第5話

 レティーラ王国では、爵位というものが採用されている。

 序列は公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。


 公爵は王族の血縁者の貴族達。

 侯爵は国家運営に携わる貴族達。

 伯爵は、子爵のような伯爵や大都市の運営・国防に携わるまで、幅が広い貴族達。

 子爵は町と都市を繋ぐ貴族達。

 男爵は町をまとめる役割を持つ貴族達。


 このような感じだ。

 伯爵はピンキリなのだが、今回会うバルドン伯爵家は、東西南北の大都市のうち1カ所を領地とし、支配しているため地位はかなり高い。

 また、七賢者も特待泊として伯爵に匹敵する爵位を持っている。


 爵位は領地持ちならその領地と一緒に呼び、そうでないなら姓にそのまんま付く。

 ちなみに貴族出の七賢者であれば領地なしの者と同じ呼ばれ方になる。

 ミリアなら、ミリア・アルト特待泊。

 ニナなら、ニナ・ミラージェ特待泊。

 ローランなら、ローラン・ヴァイス特待泊。


 そして、今回会う伯爵令嬢は、イザベル・マイル嬢、バルドン伯爵令嬢となる。


 * * *


 ロールズ・ヴァイス夫人から直しを受け、極楽の気持ちでそふに寝転がる二人がいた。

 ミリアとニナだ。


「師匠」

「なんだい、私に何か用かい…?」


 極楽の気持ちでソファにもたれかかり、普段から冷たい印象しか感じないミリアが、今はとても柔らかい。

 ローランはその状況に少し笑いそうになるも、何とか抑え、用を伝えた。


「玄関に荷物が置きっぱでしたよ。 それに、中には猫達もいました」

「おお、すまないね…荷物どころか猫たちまでも…

 猫?!」


 その言葉はその言葉にミリアは飛び起きた。

 使い魔のネロとメロは放置しておくと何かしらの問題を起こすためだ。

 そんな猫達を、今、ローランは手に持っている。

 ミリアの首筋には冷や汗が滝のように流ているだろう。


「た、助かった」

「いえ、いえ、感謝されるほどでもないですよ」


 ミリアが冷や汗をかいていると、扉がドンと開いた。


「お伝えさせていただきます」


 入ってきたのはローラン・ヴァイスの妻、ロールズ・ヴァイス夫人だ。


(まさか、コイツら問題起こしたのか?

 絶対そうだよな? 絶対後でシメてやる)


 ミリアは心配とともに更に大量の冷や汗をかいたが、次の言葉で拍子抜けすることになった。


「お二方、今回のセレスティナ貴族学園潜入の件でお世話になる、バルドン伯爵令嬢がお見えになりました」


 * * *


「イザベル・マイル嬢の〜、おな〜り〜!!!」


 バルドン伯爵令嬢…イザベル・マイル嬢は、使用人がこのように紹介してから、その威厳たっぷりの姿勢、余裕満々の顔と共に部屋に入った。

 彼女は、ミリアたちよりも少し幼そうな見た目で、金の扇子を持ち、明るい茶髪をなびかせ、真っ赤なドレスを着ている少女だった。


「こ、ん、に、ち、は、お二方。 お二方とも貧相な格好をしていらっしゃる。 その様な身なりでセレスティナ貴族学園に入学? もしや、我がバルドン伯爵家の顔に泥を塗るおつもりではありませんわよね〜?」


 ミリアは、いきなりこうも暴言を吐くものかと思ったが、甘やかされた伯爵令嬢ともなれば当然の態度であると感じた。

 ニナが『貧相な身なり』と言われたのは腹立たしいが、ここは我慢しなければ、話が進まない。

 ニナは肩をプルプルと震わせているが、耐えることを祈るしかない。


「大変不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。

 お二方、どうでしたでしょうか、私の演技は?」

「え?」


 ニナは声を上げてしまったようだ。

 ミリアがニナを見ると、肩が見事に固まっていた。


「実は、私に取り入ろうとする貴族達に、このように高圧的な態度を取ろうとかと思いまして。 関係の無いお二方を巻き込んでしまい申し訳なく思いますが、どうかご感想をお聞かせ願いませんか?」


 ミリアとニナはあまりのイザベル嬢の態度の落差に度肝を抜かれ、答えれずにいると、イザベル嬢は何か気づいたらしく、ハッとしていた。

 ミリアとニナは何についてハッとしていたのかなど全く分からなかった。


 すると、イザベル嬢は女性の貴族流の挨拶…スカートの両端を持ち、片足を下げ、頭も少し下げた。


「お初にお目にかかります、ミリア・アルト様、ニナ・ミラージェ様。デリック・マイルが娘、イザベル・マイルと申します。お二方には、厄災の際、大変お世話になりました。父と領民に代わり感謝申し上げます」


 ミリアとニナは挨拶を聞きようやく正気に戻った二人もまた挨拶をした。


「お初にお目にかかります、『無情の魔術師』ミリア・アルトと申します」

「お初にお目にかかります『夢見の魔女』ニナ・ミラージェと申します」


 二人が挨拶すると、イザベル嬢は大変興奮した様子で話し始めた。


「お二方とも、素晴らしい活躍でしたわ!

 ミリア様にいたっては、翼竜の群れのみならず、七賢者ですら討伐困難とされる厄災…『白龍』に『黒獣』も討伐なさるなんて…ミリア様以外の誰でも出来ませんわ!

 それに、その後の宴でも、必要最低限して帰るなんて、かっこよすぎますわ!」


 ちなみにミリアは、七賢者は月に一回は必ず仕事をしないといけないため、楽そうな翼竜の群れを討伐しようとしただけである。

 その後の宴ですぐに帰ったのは、必要最低限のことはしなければ貴族は面倒くさいということと、研究に戻りたいという、貴族を何もわかっていない理由である。

 貴族は最低限でなく、出来るだけ最高でなければならないのだが、そこら辺の事情を知らない庶民のミリアには知ったことではなかったのだ。


 何を思ったのか分からないが、イザベル嬢はその姿勢をカッコいいと感じたようだ。

 当の本人は困惑している。

 ニナは自分事のように誇らしくしていたため、ミリアは状況を理解できていなかった。


「お二方! 今回はフィリップ殿下、セフィル殿下の護衛のため、セレスティナ貴族学園へ潜入すると聞いておりますわ! わたくし、お二方が疑われることないよう、もはやわたくし自身イジメてると思う程に!

徹・底・的・に! なぶって!! なぶって!! なぶりまくりますので!!! 安心して護衛に専念してくださいまし!!!」


 イザベルのこの宣言に、ミリアは逆に心配になって猫達に慰められたのだが、これは言わないでおこう。

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無情の魔術師 情緒箱 @Meta777

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