V.B.L Ⅳ -Virtual Basketball League-|第四部 アル=ナジールの虚構
蒼井 理人
プロローグ:アル=ナジール共和国
砂漠のただ中に築かれた煌びやかな都市。
かつて乾いた風しか吹かなかったその地は、いまや世界でも指折りのテクノロジー都市として名が知られている。
――アル=ナジール共和国。
十年前、砂の下から発見されたレアメタルが、この国を一変させた。
莫大な資源を輸出することで外貨を獲得し、同時にその収益をIT産業に惜しみなく注ぎ込んだ。
結果、アル=ナジールは短期間で「独自のメタバース・システム:HARMONIA(ハルモニア)」を創り上げ、世界を驚かせたのである。
国民の2/3の人々は、メタバース・システムに関連するIT産業、レアメタルの採掘産業とそれを守る軍事産業に従事する。
金融もまた、独自の形をとっていた。
この国には、紙幣も硬貨も存在しない。
代わりに、アル=ナジール政府が発行する独自の仮想通貨〈N-Dinar〉が、生活の隅々にまで浸透している。
買い物も、給料も、寄付も、すべてが〈N-Dinar〉でやり取りされる。
国際市場では異様な存在と見られながらも、国民にとっては「デジタル通貨で完結する生活」が日常そのものだ。
朝の街角。人々はスマートバイザーを装着し、それぞれのアバターと共に一日を始める。
人々は、“HARMONIA”で「本日の活動予定」を政府に提出。
承認の通知を受け取ると満足そうに頷いた。
母親は子どもを学校に送り出す前に、“HARMONIA”教育ブロックへログインし、今日の授業カリキュラムを確認する。
リアル市場に並ぶ商品も、“HARMONIA”ショッピングブロックで購入承認を通し、承認が下りれば、リアル店舗でスタッフが笑顔で品物を手渡してくれる。
決済は、〈N-Dinar〉で、承認の段階で、完了している。
人々はその生活を当然のように受け入れ、仮想と現実を交互に行き来しながら暮らしていた。
他国から見れば、すべてを管理され、自由を奪われていると国と映るが、国民の大半は、むしろ整然とした日常に安心を覚え、「世界最先端の国民」であることを誇っているようだった。
夕刻、祈りの時間になると、街の人々は一斉にログインし、広大な「ヴァーチャル礼拝堂」に集まる。
黄金に輝くドームの下で、無数のアバターが一斉に跪き、祈りの言葉を唱える。
現実の街並みは静まり返り、ただ端末の光だけが、まるで星々のようにまたたいていた。
――美しく、整然とした国家。
管理システムを除けは、他国の誰もが理想郷と呼びたくなるだろう。
しかし、その裏側では――
政府の中枢に集められた莫大なデータが、国民一人ひとりの「意思」と「傾向」を計測し続けている。
笑顔で暮らす人々の背後に、うっすらとデジタルの檻が揺らめいていることを、気づく者はいない。
巨大なスクリーンには、政府の広報が映し出されていた。
「我らがアル=ナジールは、いずれ世界の指針となる。真の統合と繁栄を、この“HARMONIA”から――」
民衆は喝采し、街は拍手と歓声で満たされた。
国民全員が、等しく裕福に暮らせる社会。かつて貧しかったアル=ナジールに戻りたいものは、誰一人いない。
だがその熱気の奥に潜む冷たい影を、まだ誰も、はっきりとは見ていなかった。
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