』とか話して盛り上がっていたことを思い出す。
「犬飼さんはそこ行きたいの?」
無言でこくこくと頷く犬飼さんが、おやつを待っている犬みたいでかわいいなと思った。
「じゃあ行きましょうか。それと手を繋いでもいいかしら?」
小説とか街中のカップルってよく手繋いでるから犬飼さんもしたいのか気になった。それに手を繋いでみたら『好き』を感じることができるかもしれない。
「いいよ……」
バッグを肩にかけた犬飼さんが耳を赤く染めながら手を差し出してくる。たしかこんな感じに指を絡めるんだよね、恋人繋ぎっていうんだっけ?
「手繋いだことないから間違ったことしてたらごめんなさいね」
犬飼さんがうつむいているから、なにか間違えてしまったのかと思い尋ねてみる。
「手繋いだことないって言ったのに最初から恋人繋ぎなんてずるいよ……」
犬飼さんがいつもの明るく元気な声とは対照的にぼそぼそつぶやく。
「じゃあやめたほうがいいのかしら?」
「このままでいいよ……ドキドキしちゃうだけで嫌なわけじゃないし」
少し引っかかるところはあるけど喜んでくれているということは小説から得た知識は現実でも結構通用するみたいだ。
◇
電車から降りて改札を抜け、今はクレープ屋さんのあるアーケード通りへ向かうために駅前の交差点で信号待ちをしている最中だ。
「早くクレープ食べに行こうよ!」
信号が青になった途端に手を引っ張られ、バッグの中の教科書をがたがた鳴らしながら横断歩道を渡る。
「急に走らないでよ、私運動苦手なんだから」
少ししか走っていないのに、息が切れる。筋トレとかをしないと犬飼さんの寄り道に付き合うのは体がもたないかもしれない。
「恋人繋ぎでドキドキさせてくるからお返しだよ!」
呼吸を整えながらながら犬飼さんをじっとにらみつけていると、小悪魔的な笑みを浮かべながらウインクしてくる。
「今度はキスでもしてみようかしら?」
このままだとなんだか犬飼さんに負けたような気がするのでそんなことを言ってみる。
「そんなこと街中で言うな~」
表情がころころ変わるから、犬飼さんをからかうのが楽しい。
「椿ちゃん笑ってくれた!」
自分では気付いていなかったけど笑っていたみたいだ。
「クレープ屋さんってあれじゃない?」
「もう!話そらさないでよ!」
犬飼さんがぽこぽこ叩いてくる姿が、気を引こうとしている犬みたいでほんわかとした気持ちになった。
◇
「どのクレープがおいしいの?」
お店に着いて立て看板に書かれているメニュー表を眺めながら犬飼さんに聞く。
「フレッシュチョコっていうクリームとチョコソースが入ったのがシンプルだけどおいしいんだよ~だけどカスタードチョコバナナも捨てがたくて……」
どっちも甘々でカロリーがすごそうだ、こんなのをよく食べてるのに太ってないのは、さすが女子高校生と言わざるを得ない。
「両方買ってシェア……とかしてみる?」
このままだと犬飼さんが永遠に迷いそうなので提案してみる。
「シェアとか知ってるの?寄り道したことないのに?」
悪気を全く感じない天然の言動に心をえぐられる。
「それくらい知ってるわよ。その……小説とかで……」
「椿ちゃんってかっこいい人だと思ってたけど案外かわいいところあるよね」
「フレッシュチョコとカスタードチョコバナナをひとつずつお願いします」
白い歯を見せて笑っている犬飼さんから逃げるように目をそらしてを注文する。
◇
店員さんからクレープをふたつ受け取ると、犬飼さんがキラキラした目で見てくるのでひとまず両方とも預ける。
「私が口を付けたあとのクレープなんて食べたくないでしょうから先に食べていいわよ」
クレープをもらってすぐにかぶりついているからよっぽど食べたかったんだろう。
「やっぱりおいし~もうひとくちずつ食べてもいい?」
「いいわよ好きなだけ食べなさい」
ぱくぱく食べてるのがかわいくて、気付けば頭をなでていた。
「そんなさらっと頭なでないでよ」
「犬みたいでかわいいから無意識に手が出ちゃった」
「そんな見つめてないで椿ちゃんもクレープ食べなよ」
どっちからもらおうかとクレープに目をやると、フレッシュチョコはもう3割くらい食べられていたので多分そっちがお気に入りなんだろう。
「じゃあカスタードチョコバナナもらえるかしら?」
そう言って指を差すとクレープを包む紙がクチャっと音を立てた。犬飼さんの顔を見ると名残惜しそうな顔をしている。
「……」
「犬飼さんって好きなものはあとにとっておく派?」
なかなかクレープを渡してくれないので聞いてみる。
「うん……」
「じゃあフレッシュチョコもらえる?」
「ありがと、椿ちゃんって案外優しいんだね」
犬飼さんの顔がぱぁっと晴れて、7割くらいになったクレープを差し出してくる。
「犬飼さんと付き合ってあげてるだけで十分優しいと思うわよ」
クレープを受け取ってひとくち食べると、口の中にクリームとチョコの甘さが広がる。
「付き合ってくれてありがと……」
照れながら感謝してくる犬飼さんの顔を見ると口の中の甘さはどこかに消えてしまって、残ったのは心にふわっと浮かぶなにかだった。
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