第二章

わしの名前はガリュ㌧――。

豚の中の豚、いや、物語を語らせれば右に出る者はおらん……と自分では思っておる古豚じゃ。

さて、聞くがよい。

これは、一人の名もなき子が、姫との運命を交わす始まりの物語である。

……また長くなる? まあまあ、黙って耳を貸せばよいのじゃ。



夜の宿舎


その夜、城下の下男の宿舎は静まり返っておった。

外では虫の音が細く響き、遠くで警備兵の槍が石畳を打つ音がかすかに届く。

寝息を立てる下男どもの間で、ひとつだけ布団がもぞりと動いた。


灯りの油は尽きかけ、わずかな明かりに照らされるのは、坊主と小さな子豚。

昼間、地下で出会い、地上まで導いてくれた――バズ㌧や。


「……君、ほんとに不思議な子だよな」

「僕、バズ㌧(まあ、そりゃそう思うだろうな。お前はまだ何も分かっちゃいねぇよ)」


……そう、坊主には「僕、バズ㌧」としか聞こえぬ。

じゃが読者よ、安心せい。こやつ、裏ではベラベラ喋っとるんじゃ。


坊主は頭を撫でながら、囁くように言った。

「……どんな子でも僕の相棒だ。これからよろしくな、バズ㌧」

「僕、バズ㌧(おう、しゃーねぇから付き合ってやるよ)」


窓の外では月が静かに照らしておった。

こうして、奇妙な夜は更けていったのじゃ。



翌朝の下男仲間


翌朝、石畳の食堂にはパンの香りと薄いスープの湯気が漂っていた。

木の椀を叩き合わせ、下男どもは大声で笑い合う。


そこへ坊主がバズ㌧を抱えて現れると、どよめきが走った。

「おいおい……お前、子豚なんか連れてきてどうすんだよ?」


坊主は気まずそうに答えたんや。

「……地下で迷子になってしまって、そこで出会ったこの子豚が出口まで導いてくれたんだ。だから僕のお給金で飼うことにしたんだ」


「へぇ〜? 変わってんなぁ。まあ養豚の国だし、ペット豚もアリか!」


パンをかじっていた別の下男が鼻で笑った。

「なんかブヒブヒと結構鳴くんだな、そいつ」


「僕、バズ㌧⁉︎(いや“僕、バズ㌧”ってハッキリ喋ってんだろ!耳腐ってんのか⁉︎)」

ガリュ㌧《やっぱり坊主以外にはブヒブヒにしか聞こえんらしいな!ギャップおもろすぎや!》


坊主は安堵の笑みを浮かべた。

「……心配してたけど、やっぱりみんなには普通の子豚にしか見えてないんだな」


「僕、バズ㌧!(ペット扱いかよ!俺はこいつの相棒だぞ⁉︎)」

《まあまあ、仲間からしたら豚=ペットや。坊主だけが特別なんや!》



石像磨きと麗しき罵倒


昼下がりの回廊や。

陽の光が大理石を反射し、長く伸びた影が石像の足元を覆っていた。

彫像に布を当てる坊主の動きは黙々としたもの。だが心は別のところにあった。


「……ロマ子姫……」


その名を口にするだけで胸が熱くなる。

これまで見たのは遠くの式典での一瞬の横顔のみ。

噂ばかりが積もり、実像は霞のように遠い。


その時や――ドレスの裾が擦れる音が近づいてきた。

かすかな香の匂いと共に、足音は規則正しく、けれど気品を帯びていた。


そして現れたのは――


月光を編んだような蒼い髪。

そこに映える、二輪の朱い髪留め。

燃える紅(あか)と澄んだ碧(あお)――相反する二色が宿る奇跡の瞳。


麗しきお姫様、ロマ子。


息を呑む坊主。

その瞬間、9mmの何かが光った。


「僕、バズ㌧(おっと……ちょっとサービスしすぎたな)」


姫は振り向き、凛とした唇から放った。

「……何なの⁉ この豚! アンタの豚なの? 趣味悪いわね!」


坊主は胸を撃ち抜かれ、頬を紅潮させた。

「……夢じゃない……本当に……僕に声を……」


「僕、バズ㌧⁉︎(いや罵倒だからな⁉︎)」

《麗しき→罵倒!この落差が効くんや!でも坊主にとっては祝福の鐘や!》



裾潜り事件


さらに追い打ちがあった。

バズ㌧がふらりと走り出し、姫のドレスの裾に潜り込んだのじゃ。


