第21話

 二人の子はヤーサが師匠より聞いた希望を意味するらしい『スミレ』と名付けられた。


 とても綺麗な響きのため、ヤーサもエルも即決といってもいいレベルで決定した。

 

 スミレを産んで以来エルの体調が急激に悪化した。


 立つのもしんどいレベルにまで。


 あの時言っていた三年という期限はすでにもうすぐそこまで来ている。




「けほっ、けほっ、すみませんヤーサ君。本当なら私がしなくちゃいけないことまで全部やらせてしまって」


「大丈夫だよ。エルちゃんは無理しないで」


「ほんとにすみませ……あっ」


「どうかした?」


「お、おはずかしながら……少し粗相を……」




 顔を赤らめてエルは恥ずかしそうにする。




「あぁ、そういうことか。大丈夫だよ」


「申し訳ないですの」


「わかってるわかってる、お口で綺麗にすればいいだね」  


「すみませんがおねが――えっ」


「じゃあ綺麗にするね――って冗談だからそんなに睨まないで」


「もうっ、ヤーサ君ったら!」




 最近エルはずっと申し訳なさそうな顔をしてすみません、ごめんなさいと少し暗い事ばかりいっている。


 ヤーサが度々冗談を挟み笑顔にはなるのだが堪えるものがある。


 


「ねぇ、ヤーサ君」


「なに?」


「茶化さずに聞いてほしいのですけれど」


「……」


「多分もう私は長くありませんの」


「……」


「終わりかけの今年が持つかどうかですの。お願いがあります」


「お願い?」


「仕事からの帰り道、また一緒に星を見に行こうって言っていたことを覚えてますか?」


「覚えているに決まっているよ」


「今年の終わり、その時に一緒に星が見たいですの」


「お安い御用だよ……」


「私も頑張りますわ。だからその……」


「……」


「泣かないでくださいまし」




 涙があふれて止まらない。


 なぜ中等部の頃から思いを告げなかったのか。


 なぜ話をよく聞いて昔から研究を進めなかったのか。


 後悔ばかりがあふれてくる。




「ヤーサ君は無き虫さんですの」




 ただ何も返す言葉がなくエルを抱きしめた。


 離したくない一心で力強く。




「私、本当に幸せですの」

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