第三章

わしの名前はガリュ㌧――。

豚の中の豚、いや、物語を語らせれば右に出る者はおらん……と自分では思っておる古豚じゃ。

さて、聞くがよい。

これは、王国を揺るがす悲劇と、ひとりの少年の決意を描いた第三の物語である。

……長くなる? まあまあ、黙って耳を貸せばよいのじゃ。



マン㌧三銃士とは


マン㌧三銃士――。

その名を知らぬ者は、王国にはおらん。


シンゴ、ヒサ、バク。

建国の折、初代王を支えた軍人の子孫にして、それぞれ「攻め」「守り」「速さ」の極意を受け継いだ守護神たち。

代々の血と鍛錬で奥義を伝承し、今代に至る三人はまさに王国の矛であり盾であった。


本来なら国王直属の剣であるはずが、彼らは常にロマ子姫の傍らにいた。

王が悟っておったからよ――姫こそが「豚の紋章」に呼応する鍵、未来を握る存在であると。



ロマオ王子の回想


三銃士に最初に教えを請うたのは、ロマ子姫の双子の弟・ロマオ王子。


幼少の頃から運動神経抜群で、剣を握れば冴えが走る。

それでも驕ることなく、頭を垂れて願った。


「どうか、私にその技をお授けください」


「突進豚破(とっしんとんは)」を受け止めれば即座に形を真似、

「豚返し(ぶたがえし)」を目にすれば足運びに取り入れ、

「霞豚閃(かすみとんせん)」を浴びれば数合のうちに似た動きを繰り出す。


倒れても、泥をかぶっても、何度でも立ち上がった。


「もう一度お願いします!」


三銃士は確信した。

――この若き王子の剣はいずれ我々を超える。

やがて民もまた、彼を「王国の希望」と囁くようになったのじゃ。



ロマ子姫との対比


一方のロマ子姫は、剣をまったく扱えなんだ。

木剣を握れば手を離し、すぐに肩で息をしてしまう。


「重い……もう無理」


バクが「へなちょこだな」と笑い、ヒサが「向き不向きがある」と慰める。

じゃが姫は胸を張った。


「私は剣なんてできなくてもいい。国を支える役は、私にだってある」


ロマオは笑みを返した。

「では、姉上が国を支えるなら、僕が剣で国を護る」


姉弟が並び立つ未来を、誰も疑わなかった。



ロマオの旅立ち


そして――

とある下男の少年が親衛隊に迎えられる直前、ロマオ王子は旅に出た。


三銃士の教えを会得した彼には、外の世界での経験こそが次なる糧。

姉に別れを告げ、三銃士に見送られ、王国を後にした。



少年の加入


数日後、王宮の広間に名もなき下男が呼び出された。

主人公である十二歳の少年。


「この者を、私の親衛隊に加えます」


ロマ子姫の推薦であった。

ロマオ不在の補充、そして姫自身の直感――

「この子なら、いつの日か私を護ってくれるかもしれない」


兵らはざわめいたが、逆らう者はなかった。

こうして少年は、親衛隊の末席に加わったのじゃ。



修行と罵倒


稽古場。

木剣を握った少年は、何度も地に叩きつけられた。

腕は痺れ、膝は泥に沈む。


「立ちなさい!」

響いたのはロマ子姫の声。


「なにやってるの! 子豚の相撲ごっこ以下だわ!」

「剣を握るのが怖いの? だったら鍋でも持ってなさい!」

「そんな足取りで私を護れると思ってるの? 夢でも見てるのね!」


兵士たちは苦笑し、バクが「ひでぇ」と吹き出す。

袖口が光った。

「僕、バズ㌧!(コラ! 姫様の前で情けねぇ姿見せんな!)」


少年は歯を食いしばり、何度も立ち上がった。

掌には血がにじみ、泥と混じって真っ赤に染まっていた。



絆の日常


稽古後。

汗まみれで倒れ込む少年に、シンゴが言う。


「腰は入ってきたな。剣は足からだ、忘れるな、小僧」


ヒサは少年に包帯を巻いてあげながら笑った。

「無茶をするな、小僧。倒れても立ち上がるお前だからこそ、身体を大事にせい」


バクは果実を投げ渡し、にやりと笑う。

「ノロいが、しつこさは合格だ。だが俺の速さについてこい。でなきゃ一生豚ころがしだぞ、小僧」


食堂では大鍋のシチューを囲み、夜番では肩を並べる。

少年にとっては初めて得た“兄たち”のような存在になっていった。



月下の会話


その夜。

庭園に月が差し、池が白く光っていた。


「……昼間は随分ひどいことを言いました」