「きゃあっ!? な、何してんのよ!キモいんだよ、この豚!」

「えっ、バズ㌧!? ちょ、出てこい!」


「僕、バズ㌧♪(うわぁ……中めっちゃフワフワだな。いや〜最高だわ♪)」

《おっさんの感想やめぇ! 読者全員“羨ましい”ってなっとるわ!》


引っ張り出した瞬間、姫の怒声が飛ぶ。

「アンタがやらせたんでしょ⁉︎ 最低の変態下男!」


坊主は必死に否定した。

……それでも心の奥では、こう思っていた。

「……これも、僕にとっては宝物だ……」



日々の小さなやり取り


それからの日々、小さな接触が続いた。


廊下でバケツを運ぶ坊主に、姫がぶつかりそうになったとき。

「邪魔よ、下男!」と言いつつ、一瞬だけ目が合った。


「僕、バズ㌧(床をツルっとさせただけだ。サービスだよ)」

《やっぱりお前の仕業や!》


庭園では、摘んだ花弁が風に舞い、坊主の肩に落ちた。

「汚れるから触らないで」――声はわずかに柔らかかった。


「僕、バズ㌧(風向きいじっただけだぜ)」

《偶然か?必然か?読者もニヤニヤや!》


……他の下男とは違う距離感が生まれつつあったのじゃ。



春祭りのお忍び


ある日の午後や。城下町は春祭りの真っ最中。

通りには色鮮やかな旗がひらめき、窓辺には花輪が飾られていた。

笛や太鼓を奏でる音楽隊が練り歩き、踊り子たちが華やかに舞う。

焼きたてのパンと香ばしい肉の匂いが広場を満たし、子どもらの歓声が響いていた。


そんな人混みに、マント姿のロマ子姫が現れた。

帽子を深くかぶり、どう見てもお忍びや。


「下男! その豚と一緒に荷物持ちとしてついてきなさい!」


こうして坊主とバズ㌧は、姫のお忍びに同行することになったのじゃ。



祭りの喧騒


人波は川のごとく押し寄せ、坊主と姫は進むのもやっと。

露店の呼び込みに押され、踊り子に道を塞がれた瞬間――坊主は咄嗟に姫の腕を引いた。


「こちらへ、姫様!」

「きゃっ!」


押し流されるようにして、二人の手はがっちりと絡んだ。


「な、なによこれっ! 離しなさいよ!」

「す、すみません!」


「僕、バズ㌧!!(おいおい、完全に恋人つなぎだぞ!!)」

《ラッキースケベ第二弾!しかも祭り補正で爆笑不可避や!》



スリ事件


その時や。

スリの子どもが姫のマントに手を伸ばした。


「やめろ!」

坊主はとっさにその手を掴み取る。


少年は驚いて群衆に紛れて逃げていった。

笛の音と人々の笑い声が再び広場を満たす。


姫は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにツンと横を向いた。

「……ま、まあ悪くなかったわね。ちょっとは役に立つじゃない」


「ありがとうございます……!」


「僕、バズ㌧!(出た!ツンデレ発動!)」

《はい、ご褒美きました!坊主はもうメロメロや!》


帰り際、姫は振り返らずに言い放った。

「今日のことは忘れなさい! いいわね、下男!」


坊主は胸に手を当て、静かに誓った。

「罵倒は愛の裏返し……絶対に、忘れるもんか」



月下の邂逅


その夜。

裏庭は静まり返り、風が草を揺らしていた。

月は高く、銀の光が石畳を照らす。


その下で、ひとり空を見上げる姫の横顔。

蒼い髪は月光に揺れ、朱い髪留めは宝石のように煌めく。

紅と碧の瞳は夜空を従えるかのように輝いていた。


昼間のツンケンした態度とはまるで別人。

その儚げな姿に、坊主は完全に心を奪われた。


「……いつか必ずモノにするんだ」


「僕、バズ㌧!(意味わかんねぇけど、まあ頑張れよ!)」

《青春やなぁ!泣き笑いや!》


こうして坊主の恋心は、決定的なものとなったのじゃ。


次なる章も楽しみに待つがよい。

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