第7話:馬路は少女と期待を乗せて
ダンジョンへと向かう幌付きの馬車が、乾いた街道を進む。
馬車は、太い車輪を備えた幌付きの、頑丈な造りのものだった。
余計な装飾のない使い込まれた馬車は、揺れは少なく、六人が乗ってもいくらかの余裕がある。
この馬車の手配の他にも、ギルドは周囲を哨戒する冒険者も雇ってくれたらしい。
誰かがそう言っていたけれど、私の頭にはほとんど入ってこなかった。
馬車の隅に小さく座る私は、正直なところ、それどころではなかった。
……私の向かいに、あの日、声をかけてくれた赤髪の先輩がいるのだ。
依頼のやり取りがあった後に、食料や薬を抱えた先輩がギルドで合流したのだ。
リーダーさんから事の顛末を聞くと、私に向かって、
「よろしくなっ!」
と爽やかな笑みを浮かべながら、そう声をかけてくれた。
話しかける勇気は出ない。でも、視線だけは勝手に動いてしまう。
先輩を見ると思いだす、温かい言葉と笑顔……
胸の奥がじんわりと熱くなり、頑張ろうという気持ちになってくる。
「では改めて、自己紹介をしておこう」
リーダーさんの声に、ハッと現実に引き戻られた。
「俺は“告暁の隼”のリーダー、ロランだ。」
最初に口を開いたのは、リーダーのロランさんだった。
鞘に収めた長剣を、静かに床へ突き立て、険しい顔で次を促した。
「私は斥候役のカリーナ! お姉ちゃんがルミーナよ! よろしくね!」
「……うるさい妹ですまないな」
褐色肌の双子の姉妹――髪が短い方がカリーナさんで、長い方がルミーナさん。
ルミーナさんの傍らには、穂先を布で巻いた槍が立てかけられている。
「僕は神官のアルネスです。同じ後衛役としてよろしくお願いします。」
隣に座っていたアルネスさんが、こちらに向かって軽くお辞儀をした。
ぺこりと頭を下げて顔を戻すと――ふと目が合ってしまった。
そのまま柔らかい笑みを浮かべられ、ドキリと心臓が跳ねる。
「俺はゴウ。炎を使う魔術師だ――って知ってるか! 後輩だもんな!」
快活な声に、思わず先輩の方を振り向いた。
……私のことを覚えていてくれているんだ。
「えっと、私はサナって言います……土魔法使いで、その、あまり強くはないんですけど……」
徐々に小さくなる声に合わせて、視線も下を向いてしまった。
やっぱり、私なんかがこんな場所にいていいのか、不安が胸に広がっていく。
「そんなことないですよ」
隣から、静かな声が届いた。
顔を上げると、アルネスがやさしい目でこちらを見ていた。
「受付嬢の太鼓判があるんです。期待してますよ。ね? ゴウ」
「そうだな! 足場を作ってくれたら、俺が乾かすから、滑る心配もないぞ!」
こちらに向かって親指を立てて、ニカっと笑う先輩。
そっか。私はぬかるみ対策の足場作りだけ考えてたけど、それだけじゃ滑っちゃうのか。
「あ、ありがとうございます。……そうだ。砂利にした方が、水はけもよくなりますか?」
「……ふん、砂利か」
ロランがぽつりと呟いた。
「確かに足元が滑る心配をしなくていいのは助かる……が、できるのか? 泥の中にしっかりとした足場を築くだけでも一苦労だろう。それを砂利でとなるとだな…」
その言葉に、胸がきゅっと縮こまった。
不安はある。けど、それでも――
今日の私は、自分の魔法で、誰かの役に立つためにここにいるんだ。
「その……足が沈まないように、砂利をしっかり敷き詰める必要が、あると思っています」
「……わかってるなら、それでいい」
ロランはそういうと、眉間のしわをさらに深くして目を閉じた。
「余計なことはしなくていい」
馬車が跳ねたのに合わせるように、ロランが、短く言った。
――余計
その言葉に、私の心の火がしゅんと小さくなる。
「ダメだよ? ロラン。そんな言い方しちゃ」
アルネスがロランを小突きながら続けた。
「あー、ごめんね? コイツ、真面目なんだけどちょっと口下手でさ。今のは“やるべきことを優先してくれ、期待している”って意味だからね」
「おいっ! アルネス!」
「あははー。しっかしギルドも、どうしても他所に借りを作りたくなかったみたいだねー。ギルドのロビーで交渉されたら、断れるわけないじゃんね」
アルネスがひらひらと手を振りながら話題を変えていった。
……期待、されてる。
この手が、私の魔法が、誰か役に立つことを期待されている。
そう言ってもらえるだけで、心の火の揺らぎは収まり、確かな熱を放つ。
ちゃんと、形にしたい。やれるだけ頑張るんだ。
自分の掌をじっと見つめる私のことを見守る視線に、私が気が付くことはなかった。
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