2サイズ

街道を歩きながら、ふと胸の奥に重たいものが蘇ってくる。

この小さな身体は、どう見ても“猫山クロ”だ。けれど中身は私――高山ショウ。そのことを改めて実感した瞬間、脳裏に浮かんだのは転生前の自分の姿だった。


「……配達員、だったよな……」


ぽつりと声に出す。


私は大手の黒い猫の宅配会社の従業員だった。東北の田舎町の営業所で、毎日のようにトラックを走らせていた。狭い道路をすれ違うたびにため息をつき、雪の降る冬はチェーンを巻き、汗が滲む夏は荷物の重さに肩をいわせながら。

しがないトラックドライバー。それが私の現実だった。


「……人付き合いも……普通にやれてたんだよな」


そう呟いて、首を傾げる。メンタルは弱いし、口下手で、初対面の人と目を合わせるのも苦手だった。

それでも、営業所の同僚とは何とかやれていた。朝の仕分け作業で軽口を叩き合い、配達から戻れば缶コーヒーを差し入れてもらったり、こちらもお返ししたり。

飲み会に誘われれば、面倒だと思いつつもちゃんと顔を出していた。無理して笑って、グラスを合わせ、たまに冗談を言って周囲を笑わせたりもできた。


「……全然、悪い生活じゃなかったのに」


雪の積もる田舎道を走った日も、夏の夕暮れに汗まみれで荷物を運んだ日も、思い出せば苦しくて、でも確かに生きていた証のように思える。

そんな日々が、なぜか唐突に終わり、私は今ここにいる。


「……なんで転生なんか……」


吐き出した言葉は、誰にも届かない。街道には風しか吹いていない。

鈴がちりんと鳴って、現実に引き戻される。


私は猫耳を伏せ、前を見据えて歩き続ける。

過去の自分を思い出すたびに、足元の道がますます不確かに見えた。

だが、立ち止まることはできない。配達員だった頃のように、荷物を抱えて進むしかないのだ。


「……死んだのかな、私……?」


歩きながら、ふと口から漏れた。

トラックの運転席に座っていた記憶も、荷物を抱えて走っていた記憶もある。けれど、その先がどうにも思い出せない。事故だったのか、過労だったのか、それとも――別の原因か。

頭の奥に霞がかかっていて、そこから先はどうしても思い出せなかった。


「……なんで転生したのかも、わかんないんだよなぁ……」


考えても答えは出ない。

ただ、ひとつだけはっきりしているのは、私はいま猫山クロの姿で、異世界の街道を歩いているという事実だ。


改めて、自分の体を確かめる。

臍の出たTシャツの下、腹筋はしなやかで、以前のだらしない中年体型とはまるで違う。脚も軽い。スニーカーで地面を蹴れば、体がふわりと持ち上がるような感覚さえある。


「……身軽……」


転生前、私は30代のおっさんだった。肩こり、腰痛、毎日の疲れで朝は体が重かった。

けれど今は――若返ったかのように軽い。いや、それ以上だ。


跳ねるように軽くステップを踏むと、尻から伸びる二股のしっぽがふわりと揺れ、先端の鈴が小気味よく鳴った。

その瞬間、猫のような身軽さを骨の髄から感じ取る。


「……これが、猫又……」


そう呟いて笑う。

配信で作った設定では、猫山クロは137歳の猫又――日本の妖怪のひとつ。

人の姿をとった妖怪であり、年齢に似合わない幼さを持つキャラ。

その“キャラ設定”のおかげなのか、私はただ若返っただけではなく、本当に猫又としての特性を得ているらしい。


風を切る感覚。地面を蹴ったときの反発力。指先に伝わる繊細な触覚。

全てが、転生前の「おっさん」の頃とは違っていた。


「……まぁ……悪くはない、か」


そう小さく呟き、再び街道を歩き出す。

ちりん……鈴が鳴り、異世界にいる実感をまたひとつ深く刻み込んだ。

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