『永遠に近い距離』【1分で読める小説2025】
ノスケ
永遠に近い距離
「じゃあこれで配信終わります! あざした!」
高らかな声とともに、その配信は締めくくられた。終わるやいなや、ハルトは急いでスマホを裏向きにして、パソコンへと向かった。
「はぁーっ」
背伸びをするハルトのため息が聞こえる。仕事が全て終わったとき、彼はため息を溢す。私はその声を聴いて、部屋の外から呼びかけた。
「もう終わった?」
「うん、もうイチャイチャできるよ」
「そんなこと言ってないでしょ~」
同棲したばかりの、普通のカップルの会話。彼の部屋で、そのままベッドに行きぐだぐたと抱きつく。
しかし暫くして、裏返された彼のスマホから振動音が聞こえたような気がした。
「ねぇ、スマホ鳴ってない?」
「んー? どうせメールだろ」
だが振動は小刻みに、それも誰かが立て続けに送っているような速度で続いている。
私は惚気から抜け出した。彼の浮気を疑ってはいないが、この量のメールが一気に来るわけはないだろう。
「私、通知来てないか見てこようか?」
「うん、よろしく」
ベッドで子どものように寝っ転がるハルトを跨ぎ、机へと向かう。
手に持った瞬間、スマホが熱を帯びているのが見えた。さっきまでの配信のせいだろうか。携帯をひっくり返すと、そこには鏡のように自分の顔が映っていた。
『え!? 彼女さん!?』
『まさかの顔出し』
『普通に可愛くね』
左下に湧くコメント欄からは、流れるように言葉が飛び交う。振動の正体はこれか。そんなことより、私は何が起こったのか分からず、携帯の電源をオフにした。
「どうしたー?」
遠くで何も知らないハルトがすっとんきょうな調子で声を掛けた。しかし返事も出来ないほど、私の中では汗のように噴き出した不安が、渦巻いていた。
「ごめん!!」
ハルトは事情を知って、間髪入れずに謝った。しかしその視線は、スマホを向いていた。
「いや、わざとじゃないんだし……でも、そろそろ配信やめてほしいかな」
私は今までの鬱憤を晴らすように、ハルトの配信活動への不満をぶちまけた。私のことが一番だよと言っておきながらも、彼の行動は配信が第一。
信じられない彼のことを、試してみたかった。
「ねぇ、せめて暫くやめなよ」
「いや、それとこれとは話が違うし。説明もしなきゃ」
すでにハルトの頭の中はリスナーへの言い訳を構築中だった。
「独身貴族ハルト様」そんな彼の代名詞を守りたいのだろう、私ではなく。
街を歩くと、誰かが自分のことを噂しているように感じた。
あの後ネットでは、見ず知らずの大勢が私を罵倒した。中には性欲で塗り固めた文章をさも誇ったように見せつける人もいた。
そのすべてが、私には耐えられなかった。
「今まですいませんでした。今後は気を付けていきます」
「なんでそんな淡白なの!? 他に言いたいことないの!? なんで、なんでいつも自分のことばっかり……」
私が手を伸ばした彼の顔は冷たく、硬かった。
触れられる距離にあるのに、もう遠い。光る板切れに囚われた彼にしか、文句を言うことはできない。
もう、この人は私の世界にはいない。
手は届く。いつでも顔は見られるのに、一生手の届かない場所に彼は行ってしまった。
『永遠に近い距離』【1分で読める小説2025】 ノスケ @nosukenoshousetu
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