第4話

ミリアは次の日の早朝に家を出た。

 持った荷物は、装飾品、黒ローブ、白服、一部の本、ついでに猫達(荷物?)だ。

 ミリアの予定は、昼頃にはバルドン伯爵家に到着し、『夢見の魔女』と会い、その後にバルドン伯爵家の皆さんに挨拶する、というようになっている。


 『夢見の魔女』と会うのは1ヶ月前の、バルドン伯爵領での敵対勢力の尋問の際以来だ。

 しかも、その時でさえ遠隔であったため、実際に会うのは実に半年ぶりとなるだろう。


 ここまで会う頻度が低いのには、理由がある。

 それは、七賢者は担当の領地に滞在しなければならないからだ。

 レティーラ王国には、王都を除き、主に7の大都市が存在する。

 七賢者はその7つの大都市の中から、一箇所の都市に滞在しなければならない。

 その目的は、『大都市の監視』『他国への牽制』『問題の沈静化』の三つがある。

 詳しくは言わないものの、この役割を果たすために、特に東西南北の都市の七賢者は、都市から離れることはない。

 だが、今回特別に潜入することとなり、「潜入させるなら『夢見の魔女』と共にさせた方が安心だろう」という王の言葉により、共に入学することとなった。


 ミリアと『夢見の魔女』の仲がいいのには理由がある。

 ミリアが入学した魔術学園の当時では、平民や劣等生がいじめられることが多くあった。

 ミリアはそれを助けようと救っていったのだが、初めて救ったのが『夢見の魔女』だったのだ。

 彼女は身体の特殊体質を持っていることや、彼女の得意魔術が見下されていた事から、虐められていた。

 ミリアがそんな彼女を助けてからは、彼女はミリアに常に付いていき、よく話すようになった。

 当時トラウマのせいで喋ること、人と関わることすらできなかったミリアも、そんな彼女に徐々に心を開いていき、トラウマを回復させていった。

 イジメから救った者達に『偽善者』と罵られ、心が壊れかけた時、ミリアの妹がミリア自身の不注意と楽観で死んでしまった時にも、彼女は決して離れず、支え続けた。


 このような経緯から、ミリアは七賢者の中でも『夢見の魔女』には心を開き、仲が良いのだ。


 馬車が館に到着し、応接間に入ると、既に一人の少女がソファで寛いでいた。


「ミリア、久しぶり! こうして実際に会うのは半年ぶりでしょ? 今日が待ち遠しかったわ!」


 そう言い彼女はミリアに抱きつく。

 このミリアに抱きついた、彼女こそが、『夢見の魔女』ことニナ・ミラージェである。


「久しぶり、ニナ。 僕も待ち遠しかったよ。

 まさか、こんな形で会うとは思ってなかったけどね」


 ミリアは一人称を無意識的に使い分けている。

 常時は『私』、ニナのような特定の心を許した人には『僕』だ。

 そして、ミリアが言ったと同時に彼女は抱き着くのを止め、腕を組んだ。


「ミリアの役って病弱で、それで私が支える役なんでしょ? 私も頑張るから楽しみましょ!」

「僕も足を引っ張りそうだけど、頑張るからね。 そう言えばさ…」

「コホン」


 さらに話そうとするとローランが咳払いをした。


「お二人とも、話すのは結構ですが、あと十分で公爵、伯爵令嬢と対面しますので、私の妻、ロールズに服装を直されておいてください」


 そう言うと、扉から黒系の茶髪の女性が部屋に入った。


「ご紹介にあずかりました、ローランの妻、ロールズと申します。 あと十分と短い時間ですがよろしくお願いいたします」


 と彼女は言ってから二人の頭を躊躇なくみずにつけ込んだのだった。


 そして、玄関には荷物と共に忘れ去られた猫達が寝ていた。

 置き去りにされたという事実にも気づいていない、哀れな使い魔である。


 * * *


─ニナ視点─


 私はニナ・ミラージェ、七賢者の一人『夢見の魔女』。

 私は魔術学園での学生時代ではよく虐められていた。

 それは、私が魔術として卑怯な部類、忌避される部類である精神干渉魔術、幻惑魔術、夢幻魔術に秀でていたから。


 そこに、いじめられていた私を救うってくれた人がいた。

 彼は強く、弱い人を助け、笑顔を見せてくれた。

 私はそんな彼を白馬の王子様かと思った。

 多分、その時に、助けてもらった時に一目惚れしたんだと思う。

 私は彼によく付いていって話し、仲を深めていった。


 そうして分かったことがあった。

 彼の目は虚ろで、変に透き通っていて、すぐに壊れそうな危うい状態だと、知った。

 そのことを聞いてみたら教えてもらった。

 彼は7歳頃、彼が好きだった幼馴染が人攫いに攫われそうになったらしい。

 その時に人攫いを魔術で殺して幼馴染を助けると、その子から「人殺し、化け物」と言われた。

 その後、放心していたら、予定されていた王都への移住も伝えられず別れてしまったらしい。

 その後、王都について、8歳頃になると、両親が焼かれて処刑された。

 場所は王都の端らしく、余所者には厳しい土地で、更に両親が魔術の研究をしていたことに疑念を持たれ処刑されたらしい。

 彼は魔術の研究を完成させるために、残されたお金を使って、妹と一緒に入学した。


 私は思った。

 彼は私が思うより、白馬の王子様のように立派でかっこいい人ではない、不完全な人だ。

 だけど、私の恋心は冷めなかった。

 だって、彼に至らぬところがあるなら、彼が辛いなら、今度は私が支え、助ければいいのだから。

 そこから私は彼とよく話すようにし、彼の心を埋めようとし、また彼と一緒に私のようなイジメの被害者を助けるようにした。


 彼が助けた人たちから「偽善者」と言われた時、彼の不注意で妹さんが亡くなってしまった時、彼の心は限界を迎えて、ポッキリと折れてしまった。

 私はそんな時にも支え続けた。

 私が彼を支え、恩を返すのだ。

 そして、今度は対等に、彼を支える。

 …そして、彼と共に歩みたい。


 私はバルドン伯爵家の館で彼を見つけると抱き着いて、更に腕まで組んでしまった。

 その時の私の顔は真っ赤っ赤なのだと思う。

 こうして彼に近づくことなど、魔術学園ではできなどしなかったから。

 同時に安心した。

 彼に私以外の女の影はなかった。

 それがないことに安心する私は最低だと思うけど、仕方ないと思う。


(だって、好きなんですもん)


 私はロールズさんのお直しを受けた。


「ちょっとお手洗い行ってきます」


 私がそう言って部屋を出て、トイレの個室で籠もっていると、気持ちが抑えられなかった。


「私、ミリアのヒロインレース、独走してるっ!」

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