第1章:アル=ナジールからの招待
ドバイで幕を閉じた世界大会から、わずか一か月。
世界の話題をさらった日本代表とアメリカ代表に、思いがけない招待状が届いた。
送り主は――アル=ナジール共和国。
「親善試合」という名目で、両国代表を迎え入れるという。
表向きは「国際友好」「スポーツ振興」。
しかし、NOVAたちが受け取った招待状の紙面は、どこか不穏な匂いが漂っている。
「……これって、本当に“親善”かしら?」QUEEN――美月は、半ば呆れ顔で言った。
彼女の隣でNOVA――遥は、招待状を見つめたまま曖昧に頷く。
「うーん……友好、って言う割には、アル=ナジール共和国って、普段はあまり国交を望まない国と聞いていたけど――」
その言葉の端には、微かな不安が滲んでいた。
他に“X”も同行する事になっている。
彼は「JVBL広報」として同行する形を取っているが、真の目的は別にあった。
――それは、不正ツール事件に端を発した、陰謀めいた出来事の中心となるアル=ナジール共和国に潜入し、その真相を掴むこと。
◇ ◇ ◇
アル=ナジール国際空港。
白亜の大理石とガラスに囲まれた巨大なターミナルは、「未来都市」を思わせる造形だった。
到着ゲートから出てきた遥と美月は、思わず顔を見合わせる。
「……すごい。人の流れが、整然としすぎてない?」
「軍隊の行進みたいね。私たちのような観光客は少なく、かえってそれが“バグ”の存在にみえてくる。」
ほどなくして、黒いパーカーを着込んだユウタが姿を見せた。
相変わらず地味な佇まいだが、その目は真剣だった。
「……ここ、本当に親善試合する空気じゃないな」
その後ろから、息を切らせた影が飛び出す。
「ま、待ったぁぁぁぁっ!」
ウサギのお面を片手に抱えた翔太――Hare Showが、慌てて走ってきた。
人混みの中で転びそうになりながら、お面を頭にかぶり直す。
「ふぅ……間に合った! さあ、Hare Show参上っ!」
きらきらしたポーズを決めるが、周囲の三人は冷ややかだった。
「……だからなんで、リアルでもそれなのよ」遥が、あきれる。
「それでよく入国できたわね……」美月が眉をひそめる。
「いやいや! もう顔出すタイミング完全に逃しちゃったから! 今さら素顔見せる方が、よっぽど怖いよ!」
「いや、怖いのはあんたの言い訳だと思うけど……」
遥は呆れつつも、やはり奇妙な既視感を抱いていた。
◇ ◇ ◇
一行はアル=ナジール側が手配した黒塗りのリムジンに乗り込む。
窓の外には、完璧に整えられた都市の風景が流れていった。
「……すごいな。街頭のホログラムが、全部同じ内容で同時に変わってる」ユウタが呟く。
見上げれば、巨大なディスプレイに「国家繁栄」「調和こそ力」といったスローガンが映し出され、数秒ごとに市民の笑顔動画へ切り替わっていく。
ドライバーが振り返り、誇らしげに言った。
(移動自体は自動運転なので、ドライバーというよりガイド役に近い)
「私たちの国では、皆が一つの意思を持ち、同じ方向を向いています。混乱も、争いも、もう存在しない」
その言葉に、遥は思わず美月と目を合わせた。
「……平和、ってことよね?」美月が笑ってみせたが、どこか言葉が引っかかった。
通りには、高級ブランドの紙袋をいくつも提げた女性たちが同じ笑顔で歩く。
商品の購入には、配達も可能なのだが、直にショッピングしたがるのは、どこの国の女性でも同じようだ……
カフェのテラス席では家族連れが揃って最新型のデジタル端末を弄んでいる。
子供たちは街角のホログラムゲームに群がり、現実と仮想の境を楽しげに飛び越えていた。
誰もが身なりは整い、疲れの影を見せない。財布も現金もなく、指先ひとつで全ての支払いが済む
――この国独自の通貨〈N-Dinar〉が完全に浸透している。
だが、異様なほどに歩調は揃っている。
買い物客は、列はなく、それでいて順次に店を出入りし、通行人は全員がスマートグラスを装着。
「シンクロ率100%の街並み」――それは、豊かさの裏で人間の行動までもプログラムされているかのようだった。
「……ねえ、これって、やっぱりただの親善試合じゃない気がするんだけど」
美月の言葉に、遥も頷く。
「ここは自由がない代わりに、全部が管理されてる感じ。裕福で、整ってて……でも、ここに住むのは、私はちょっと無理かな」
Hare Showはお面の下で目を丸くした。
「俺は逆に、ちょっと楽しいかも。だって、全員同じ歩幅で歩いてるんだよ? 体育祭なら行進賞間違いなし!」
「いや、それ“楽しい”って言わないから……」遥が苦笑する。
リムジンはやがて、黄金のタワーのような高級ホテルに到着する。
ガラス張りの玄関前には、武装した警備兵と、無機質な笑顔を貼り付けたコンシェルジュが並んでいた。
「……裕福さと自由、どっちを選ぶかって話だな」
ユウタがぽつりと呟いた。
その言葉が、彼らの胸に妙な重みを残したまま、扉は音もなく開かれる。
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