第五章(後編)

――旅の歳月は、青年を鍛え上げておった。

だが、真の試練はこれからであったのじゃ。



故郷の街へ


ある日、旅の途上で一行はとある街へと差し掛かった。

瓦屋根は崩れ、店先の看板は色あせ、活気を失った街並みが広がっておった。


青年は足を止め、拳をぎゅっと握りしめる。

「……ここは……」


キャピウが横目で笑った。

『なんだよ、お前が育った街じゃねぇか。忘れたのか?』


袖口からバズ㌧が顔を出す。

「僕、バズ㌧?(おい、何でお前が知ってんだよ?)」


キャピウはケロリとした顔で言った。

『オレ、ちっちゃい頃のお前を見に来たことがあるんだよ』


「え⁉︎」

「僕、バズ㌧⁉︎(えぇっ!?)」


『お前、豚界隈じゃ結構有名人だったんだぜ。

 あの頃、“次代の豚の召喚士の守護豚になりたい”って奴らがひっきりなしに押しかけてただろ?』


青年は苦笑し、目を伏せた。

「たしかに……子どもの頃、やけに豚が集まってきたな……」


『あ、オレは守護豚になりたかったんじゃなくて、どんな奴か興味があっただけだからな!』

「僕、バズ㌧w(ほんとかよw)」


「ところで“豚の召喚士”って何なんだろう…」

「僕、バズ㌧…(俺もよく知らないんだよな…)」


キャピウは肩をすくめ、少し真面目な顔になる。

『ま、今は知らなくていいさ。どうせ遅かれ早かれ、嫌でも分かる時が来る』



老婆


荒れ果てた通りを進むと、馴染み深い面影の老婆がゆっくり近づいてきた。

その目が青年をまじまじと見据える。


「……あんた、雑貨屋さんちの子じゃないのかい⁉︎」


幼い頃に見覚えのある顔に胸が締め付けられた。

青年は言葉を失い、ただ頷いた。

「そうです…」


老婆は唇を噛みしめ、声を震わせた。

「あなたを見かけなくなってね、すぐにこの街は魔王軍に襲われたのよ……」



真実


老婆は青年を連れて街外れの小高い丘へと歩いた。

簡素な十字架が風に揺れ、冷たい風が顔を撫でる。


「……あれが、あなたのお父さんとお母さんのお墓だよ」


青年の視界が揺れ、膝が崩れそうになる。拳を地に打ちつけた。


老婆は静かに語り出した。

「当時、この辺りでは噂が立っていたのさ。

 “魔王軍が、豚を呼び寄せる子どもを探している”ってね。


 ほどなくして、この街にも数体の魔物が現れたんだよ。

 そしてその魔物が広場に立ち、こう叫んだの。

 “ここに豚の召喚士の血を引く子供がいると聞いた!

 街の子供をすべて差し出せ!”と」


「……!」


――養父母は“召喚士”など知らなんだ。

けれど幼い頃から、豚がやたらとその子にまとわりついているのを見ていたので、その噂に胸の奥で畏れを抱いておったのじゃ。


だからこそ、ある日を境に態度を変えたのだ。

お前は私たちの本当の子どもではない。

これ以上面倒を見切れないから出ていけ。

厳しい言葉を浴びせ、少しの金と食料を握らせて、

城のある街へ向かう乗合馬車に乗せたのじゃ。


「もう、この街には戻ってくるな」

そう告げて、子を遠ざけたのだ。


――だが、それが裏目に出た。


魔物は怒声をあげた。

「この家には子どもがいるはずだ! なぜ差し出さぬ!」


子がいないことを主張せざるをえなかった養父母は、否定の声を張るほかなかった。

そして――容赦なく斬られ、倒れたのじゃ。


丘に並ぶ十字架は、その静かな怒りと喪失を物語っておった。


青年は嗚咽をこらえながら、震える声で呟いた。

「……父さん、母さん……俺を守るために……」



決意


青年はゆっくり立ち上がり、墓前で拳を握りしめた。

涙を拭い、唇を噛みしめる。


「……俺は、もう誰にも奪わせはしない。

 ロマオ王子に頼るのではない。

 ここで進路を変え、魔王城を目指す。

 俺の手で――大魔王を討ってやる」


袖口からバズ㌧が、力強く鳴いた。

「僕、バズ㌧!(そうだ、それでいい!)」


キャピウはにやりと笑って言った。

『ようやくその顔になったな。……これで“呼応”も近ぇかもしれねぇな』


青年は老婆に深く一礼してから、背を向け歩き出した。

丘を渡る風が、その決意を運ぶように吹き抜けていった。



わしは見ておった。

絶望を知った青年が、いま自らの意思で立ち上がったのじゃ。

――これこそが、後に王国を揺るがす大いなる物語を動かす原動力となるのじゃ。


次なる章を楽しみに待つがよい。

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