第4話 奇妙なお茶会

真理が呆然ときょとんとしていると、アリスは楽しげに笑みを浮かべ、


「それじゃあ──始めましょうか」


と、囁くように言った。


瞬きをした次の瞬間、さきほどの小さな机がみるみるうちに大きく膨れ上がる。

二脚しかなかった椅子は分裂を繰り返し、次々と増えていく。

そして空からは、まるで雨粒のようにカップや皿、ポットが舞い降り、音もなく机の上に収まっていった。


「え、え……なにこれ……?」


真理が声を上げる間に、背後から賑やかな笑い声が響く。


「おおっと! お茶の時間だ!」


叫びながら、シルクハットをかぶった背の高い男が飛び込んでくる。

マッドハッターだ。

その隣では、懐中時計を首にかけた三月ウサギがひょいと椅子に腰かけた。


「遅れちゃいけない、遅れちゃいけない!」


同じ台詞を忙しなく繰り返しながら、紅茶を注いでいる。

さらに、小さなヤマネがカップの中から顔を出し、眠たげに瞬きをした。


あっという間に、広大な平原の真ん中に奇妙なお茶会が出来上がった。

ポットからは紅茶が止めどなく注がれ、ケーキやビスケットが山のように積み上げられる。


だが誰も座った場所に落ち着くことはなく、席を立ったり移動したり、勝手気ままに食べたり飲んだりしている。

真理は唖然とし、立ち尽くした。


「こ、これが……ナンセンス……?」


アリスは紅茶をカップに注ぎながら、にこりと笑った。


「そうよ。歓迎のお茶会へようこそ、真理」


マッドハッターと三月ウサギ、ヤマネは、真理の存在など気にする様子もなく、そのまま騒がしいお茶会を繰り広げていた。


「席を変えろ!」


「紅茶が足りない!」


「この時計にはバターを塗るんだ!」


叫び声と笑い声、理不尽な注文が入り乱れ、テーブルの上は瞬く間に混乱の渦と化す。

真理は椅子の端に座り込み、慌ててアリスに耳打ちした。


「ねえ、アリス。……どうしてお茶会が、こんなに滅茶苦茶なの?」


アリスは落ち着き払った様子で紅茶を注ぎ、微笑んだ。


「だって、これはヴィクトリア朝のお茶会の風刺だから。

 あの時代、午後のティータイムは上流社会の儀礼のひとつだったの。

 マナーにうるさくて、誰と並んで座るか、どうお菓子を分けるか、そういうことばかりに神経を使っていたのよ」


カップを傾け、アリスは続ける。


「キャロルは、そうした堅苦しい作法をひっくり返したかったの。

 だからお茶会は終わらない時間になり、席は勝手に変わり、会話は意味不明にねじれていく。

 礼儀作法を守るはずの場が、逆に秩序を失った混乱の象徴になっているの」


真理は周囲を見渡した。

マッドハッターが時計を分解して砂糖壺に突っ込み、三月ウサギがケーキを頭に載せて踊り出す。


ヤマネは半分眠りながらも、カップを倒し続けている。

その喧騒を肌で浴びながら、真理はふと気づいた。


「……ああ。これが『ナンセンス』なんだ」


理屈ではなく、目の前の空気そのものが『意味を裏返す行為』であることを、初めて実感として理解した。

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