『好き』を教えてくれたあなた
小野飛鳥
第1話 彗星無視
私、
中学生のときに何度か告白されたけれど、恋人をつくることにメリットを感じられなかったのですべて断った。告白してきた男子のことを好きだった女子に逆恨みされて仲間はずれにされたけど、ひとりでいることは心地良かった。
気付けば授業は終わっていて、帰ってご飯を食べてお風呂に入って寝る。これからもそんな人生を過ごしていこうと思っていたのに、高校二年生になった私は夕陽の差し込む教室に呼び出されている。
並べられた机や椅子はさみしそうにしていて、私とクラスメイトの
「椿ちゃんのことが好き、付き合ってほしい」
一瞬何を言っているのかわからなかったけど、たぶん冗談か陽キャ特有の罰ゲームだろう。
「しょうもない冗談で私に時間を使わせないで、どうせ罰ゲームかなんかでしょ?」
本当にばかばかしい、私は何を期待して教室に残っていたんだろうか。早く家に帰って物語の世界に潜ろうと、通学バッグの重みを感じながら教室の出入り口に向かう。
「待ってよ!」
扉のレールを足裏に感じた瞬間、甲高い声に後ろから鋭く突き刺された。
「いい加減諦めなさいよ、お友達にいじめられるかもしれないけど恨まな……」
突き放すように言葉を吐きながら振り返ると、目に涙を浮かべた犬飼さんがぷるぷると肩を揺らして立っている。
「罰ゲームでもないし……嘘でもないよ……本当に椿ちゃんのことが好き!」
夕陽に照らされて輝くしずくをぽたぽたと落としながら声を振り絞っている。その声からは断られた悲しみではなく、信じてもらえなかった怒りを強く感じた。
「なんでそんなに必死になれるの?付き合わないと死ぬってわけでもないんでしょ?」
嫌味でも意地悪でもなく、ただただ疑問だった。これまで告白してきた人は一度断ったら『あはは、そうだよね今の忘れて』とか言ってすぐに諦めたのに犬飼さんは違った。
「なんでって……それは上手く言葉に出来ないけどさ……上手に言語化出来ないのが『好き』って感情っていうか……もぉ~恥ずかしいってば!」
顔を真っ赤にしてもじもじしている。
「あなたの気持ちはわかったわ。でも私は『好き』がわからないの」
『好きがわからない』なんて言われたらさすがに付き合いたくなくなるだろう。一方通行の愛ほど虚しいものはないことを私は小説から知っている。
「じゃあ私が椿ちゃんに『好き』って気持ち感じさせてあげる。だから私と付き合ってよ!」
無限にも思えた距離はすでになくなっていて、犬飼さんが私の両手を掴んでいる。なぜだか手の温かみがとても懐かしい気がして、涙が出てきた。疲れてるのかな。
「そんなに私と付き合うの嫌だった?」
泣いていることがバレないように下を向いていた私の顔を犬飼さんがのぞき込んでくる。
ハンカチを取り出して涙を拭き、ふーと息を吐いてから口を開く。
「私疲れてるみたい」
踵を返して帰ろうとすると暖かく、柔らかい感触に包まれた。
「椿ちゃんはいつもひとりだけど、行事も学級委員も頑張ってるの知ってるよ。私はそういうところが好きだな~」
犬飼さんが耳元で優しく、言い聞かせるようにつぶやいてくる。
「暑苦しいから離れてくれない?それと『いつもひとり』は余計よ」
「確かにそうだね、ごめんごめん」
私たちの笑い声が教室にこだまする。
自分がこんな声出せたなんて知らなかった。もしかすると犬飼さんと付き合ったら楽しいのかもしれない。
犬飼さんの目をしっかり見て、口を開く。
「犬飼さん。私はあなたの思う彼女にはなれないかもしれないけど、それでもいいなら付き合いましょ?」
「やった!椿ちゃん大好き!」
さっきよりも強い力で抱きしめられる。
「犬飼さん、苦しいんだけど……」
「いいじゃん付き合ってるんだし!」
犬飼さんの抱きしめる力は強すぎる、だけど言語化出来ない安心感があった。
◇
「ねえねえ椿ちゃん、フォルチュナ彗星っていうのが12月頃に見れるらしいよ!」
夕陽の温かみを感じながら犬飼さんと付き合った日のことをぼーっと思い出していると、向かい合って机にノートを広げている犬飼さんが喜々として報告してくる。勉強教えて欲しいって言うから一緒に居残りしてあげてるのに早々にスマホをいじるのはどうなんだ。
付き合って1週間がたったけど、未だに『好き』はわかっていない。まあ1週間でわかってしまったら私の約17年はなんだったんだ、という話になってしまうので少し安心している自分もいる。
「彗星なんて見てもなんにもならないでしょ、無視よ無視。将来の為に勉強したほうがよっぽどいいと思うんだけど」
「彗星なんて一生に一度見れるかどうかなんだから見とかないともったいないよ!」
前のめりになって熱弁する犬飼さんに気圧され、スマホでフォルチュナ彗星について検索してみる。一番上に出てきたサイトを開いて目を通すと、短周期彗星で公転周期は49.6年、日本では12月の中旬から下旬に見れることがわかった。半世紀に一度見られるなら人生に一度なんて大げさだ。
「まさか彗星に『頭が良くなりますように』なんてお願いしようと思ってないわよね?」
目線をスマホから犬飼さんに向けるとビクッと背筋伸ばす、そんなことだと思った。犬飼さんは反応がわかりやすくて面白いから、ついからかいたくなってしまう。
「図星ね、期末テストで学年順位が10位以内に入ったら一緒に彗星を見に行ってあげてもいいわよ」
高校を卒業しても一緒に居れる保証はないから犬飼さんには勉強を頑張って良い大学に行ってもらいたい。彗星に興味があって、あわよくば一緒に見たいと思っているわけではない。
「そんなご褒美あったら学年1位余裕だよ!」
犬飼さんは鼻歌を歌いながらスクロールしていたスマホを一瞬で通学バッグにいれて、シャーペンを走らせ始める。
どこからそのやる気が出てくるんだろうか。黒鉛のすり減る音を聞き流しながら文庫本を開く。
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