第3章:アメリカ対アル=ナジール

 親善試合の幕が上がった。


 アル=ナジール国内でのV.B.Lゲームは、“HARMONIA”内に組み込まれたV.B.Lシステムで行われる。


 コート中央に立つのは、アル=ナジール代表。整列した四人のアバターは、ほとんど無機質なまでに均一な動きを見せていた。

 ドリブル、パス、カットイン――すべての挙動が、まるで同じコードから生成されたコピーのようにシンクロしている。


 「……完全にAIのアルゴリズムみたいだな」イーグルが低く呟いた。

 その隣で、シルキーがわずかに肩をすくめる。

 「でも、バスケは確率論じゃない。どれだけ最適化されても、“それを超える動き”をすればいいだけだわ。」


 ティップオフ。

 アメリカの大型センター、アンドレがジャンプ一閃でボールを確保。

試合の流れは最初からアメリカへ傾いた。


 イーグルは視界全域をスキャンするかのようにコートを見渡し、即座にシルキーへレーザーパス。

――まさにイーグルアイ。


 シルキーは受け取ったその瞬間にはもうシュートモーションに入っている。

 「スクリプトみたいな精度……」と観客がざわめく間もなく、ボールはネットを揺らした。


 一方のアル=ナジール。彼らの攻撃は機械的に整然としていて、オリジナリティが欠けている。

 ピック&ロール、アイソレーション、カッティング

――いずれも“模範解答”に過ぎなかった。

 「まるでNPCの動きだな」ウォッチャーが冷静に分析する。

 「こっちがランダム関数を挟めば、一瞬で破綻する」


 アメリカは終始主導権を握り、スコアを重ねていった。

 アル=ナジールは整然と防御を固めるが、まるで“if文”でしか判断していないような硬直ぶり。

 イーグルのカットインに対し、同じタイミングで全員が反応し、逆に隙を晒す。


 ◇ ◇ ◇


 ―― その一方で  ――


 観客席の奥、Xは携帯端末を掌の影に隠し、指先を踊らせていた。

 アメリカチームのアバターを通して、“HARMONIA”のコアへの侵入を試みる。


 「侵入経路は……オブジェクト階層の下層。プロセスIDを偽装して……」

 コードが走る。

スクリーンに見えないコンソールが展開され、Xの瞳にログが次々と流れ込む。

 だが、すぐに赤い警告が弾けた。


 【ACCESS DENIED】

 【CONNECTION TIMEOUT】


 「……弾かれた?」Xはわずかに眉をひそめる。

 ただ遮断されたわけではない。むしろ、接続先が存在していないかのように空白だった。

まるで“仮想ポート”そのものが偽装されているように。


 観客の歓声が爆発する。

 アル=ナジールが決めたわけではない。

アメリカのイーグルが豪快なダンクを叩き込んだからだ――だが、奇妙だった。


 「……今の声、聞いたか?」イーグルが小声で仲間に問う。

 観客席を見渡せば、数千人の観客が、一糸乱れず同じタイミングで立ち上がり、同じ声量で叫んでいた。

 それは熱狂ではなく、まるで「音声ファイルを同時再生」したような完璧な同期だった。


 「これが……群衆操作システムか?」Xが呟く。


 アメリカは圧勝した。スコアは大差。だがイーグルの胸には、勝利の充足感よりも不気味な感触が残っていた。


 「――妙だ。アル=ナジールのプレイは、確かにAI的だった。だが“同期ハック”の痕跡はなかった。奴ら、まだシステムを動かしてない」


 試合後、控室でイーグルは険しい表情を浮かべていた。

 「じゃあ……何を見せたっていうの?」シルキーが問う。

 「観客だ。あれはデモンストレーションだ。俺たちじゃない、“群衆”を操って見せたデモンストレーションだ。」


 一方、Xは別の観点からログを解析していた。

 「システムの入り口そのものが偽装されている

……つまり、まだ“HARMONIA”のV.B.Lシステムは稼働していない可能性が高い。グローバルにあるV.B.Lシステムをリレーションしているだけだ。」

 「このゲームは、デモンストレーション。そして本当の狙いは、日本との試合、NOVAの“ゾーン”を探るつもりだろう」

 「世界大会で、アル=ナジールのプレイヤーに支障をもたらした、NOVAのゾーン。」


 静かな言葉に、室内の空気が重く沈んだ。

 イーグルは拳を握りしめる。

 「奴らの狙いは、ただの勝敗じゃない。NOVAを潰すこと……いや、“利用する”ことだ」


 見せかけの勝利、そしてだれかに向けてのデモンストレーション!

 謎は、深まりつつも、確実に本当の戦いが始まろうとしていた。

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