第9話 ウォカテ・スクール

「おい、雪だ雪!」


見上げると窓の外から粉砂糖みたいなものがちらちらと降っていた。


「この間まで秋だったのにな。レダ、寒くない?あれ、何食べてるの?」

「先生にもらったもの」


僕は食べかけのドーナツを友達に見せる。チョコレートドーナツ。表面にナッツがたくさんまぶしてある。


「うわ!ドーナツ!羨ましいなあ。今月のEQテストで一番だったもんな!羨ましい」


友達は目を細めてドーナツを見つめる。


「僕はドーナツ、そんなに好きじゃない」


ドーナツを皿に置いて僕は言う。咀嚼はきっちり50回。口の中で全ての食べ物は50回の咀嚼で液体になり、50回の咀嚼の後必ず飲み込むことにしている。


「今年のEQテストは先月より難しかったよなぁ〜、どんどん難易度上がってる。俺進級できるかなあ?不安になってきた」

「不安。不安は解体すればいい。恐れの根幹に何があるのか見つめることができれば不安は消える。『得体がわからないもの』に僕たちは不安や恐怖を感じる。正体を暴けばいいだけなんだ。その後然るべき対応をすれば何の問題もないさ」

「レダみたいに俺は頭良くないからさあ」


マルクは2段ベッドの下に座り、ため息をつく。


「そういや、レダって一度も笑ったことがないよな?何が好きなんだ?勉強?学校?ボール遊びとかカード集めとかしてないよなあ」

「好きなものは不必要。笑うことがないのも、別に大した問題ではない。しかるべき状況であれば僕は笑うだろう。君が観測していないだけで」


僕は残りのドーナツを口に含み、きっちり50回咀嚼する。脳内でカウントをする。50きっちりでないといけない。49.でも51でもよくない。


「特別な生徒になれたら、ウォカテのすごくでかい会社に入ったり国に関わる仕事とか任せてもらえるようになるんだろうなあ〜。そしてその席はもう決まってるんだ。お前なんだろうなあ。ここは子供を篩にかける場所なんだからさ。俺はここを卒業したらお前の部下になったり、もっと下の単純作業要員になるのかもしれないなあ」

「それも予期不安だ、マルク。まだ起きていない出来事を勝手に予測して悲観している。まだ起きていないことは白紙だ、起きていないのだから存在していない。マルクは無駄な思考ばかりしている。授業中もそんなことばかり考えているのか?マルクの脳の中は無駄なことだらけだ。だからEQテストもうまくいかないんだ。頭の中を整理しないと」

「やっぱりレダは天才なんだなあ〜」


僕はドーナツを咀嚼して飲み込み、部屋を出る。歯磨きのために。同室のマルクは出会った頃からあんな感じで、正直頭の度合いが違いすぎて話が合わない。かといって先生にそれを言うことはしない。寮の部屋は前期と後期でメンバーが入れ替わるからだ。


洗面台に行き、三分歯磨きを行なった。歯を鏡にうつし、ひとつひとつくまなく磨く。上、下、左、右。そして濯ぎすぎないように(濯ぎすぎると歯磨き粉に含まれているフッ素のコーティングを薄める)。ツヤツヤの歯。エレベーターを降りて下の階へ行く。


「あら、ちょっと。レダ」

「はい」


先生に呼び止められた。


「数日前にウォカテの入り口で行き倒れている子供がいたのよ。調査したらあなたのお兄さんだったわ。胃の中は空っぽ、今点滴をして救護室で寝かせているの。念の為顔を見て、あなたのお兄さんかどうか確かめてくれるかしら」

「わかりました」


僕は一階の救護室に向かう。扉を開けると白衣の先生が僕を見た。白いベッドで眠っている汚い服装の子供。葉っぱとか泥だらけで顔には傷跡がある。僕は子供の顔を見た。目を閉じている。人相がよくわからない。


「レダくん。君のお兄さんじゃないのかい?」

「目を瞑っていて顔が読み取れません。それに、すでにDNA調査済みなら僕が確認する必要はないです。兄は今まで街の中にいたのかな?葉っぱとか泥で汚れているのは森のようなところにいたからなのか」

「ウーン、わからない…これから色々話を聞くところだが、もう四日も寝ている」

「じゃあ寝不足ですかね。では兄とわかったので、僕はこれで失礼します」


ベッドから離れて救護室のドアノブに手をかけた時、「レダ」と声がした。


「レダ!」


寝ていた子供の声が大きく響き、僕はゆっくりとベッドに向き直る。


「レダくん、お兄さんが起きたよ!」

「レダッ!!レダだよね!?ぼくだよ!オルトだよ!おにいちゃん!!」

「そうだね。兄のようだ。健康状態が良くないようなのでしばらく先生方のお世話になってください。では、僕はこれで」

「レダ!」


僕は救護室のドアを閉める。

部屋の中から僕を呼ぶ声と、なだめる先生の声が聞こえる。僕はそのままエレベーターに乗り、自室に戻る。



「ああ、おかえり〜レダ!もしかして残ってるドーナツ、こっそり持ってきてくれたりした!?」

「そんなことはしないよ。歯磨きをして、下の階の様子を見ただけ」

「フーン」


マルクはベッドに寝っ転がった。


「なあ、雪ってワクワクするよなぁ〜。積もったら雪だるま作ろうぜ!雪合戦とか」

「雪は、ただの気象現象だよ。それに汚い」

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Voka te Morta たす @9ma33

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