第6話:少女の価値は掘り起こされる

 追放以来、私は一人でこなせる依頼ばかりを選んでいた。

土魔法を使った道路や防壁の補修、薬草摘みなどが主だったが、

依頼の場所は近場から徐々に遠くへ、モンスターが出現する危険な地域へと広がっていった。

内容も、最初の頃よりずっと難しくなってきた。


 じっくりと丁寧に魔法を使って依頼をこなす日々は、以前のように忙しくはなかった。

決して余裕があるわけではないけれど、つつましく暮らすには十分で、

休養を取りながら、自分のペースで仕事ができるようになっていた。


 依頼の達成を重ねるうちに、受付の職員さんの対応も、少しずつ変わっていった。

以前は、依頼票を渡すときも報告書を受け取るときも、どこか事務的で、目も合わなかった。

それが最近では、「お疲れさまです」と声をかけてくれるようになり、

感じのいい明るいお姉さんは、時々、私向きの依頼をすすめてくれることもある。

私の報告にちゃんと耳を傾けてくれるし、軽い雑談は、私の心を少しだけ軽くしてくれた。


 ギルドには、朝と夕方の混雑を避けて行くようになった。

朝の依頼を取り合うギラついた熱気とも、夜の酒と脂と汗の漂う喧騒とも違う空気の時間帯。

数人の受付職員が紙をめくる音と、ペン先が走る気配だけが、静かに空間を満たしている。

わずかに残る冒険者も、昼下がりの静けさを味わうように、椅子に深く腰を沈めていた。


 人が多い時間帯は、どうしても視線が気になる。

だから、昼下がり――人の少ない時間が、私の居場所になった。

別に、もう地味女と言われたって気にしないけどね……事実だし。

わざわざ人に貶められる必要もないから、自然とこの時間帯を選ぶようになった。


 魔法だって、他人には無駄に見えるかもしれないけど、私が生きていくためには必要なもの。

依頼ではいつも求められているんだから、絶対に無駄なんかじゃない。


 失ってしまった自分を、ゆっくりと確認するかのような日々の中。

私は、今日も掲示板の前でじっくりと依頼を吟味していた。

パーティでこなすような依頼は、最初から選ばない。

どうせなら、私の魔法に合った依頼の方が、競合も少なくて済む。

それが、気楽だった。

誰にも邪魔されず、誰にも怒られず……

そんな日々の中でも、私の魔法はきっと誰かの役に立っている。

そう考えると、少しだけ胸があたたかくなる。


――突如、ギルドの扉が勢いよく開いた。

ケガをした数人の冒険者が、血相を変えて飛び込んでくる。

「沼地ダンジョンで、モンスターが……!」

「数が、数が多すぎる! あれは、普通じゃないっ!」


 受付の職員さんが慌てて詰め寄り、話の聞き取りが始まる。

確認と治療の手配が済んだのか、冒険者たちは別室へと移動していった。

ほどなくして、目立つ赤色で縁取られた緊急依頼の札が、掲示板に掲げられる。


 話を聞いた限りでは、大量発生への対処……私ではどうしようもない。

職員さんが居合わせた一つのパーティに声をかけているが、その反応はイマイチのようだ。

「うちの魔術師は火属性で、水場では威力が落ちる。それに沼地は足場が悪いから、うちの売りの機動力が殺されてしまう」

そんな声が、私の後ろから聞こえてくる。


 私は依頼票を見ているふりをして、耳だけはしっかり後ろに向けていた。

関係ない話だ。……でも、緊急事態だし、興味がまったくないわけじゃない。

私のように遠巻きに事態の行く末を気にしている冒険者は、何人かいる。

けれど、話の様子を聞く限り、今のギルドでこの依頼に対処できそうなパーティは、一組しかいないらしい。

職員さんも、その一組に粘り強く交渉しているようだった。


 そのうち、ギルドの役員――とても偉そうな人まで出てきて、何とか依頼を受けてもらおうと交渉を始めた。

報酬金額の上乗せ、ギルドからの道具の提供、移動手段の確保……

様々な交渉材料がテーブルに乗せられても、そのパーティのリーダーは一向に諾と言わなかった。


 あんなに偉そうな人にお願いされたら、私なら引き受けちゃってたな……

苦い記憶を思い出しかけ、ぶんぶんと首を振る。

ついでに、その立派なリーダーさんを見てみようと様子をうかがってみた。


――不意に、受付の職員さんと目が合ってしまった。

いつも明るくて、依頼の相談にも乗ってくれるあの人だ。

その眉が、今まで見たこともないくらいに下がっていて、しょぼくれた狸のようになっていた。


 不謹慎だけど、かわいい……なんて思っていたら、突如、狸の目に鋭い光が宿った。

「サナさん! サナさんたしか、今、依頼受けていないですよね!」

「えっ……あ、ハイ……」

獲物を定めた肉食獣のようにまっすぐ滑るように近づいてきた職員さんに、両肩をがっしりと掴まれた。

私は突然の出来事に、ただ、固まるしかできなかった。


 職員さんがリーダーさんの方を振り向き、力強く言い放つ。

「彼女は土魔法の地形改変が大変得意なんです! 彼女が補助に入れば、沼地でもしっかりした足場が確保できるはずです!」


「へ?」

何を言われたのか、頭が追いつかなかった。

ただ、リーダーさんの視線が、私に突き刺さっているのだけは、はっきりとわかった。


「サナさんは、最近ソロでも活躍している土魔術師ですから、私が推薦します!」

眉にキリッと力を込めた“狸さん”の声が、私の耳に届くまでに、少し時間がかかった。

……私?

偉そうな人とも目が合ってしまい、先ほどの自分の言葉が響いた。

――あんなに偉そうな人にお願いされたら、私なら引き受けちゃってたな……


 世界が真っ白に染まった気がした。

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