第2章:未来の都市

 翌日。――


 アル=ナジールの太陽は、砂漠の国とは思えぬほど霞みのない光を街に降り注いでいた。

 遥、美月、そして「Hare Show」――いやウサギのお面をつけた翔太の三人は、日程の合間を縫って街を散策していた。


 「……やっぱりすごいね」遥は思わず息を呑んだ。

 目抜き通りには光沢感のある黒曜石のような高層ビル群が並び、街頭スクリーンは絶えず広告と国家のスローガンを切り替えている。

 カフェではアラビアンテイストの家具に、最新型のホログラム端末が設置され、どの店も満席だ。

 買い物客はブランドバッグを片手に笑顔を浮かべ、子どもたちはAIロボットに手を引かれながら遊び歩いている。


 「まるで未来都市のモデルケースだな」

 翔太は能天気に口笛を吹きながら左右を見回した。お面が目立つが、本人はまったく気にした様子はない。


 その時だった。

 道端で、ひとりの青年が立ち止まってスマートグラスを外し、うつむいてた。

 すぐに制服姿の監視員が駆け寄り、青年を壁際へ誘導する。


 「アバターIDの再認証が必要です」

 無機質な声とともに、監視員は青年の額に小型端末を当てる。

 青年は抵抗せず、無表情のまま目を閉じた。数秒後、彼の瞳に光が戻り、再び人波に溶けていった。


 「……今の、何?」遥が思わず足を止める。

 「一時的に“HARMONIA”から外れたんだろうな。再接続すれば問題ないようだけど……」

 美月は冷静に言うが、その声にはわずかな震えがあった。

 「俺なんか、すぐネット切れるから毎日、注意されるかも……」

Hare Showが笑い飛ばす。


 その軽口に救われつつも、遥は胸の奥に重たいものを感じていた。

 ――自由に動くことすら、ここでは政府の許可がなければできない。


 広場に出ると、街の整然としたリズムはさらに際立っていた。

 噴水の縁では、家族連れが同じ角度で記念撮影をし、露店では全員が一定の時間までに買い物を終える。

 統一感はまるで、見えないプログラムに導かれているかのようだ。

 

 と、その時。


 「――自由を! 我々には選ぶ権利がある!」


 声が響き渡った。群衆の波の中に、一人の青年が立ち上がっていた。

古びたコートをまとい、手を高く掲げて叫ぶ。

 「俺たちは仮想の笑顔じゃない! 本当の暮らしを取り戻せ!」


 周囲の空気が、一瞬凍りついて見えた。

 通行人は、まるで合図でもあったかのように一斉に立ち止まるが、視線は逸らす。

 次の瞬間、黒い制服の治安警備員が数名、無言で青年を取り囲んだ。


 「ちょ、ちょっと――」美月が思わず声を漏らしかけたが、遥が腕を引く。

 青年の叫びはすぐにホログラム広告の音量にかき消された。

 巨大スクリーンに「調和こそ力」のスローガンが浮かび、同じタイミングで群衆の誰もが笑顔で見つめる。


 その間に、青年は強引に連行され、広場の片隅へ消えていった。叫び声も抵抗も、誰も耳を貸さない。

 まるで最初から「何もなかった」かのように。


 「……嘘でしょ。あんなの、まるで見て見ぬふり?」美月は蒼ざめた顔で呟く。

 「パフォーマンスじゃないの? ほら、イベント演出とか」翔太は能天気に笑うが、声が少し上ずっている。

 遥は黙ったまま、胸の奥がざわつくのを抑えきれなかった。


 裕福な街並み。整えられた笑顔。だがその裏で、ほんの少し自由を口にしただけで、消去される――。

 「美しいけど……息苦しい」美月の言葉に、遥は深く頷いた。


 ◇ ◇ ◇


 同じころ。

 ホテルの一室で、ユウタはひとり黙々とモニターを覗き込んでいた。

 国際大会で記録されたアル=ナジールの試合データを、フレーム単位で解析する。


 「……やっぱり」

 彼は画面を巻き戻し、再生速度を落とす。アル=ナジールのディフェンス隊形は、人間が操作しているとは思えないほど正確だった。

 スクリーンの隅で波形グラフが跳ねる。プレイヤーの行動パターンが、まるで“一定のアルゴリズム”に基づいていて、それでいて時折”ハルシネーション”も混ざる。


 「完全に、AIの挙動……いや、もっと厄介か?」

 ユウタの脳裏に、かつて自分が関わったチートツールの記憶が蘇る。


 ――あの時と同じ。

――人間の意識にデータを逆流させ、メンタルパラメータを強制操作する“既視感”。


 「これは、ただのゲームじゃない……」

 彼は拳を握りしめた。

 窓の外では、夜の街が眩しく輝き続けていた。


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