「……いえ、僕が弱いからで」


姫は小さく首を振る。

「私は剣を振れない。だから――あなたに立ってほしかったの」


その瞳は昼の罵倒とは別人のように柔らかかった。


「あなた、不器用よ。でも、何度倒れても立ち上がるところだけは誇らしいと思ってる」


少年は顔を赤らめ、震える声で答えた。

「……必ず、僕が護ります」


姫はわずかに微笑み、月を仰いだ。



生誕祭


その年の春、王城は華やぎに包まれていた。

花輪が垂れ、楽団が音を奏で、街道から続く灯火は城門を越えて大広間まで照らしている。


――ロマ子姫の生誕祭。


広間の中央に立つ姫は、燦然と輝いていた。

紅と碧、相反する二色の瞳に灯が映え、月光を編んだような髪がゆるやかに揺れる。

普段は厳しく罵倒を飛ばすその口元も、今は柔らかな笑みに彩られていた。


末席の護衛列に立つ少年は、その姿をただ見つめていた。

剣を握る手は汗に濡れ、呼吸は苦しく、胸が高鳴る。


「……あの隣に、いつか」


決して口にはできぬ願い。

けれどその誓いが、少年の心を支えていた。



王都急襲


宴もたけなわ、多くの国民が浮かれるその裏で、王都に闇の軍勢が迫っていた。


先頭に立つは、緑の鱗に覆われた異形の王子――セルトン。

尾が砂塵を巻き、深紅のマントが翻り、頭上には王冠が光る。


異変を素早く察知したのがマン㌧三銃士だ。


「我らが止める!」

敵の前に立ち塞がった。


「突進豚破ッ!」

シンゴの剛腕が大地を裂き、セルトンを押し返す。

歓声が上がる――だが次の瞬間、胸甲が裂け、血飛沫が舞った。


「豚返しッ!」

ヒサが刃を絡め取り、反撃の一閃で鱗を斬った。

兵士らがどよめく――だが尾が唸り、巨体が吹き飛んだ。


「霞豚閃ッ!」

バクが残像のごとく舞い、幾筋もの閃光が走る。

一瞬はセルトンを追い詰める――だが次の瞬間、喉を裂かれた。


「……なぜだ……同じ……動き……」


三人は悟った。――これは、我らが授けた剣。


「……まさか」

「言うな!」

「……分かっておる」


視線だけで全てを共有し、最後の構えを取る。


「ならば――三人一つの魂で討つ!」


突進、返し、霞――三銃士の奥義が重なり合う。

だがセルトンは、それらを三位一体に昇華させた究極の一撃で呑み込んだ。


「……これが、我らの技の……完成形……か……」


誇りと悲哀を抱いたまま、三銃士は沈黙して血に沈んだ。



姫の誘拐と9mm砲の覚醒


守護神を失った城内。

ロマ子姫は軍勢に捕らえられ、闇へと連れ去られた。


「姫様――っ!」

少年は木剣を握り突進する。

だが槍に肩を貫かれ、腹を打たれて地に叩きつけられた。


泥の中で視界が赤に染まる。

――護れなかった。

――何一つできなかった。


その時、袖口の9mm砲が光を放った。


「僕、バズ㌧!(立て! ここで終わるんじゃねぇ!)」


温かな光が全身を駆け抜け、裂けた肉が塞がる。

9mm砲の真の力――それは回復。


だが立ち上がった時には、三銃士は屍となり、姫もまた遠い闇に消えていた。


「……くそっ……!」

嗚咽が夜風に掻き消された。



追悼と誓い


数日後、王都の広場は夥しい灯火に包まれた。

三銃士の棺が並び、王は上級豚勲章を追贈した。


民は涙に暮れ、兵は嗚咽を噛み殺した。

「三銃士よ、安らかに!」

「王国を護ってくれてありがとう!」


その末席。

少年は拳を握りしめていた。

視界に浮かぶのは、泥に沈んだ三人の亡骸。

耳に残るのは、姫を連れ去られる最期の叫び。


爪が皮膚を破り、血が滴る。

悔しさと無力感が胸を突き刺した。


袖口の光が囁いた。

「僕、バズ㌧!(悔しいか? なら誓え!)」


少年は涙を拭い、胸の奥で叫んだ。


「必ず……必ず、俺が姫を救い出す!」


その誓いは声にはならなかった。

だが確かに心に炎が宿り、夜空に燃え上がった。


――この誓いこそが、後に王国を揺るがす大いなる物語を動かす原動力となるのじゃ。


次なる章を楽しみに待つがよい。

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