第六章

ロマ子姫は、冷たい石壁に囲まれた部屋にひとり座り込んでいた。

窓は小さく高く、星空を仰ぐことすらできない。

蝋燭の灯りは心許なく、沈黙だけが重くのしかかっている。


親衛隊の姿はもうない。

いつも背を守ってくれた温もりは嵐にさらわれ、静寂だけが残った。

どれほど祈っても、応える声はここには届かない。


「……どうして、わたしだけ」


ぽつりと漏れた声に、胸が痛んだ。

涙は堪えきれずに滲み、それを隠すように、ロマ子姫はそっと口を開いた。


母の声をなぞるように――。

幼い日に眠りに就く前、必ず抱かれて聞いた子守唄を。


🔗挿入歌『瞳のおはなし』

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「……おやすみ ロマ子 ねむりの舟へ……母の歌声 導いてゆく……」


そのフレーズを繰り返すうち、もうひとつの旋律が自然に唇にのぼる。


「……おやすみ ロマ子……未来を照らす ものがたり……」


震える声で歌いながら、幼い頃の記憶がよみがえる。

母の膝に抱かれ、やさしい指で髪を撫でられ、まぶたを閉じた夜。

その旋律は、どんな恐怖よりも深く安心をくれた。


孤独の部屋で、ひとり歌うその唄は、懐かしさと心細さを同時に運び、頬に涙を伝わせた。

それでも歌う。何度も、何度も。


やがて声は震えのまま途切れ、姫はそのまま夢へと落ちていった――。



薄明かりの庭のような景色。

夜露に濡れた草の匂いが漂い、遠くに月が丸く浮かんでいる。

それは現実ではなく、心の奥底に広がる夢路であった。


姫が辺りを見渡すと、闇の向こうから小さな影がゆらりと歩み出た。

それは、年老いた豚の姿。

小柄ながら堂々とした風格をまとい、その瞳は深い光を宿していた。


「……わし、ガリュ㌧」


低く、それでいて温かみを帯びた声が、夢の静けさを震わせる。

姫は驚きに目を見開いたが、不思議と胸は安らぎに満たされていった。


「先ほどの歌……母から授かった子守唄であろう」

豚はゆったりと微笑み、続けて言った。


「ならば、今度はわしと共に歌ってみんかのぉ」


その一言に姫は静かにうなずいた。

そして二人の声が重なった瞬間、夢の中に新たな調べが広がっていった――。


🔗楽曲『バズーカ王国物語 第六章』

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◆喪失の記憶


幼き頃より 庭に憩えば

微笑みくれし 親衛の陰

叱咤も励ましも 温もりに満ち

家族の如く 寄り添い生きた


 されど黒き 嵐は訪れ

 次々散り逝く 背の誇り


最期に映えた 一筋の光

あなたを抱く 輝き残る


――月よ照らせ 願いを導け

――彼をここへ 連れてきて


仲間の誓い 胸に刻み

静かな光よ 二人を結べ



◆夢路の邂逅


 夢路に揺らぐ 不思議なる陰

 声を潜めて 語るは古の豚


幼き日々に 母より聴きし

子守唄めく 御伽の調べ


 「瞳違う者と 紋章の呼応」

 胸の奥より 甦る言葉


歌ではなくて 兆しであった

未来を告げる 静かな契り


――月よ照らせ 運命を映せ

――遠き昔の 伝承を超えて


夢に響く 御伽の調べ

静かな光よ 二人を結べ



◆確信の祈り


 もしもあなたが 選ばれし人なら


必ずここへ 迎えに来る


 確信はまだ 持てぬけれど


運命はきっと 重なり合う


――月よ応えよ 祈りの声に

――闇に沈む 心救え


届かぬ想い 涙にせず

どうか導け 二人を結べ


――月よ照らせ 願いを導け

――彼をここへ 連れてきて


 運命超えて 辿り着けば


永遠の光よ 二人を結べ



歌が静かに途切れたとき、夢の中に淡い光景が揺らめいた。

闇を背に、幾度倒れても立ち上がるひとりの少年と光を放つ一匹の豚――。


姫は息をのんだ。

その幻影に寄り添うように、ガリュ㌧の声が届く。


「……その未来を、信じればよい」


その言葉を最後に、景色はゆるやかにほどけていった。

草の匂いも、月の光も遠ざかり――。



夢から覚めたとき、頬には涙の跡があった。

まぶたの奥に残っていたのは、あの少年の姿。


その幻影を思い浮かべた瞬間、胸の奥で言葉が結ばれる。


「必ず……彼は来る」


閉ざされた部屋の闇にあっても、心には揺るぎない光が宿っていた。



やっとわしが活躍したようじゃな。


夢の余韻を胸に、ロマ子姫の色違いし瞳は静かに光を帯びておった。

そしてその光が導くものを、まだ誰も知らないのじゃ


次なる章を楽しみに待つがよい。

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