第5話:追放劇の裏舞台
(リディアベル視点)
あの地味女――サナが来たとき、ちょうどいいと思った。
魔法学校を良い成績で卒業したばかりらしく、実力にも問題はなかった。
そして冒険者歴のない新人は、冒険者の常識と言えば、疑問を抱くことがない。
それに交友関係もないから、話が広がる心配もない。
何より――砂をかぶったような薄汚い髪を目元まで伸ばした小さく薄い体の女に、私が魅力で負けることはないからだ。
あの地味女もだが、魔術師という人種には、コミュニケーションが苦手な奴が多いらしい。
頼みごとをしてもはっきりと断らない。
少し強引に押し付けたとしても、大げさに感謝して見せれば、大抵は許してくる。
これまで通り、依頼の報告書作成は押し付けたし、加えてフランク、ジョーイ、ビリーからもそれぞれ雑用を頼ませた。
雑用に追われる日々の中では、自分の交友関係を広げている暇もないはずだ。
加入当初に感じたわずかな明るさが消え、いつでも俯いているようになったころから、
噂好きのジョーイに相談を通して、地味女の悪評を広めさせた。
噂はあっという間に広まり、地味女と陰で呼ばれるようになるまでに時間はかからなかった。
地味女に対して、私は今までで一番、徹底的に魔術師を追い込んだと言っていいだろう。
それは、この街での最後の魔術師だからというだけではない、もっと深い理由があった。
あの地味女の使う魔法だ。
これまでの魔術師は、呪文を唱えたり、魔法陣を描いたりして、ようやく魔法を発動させていた。
しかし、地味女は違った。
詠唱を必要とせず、杖で地面を叩くだけで、あの女の意志に合わせて砂が集まり、形を作るのだ。
――無詠唱。威力よりも速度を求めた魔法技術の一つらしい。
高等技術と言われるそれを、あの女は既に収めていたのだ。
この事実に気が付いているのは、パーティーの中では、いつも隣にいる自分だけだった。
もし、このことを前衛の三人が知れば……
地味女にとられることはなくても、少なくとも評価を上げる要因になるだろう。
冗談じゃない!
有能な冒険者は必要だ。
しかし――女の冒険者に用はないのだ!
だから、あの女の魔法の使い方に口を出さなかった。
前衛の危機に気が付いてもそれを伝えず、あの女に守らせた。
特に大振りの多いビリーはあの女に守られるたびに、顔を真っ赤にしてキレていた。
怯える姿を見るたびに胸がすく思いをした。
気遣うふりをしてその姿を見下ろすたびに、たまらなく心地よかった。
地味女の無能っぷりが、パーティーにもギルドにも広まってきたこのタイミングで――
風魔術師の名門、フリューベイル子爵家の四男、アレクシオンが私に声をかけてきた。
それは、必然……いや、運命と呼ぶにふさわしい出会いだった。
魔法学校を飛び級で卒業した彼が、わざわざ私に興味を示したのだ。
彼ならば、地味女以上の魔法が使えるのは間違いない。
きっと彼には、英雄の素質がある。
そして――私に向けられた、あの熱い眼差し。
それが、決定打だった。
私はすぐさま地味女を追い出し、彼を仲間にすることを決めた。
サナをギルドに呼び出したが、遅れるように雑用を押し付けてやった。
フランクが睨み、ジョーイが冷笑を浮かべ、ビリーの怒声が響く。
恐怖に身を固める地味女に向かって、私は心配そうな顔を丁寧に張り付け、優しい言葉に乗せて、本音を忍ばせて送りつけてやった。
「さっさと消えて、地味女」
ふらふらとギルドの門に消えていく女に、すでに興味はなくなっていた。
あの女の涙も、足取りの乱れも、私の未来には何の関係もない。
――英雄の妻になる。
私の望んでいた未来がすぐそこまで来ている。
手続きを終えたアレクシオンがゆっくりと振り返る。
私は彼に向かってニコリと微笑み、彼の瞳に私をしっかりと捉える。
“清らかな風”のリーダーとして、英雄を迎えるにふさわしい女として。
私は、私の輝かしい未来を信じて疑わなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます