第5話:曇り空、花遊戯


 薄曇りで迎えた朝。

 いつも通りの決まった時間に目を覚まして着替えてリビングに顔を出す。

「……レオン?」

「あぁ、シルヴおはよう」

「おはようございます」

 ワタシがリビングへ踏み入る時間にレオンがソファに腰を落としているのは珍しい。

 加えて、寝起きのレオンは平素ガウン姿だけれど、今朝は既に外出出来る格好。

 着ているシャツが昨日と同じところを見ると、昨夜出掛けてから明け方に帰って来たのかも知れない。

「また夜遊びを深くして来たのですか?」

「そうじゃない……と云いたいところだけど、その通りだよ」

 そう云って苦笑するレオンの表情には薄曇りの外と似た淡い物悲しさが混じっている。

「……何か、ありましたか?」

 数歩レオンに近寄れば、まぁ、と肩を竦めるレオン。

「急遽アオバが本国に、ね」

「アオバさんが……?」

「そう。昨日の深夜に決まって今朝早くに発ったから」

 暫しの別れを惜しむ間もなく見送って来たんだ、と小さな溜息。

「そんなに急なこともあるのですね……」

「こんなに急なのは初めてのことだよ」

 しかも無期限だそうだ。どうせ年寄りたちの我儘か何かだろうね。

 やれやれとまた溜息を吐き出したレオンに掛ける言葉をすぐに見付けられなかったワタシは、普段の朝通りに「何か飲みますか?」と問うた。答えは分かり切っているけれども。

「エスプレッソが良いな。少し濃いめの」

 予想通りの答えを受け、ワタシは簡易キッチンに足を運ぶと、すぐにエスプレッソの準備をした。

 エスプレッソのカップに唇を当てながら呟くレオンのそれは最早愚痴のよう。

「老年たちからしてみれば、若いのが『宝石』を探し続けて諸国を巡っているなんてバカバカしいとでもいうところかな……」

「宝石……?」

 ワタシが首を傾げると、レオンは云ってなかったっけ? と微かに肩を竦めた。

「アオバは子供の時からとある宝石を探し続けていてね。オレはその手伝いをしている内にアオバと親密になったんだ」

「そう、だったんですね」

 ということは、彼らが繰り返す遊歴にはその宝石探しとやらも含まれているのかも知れない。

 カフェインを摂ったにも関わらず眠気は飛ばなかったのか、レオンは小さな欠伸をしてからゆっくりと立ち上がった。

「少しだけ仮眠を取ろうかな」

「何時に起こしましょうか?」

「ははっ、優秀な目覚ましだ」

 こんな淡い揶揄は今更。寧ろ、それでさえワタシの仕事だとばかりに胸を張る。

「二時間後にお願いしようか」

「分かりました」

 レオンの言葉に頷いて。ワタシはワタシ室に向かうレオンの背中をぼんやりと見送った。

「……アオバさんが、本国に……」

 ワタシがレオンの側近になってからアオバが本国へ呼び出されることは初めてではない。

 けれども、無期限で、というのは初めて。

 再会する日が明確ではないというのは、確かに心が薄く曇るものだ。

 レオンの為に早く戻って欲しい、という気持ちはあれど。

「…………」

 ほんの。ほんの微かにだけ。

 留守が長引いてくれても良いと思ってしまったワタシは薄情者かも知れない。

 

 ふた月経ってもアオバはまだ戻らない。

 連絡を取り合っている様子もなく、レオンの夜遊びの回数はぐんと減っていた。

「最近のレオンは大人しいですね」

 頼まれていた銃の手入れを終わらせたワタシがレオンのワタシ室を訪れると、レオンはガウン姿でソファに深く沈みながらワインを飲んでいた。

「まぁ、連れ立つ相手も少ないしね」

 手入れに対して「ありがとう」を唱えながら、レオンがからからと笑う。

「……レオン」

「ん?」

「ワタシでは役不足でしょうか?」

「何がだい?」

 キョトンとするレオンの正面に回り込んでソファとローテーブルの隙間で膝をつく。

「シルヴ?」

「夜遊びの相手に、」

 ワタシでは役不足なのかと繰り返せば、レオンは肩を揺らす。

「そんなことないよ」

 ただシルヴと二人なら家でゆっくり飲む方が気楽だからね、とレオンは笑うけれども、アオバが不在の夜にグラスを傾け合った回数はさして多くない。

「それよりシルヴ、近くに座るなら隣に来たらどうだい?」

 何故膝をついているのかと不思議を纏うレオンの手から静かにグラスを奪い、半分も減っていないグラスの中身をひと息に呷った。そうして空になったグラスをころりと絨毯に投げ出す。

「シルヴ?」

 訝しげな声を頭上に受け止めて、レオンの踝を撫でる。

「……レオン、今、ワタシは強かに酔いました」

「……うん?」

「なので、これからのことは酔っ払いの悪戯です」

 額をレオンの膝に落とし、そっと脚を撫で上げながらガウンの裾を割る。

「シルヴ、」

 流石にこの先の展開を予感はしたのだろう。少し強めに名前を呼ばれたけれども、聞こえないフリをして内腿に手を這わせる。

「シルヴ」

 いよいよ咎めるような口調も無視して無遠慮にレオンの欲に触れる。

 レオンがシャワー後に下着を身に着けない習慣が今夜は好都合だった。

 軽く擦ってからおもむろに先端を口に含む。

「――ッ、」

 咎め言と一緒に息を呑んだレオンがワタシの頭を押し返そうとするが、抵抗して逆にレオンの欲を深く咥え込む。

 ねっとりと舌を絡めれば、くしゃりと髪の毛を掴まれた。

「シルヴァード……ッ」

 滅多に聞かない叱責とフルネームさえも聞こえないフリで欲の根元を少し強く握り、奉仕を続ける意向を示す。

 舌を絡ませ、甘噛みして、唇で扱く。それを繰り返していれば、レオンはやっと諦めたように少しだけ身体の力を抜いた。

 或る意味ワタシの粘り勝ちというところだろう。

 子供がキャンディーを舐めるように……などという拙い舌遣いではない。しっかりと『奉仕』することを知っているワタシのそれ。

 レオンが軽く吐息を弾ませ始めたのが嬉しくて、喉の奥の方までしっかりとレオンのモノを粘膜で包み込む。

「ん……っ、む……」

「……っ、は……、」

 じわり、口の中に広がり始めた先走りの味がよりワタシを高揚させていく。

 水気を増した口の中。息継ぎをする為、僅かに唇を離す度に水音を立てればレオンの熱が小さく跳ねる。

 ゆっくりと、けれども着実に育っていくソレが口中いっぱいになり、やや粘り気のある透明が唇の端を伝った。

「……気持ち良い、ですか? レオン」

 筋を歯先でなぞりながら、一度口を離してレオンを見上げる。

「…………そう、だね……」

 こんなオトナの遊びを一体どこで覚えてきたのかな、と。口調こそいつもの余裕を持たせているけれど、その吐息は微かに弾んでいる。

「さぁ、いつでしょう……?」

 ふふと肩を揺すってから、またレオンのモノを咥え込む。

「ぅ、ん……っ」

 もう抵抗するのを諦めたらしいレオンは、口許を自身の腕で覆った。

 どうせなら甘い声を聞かせて欲しいのに、とは胸の裡に留めて奉仕に専念する。

 とびきり丁寧に、持ち得る技巧を凝らしてレオンを追い詰めていく悦びは大きい。

 自分がレオンを興奮させているという事実が胸を高鳴らせていく。

 びくり。口中で一際大きく脈打ったレオンの欲先から滲む味が少し濃くなった。

 そろそろだろうか、と根元を両手で握り込みながら視線を上げたら、悩ましげな眼差しが落ちてくる。

 くしゃり。また指が差し込まれた髪の毛。

「も、良いよ……」

 離して、と髪の毛を後ろに引かれるけれども無論離す気などない。

 レオンの制止に逆らって喉奥を遣えば「シルヴ……」とまるで懇願でもするような声。

 それに対してワタシは聞き分けのない子供のように反抗してレオンの熱を誘う。

「し、る……っ、」

 もう本当に、と弱々しい声が逆にワタシを興奮させる。

 一瞬だけ口を大きく開けて息を吸う。

「飲ませて下さい」

 甘く、微かな声で強請りながら先端をちぅと吸えば、レオンの爪先が反って髪の毛を強く掴まれる。引けそうになるレオンの腰を逃すまいと追い掛けて今度はキツく先端を吸った瞬間。

「シルヴァード……ッ!」

 まるで叱り飛ばすような声が本気の抵抗を見せてワタシを引き剥がした。

「……ッ、」

 頭上で吐息が爆ぜるのと同時に、熱い飛沫が顔に掛かる。

 まるで涙のように下瞼から頬へと伝い落ちたそれを指先で掬ってから、ふふと目を細めて視線を上向ける。

「こちらの方がレオン好みでしたか?」

 小首を傾げつつ、悪戯に白く汚れた頬を手の甲で拭ってそれを舐めようとしたら、手首を強く掴まれバスローブの袖で白濁を取り払われた。

「そういうつもりじゃなかった……」

 済まない、と眉間を寄せながらも、ワタシの顔を眺め落とす双眸の奥にはゆらりと陽炎。

 はぁ、と大きく喘いだレオンは、顔を俯け額を押さえる。

 まるで失態を犯した自分を不甲斐なく思うようなその仕草に満足したワタシは、また小さく笑ってから自分の服の袖で顔を拭い、ゆらりと立ち上がる。

「そろそろ酔いを醒ましてきます」

 そう云いながらソファから離れようとしたら、ぐいと腕を掴まれた。

「っ、わ、」

 咄嗟のことに踵を滑らせたワタシはレオンの脚に座るような姿勢になる。

「シルヴ」

 肩を抱かれ、首筋に埋められた顔。熱っぽい吐息が肌をくすぐる。

 空いている手がするりとワタシの太腿を撫で上げてくるものだから慌てて膝を折り曲げようとするが、レオンの肘がそれを邪魔してくる。次いで耳裏で空気が揺れた。

「オレに悪戯して興奮したんだ……?」

「……ッ、」

 やんわりと触れられたのは、緩く隆起した核芯。ぺろりと太い血管を舐められたら背筋がぞくりとした。

 先程レオンが額を押さえたのは、どうやら不甲斐なさを悔いるものではなくスイッチを切り替える為の仕草だったようで。

「イケナイ子だね……」

 吐息を弾ませていた時とは打って変わった意地の悪い声でレオンが喉奥を震わせる。

「悪い子はどうされるか、分かる?」

「…………」

 少し低くなった声音がワタシを固まらせた。

「シルヴのお陰で、どうやらオレも酔いが回ってきたみたいだ」

 皮膚の薄い部分に歯を立てられ、今度はビリ、と神経が逆立った。

「オレを『男』にさせるつもりなら……」

 それ相応の覚悟をしておくんだね。

 更にワントーン低くなった声が、脳髄を侵食するようだった。

「ねぇシルヴ? お前は一人でする時、何を考えてる?」ソファの上。レオンの太腿に乗せられたまま、悪戯な眼差しがワタシの顔を覗いてくる。

「…………」

 下唇を軽く噛んで視線を逸らしたら、長い指に顎先を捕われた。

「云えない?」

「…………」

「いつもオレのこと考えてた?」

 正直に答えるんだよ、という無言の圧力が喉の奥を塞ぐものだから、ワタシは少しだけ俯いてからこくんと首を縦に振るしかなかった。

旋毛をくすぐるのは悪意のない微笑。顎に添えられていた手がワタシの腰を抱く。

「へぇ。じゃあ、シルヴの中のオレはいつもどんなことをしてる?」

 こんな風に触ってあげてた?

 などと云いながら布越しに擦られたら肩が竦み、思わずレオンの肩に指先を引っ掛ける。

 気持ちが良い、よりも気恥ずかしさが先行してしまって何も返せないでいたら、レオンはすっかり余裕を取り戻して愉しげに笑った。

「ハハッ、シルヴは本当に素直だね。硬くなってきた」

 揶揄混じりにレオンの指が当然の流れのようにワタシのスラックスを寛げる。そうして布一枚剥がされた欲に触れられたら、息が詰まった。

「想像じゃないオレに触られてどんな気持ち?」

 どんな、と訊かれても答えようがない。確かに仕掛けたのは自分の方だけれど、まさかこんな風に触られるとは思ってもいなかったのだから、戸惑いで思考回路がやや混線してしまっている。

「ほら、ちゃんと答えて?」

 ぐり、と下着越しに押し撫でてくる指遣いは巧妙。

「シルヴ?」

「…………」

「それとも、もっと悪戯されたいからだんまりなのかな?」

 下着越しでも、爪を立てられたら、ひぁ、と微かな声が喉をついた。

「シルヴァード」

 疑問符が抜けたレオンの声。

「ぁ……」

「想像より良くなかった?」

 淡い落胆を匂わせられ、咄嗟に頭が左右に振れる。

「そ、ぅでは、なく……」

 現状を現実と受け止められていないのだ、とは口の中で溶かして熱っぽい吐息だけを零したら、レオンの指が一本解かれる。

「やめようか?」

「ゃ、っ」

 無意識に洩れた否定はレオンを悦ばせたらしく、解けた指がまた欲に絡まって今度はしっかりとワタシのモノを捕えた。

「濡れてきたね」

「……んっ、」

「下着の中、どうなってるかな?」

 外から触っていても分かるくらいだから、中はもうべちゃべちゃかな?

 色濃い揶揄で、体温が上がっていく。

「レオン……、」

「うん?」

 直接触って欲しい、とレオンの肩に額を乗せたら、ダメだよと低い声が鼓膜を揺する。

「これは悪い子へのお仕置きなんだから」

 直接は触ってあげない、と。悪戯な指先はあくまで布越しにしかワタシを追い詰めようとしない。

「でも、」

 もうすっかり硬くなった欲を上下に擦りながら、レオンはワタシの耳朶を食んだ。

「このままちゃんとイけたら、ご褒美をあげなくもないかな」

 甘い声で背筋が痺れる。このまま、なんて難しい話ではない。

 やっと快楽を快楽として理解し始めた脳神経が全身へとその悦びを伝え出したのだから。

「シルヴ?」

「は、ぃ?」

「今度はちゃんと答えられるね? 想像と比べてどう?」

 そんなもの、下着を濡らしているという事実だけで知れること。

「き、もちいぃ、です……」

 小さく喘げば、腰を抱いていた手に後頭部を撫でられた。

「うん、良い子だね」

 穏やかな声音とは裏腹に、ワタシを追い詰めてくる指先は巧みに放熱を誘ってくる。

「ぁ、ん……っ、」

「可愛い声」

 もっと聞かせて、などと云われたら逆らえない。

「は……っ、あ……」

 くちゅくちゅと淫らな音が立ち始めて部屋の空気を揺らす。

「ん、ぁ……っ、は……」

 腰が重たくなって、下腹に熱が溜まってくる。

「ぁ、あ……っ、れ……ぉ、」

「なに?」

「も……ぅ、」

「もう?」

 分かっている癖に、とは云えず、レオンの手に自ら腰を擦り付ける。

「は、んぁ……っ」

「もう、なに?」

 重なる問いに、声が水気を帯びる。

「ゃ……、イッ」

 イキそう、とはワタシに最後まで紡がせないレオンの手荒い指遣い。

「あ、ぁ……っは、んぁ……っも、だ……ぁっ、」

「イきそう?」

 甘い低音で囁かれ、小刻みに頭を縦に振れば、まるで許可を示すように先端にぐっと爪が食い込んできた。

「ぅん……っ、は……ぁ、っあ、ぁ、ぁあっ、」

 パチン、と一瞬明滅した視界。次の瞬間、ワタシは欲芯の半ばで蟠っていた熱を全て吐き出していた。

「は……ぁ、」

 ぐったりとレオンに寄り掛かれば、トントン、とあやすように叩かれた背中。

「良い子だったね」

 約束通りご褒美をあげようか、とレオンがワタシの体を少しだけ引き剥がした。

 とろりとした思考では何がご褒美になるのか分からず、はぁと大きく喘ぐ。

 その時開いた唇を斜に塞いできた柔らかな感触にハッとする。

「レ、オン……?」

「おや、お気に召さなかったかな?」

 悪戯顔で小首を傾げられ、瞬きが忙しなくなる。

「ぁ……、ぃや」

 ふるふると頭を左右に振って、またレオンの肩に額を落とす。

 ほんの数秒だけの触れ合いだったのに、柔らかな感触は中々消えない。

 レオンからの接触が嬉しかったのは勿論のことだったけれど。

(……はじ、めて……)

 そう。他人からの淫らな行為は初めてではなかったけれど、キスをされたのは初めてで。しかもその相手が想い人であるという現実が、ワタシの思考をふわふわと浮付かせた。

 その後、レオンにシャワーを浴びてきなと云われるがまま、ふらふらと暫く温かい雨に打たれてからレオンの部屋へと戻る。

 ベッドに上がっていたレオンに手招かれ、云う通りにしたら毛布を捲られた。

「たまには二人で寝るのも悪くないかも知れないね」

 ほら、おいで。

 そう云いながらワタシを見えない糸で操ったレオンは、毛布ごとワタシをその腕の中に閉じ込めた。

「ねぇ、シルヴ?」

「……はい?」

「暫く……オレたち二人の間に秘密を作ろうか」

「ひみ、つ?」

「そう。オレとシルヴだけの秘密」

 それはつまり、と大きく瞬いた瞼にキスをされる。

「嫌?」

 そんな風に訊くのは狡い。

 嫌だ、などと云える筈がない。

「それは、上司命令ですか……?」

「そうした方が都合が良ければ、そうするよ」

 悪戯な声にほうと一息。

「でしたら、」

 聞かない訳にはいきません、と目を細めたら、また瞼にキスをされた。

「おやすみ、シルヴ」

 先みたいに頭を撫でられ、これは夢なんじゃないかと現状を疑い始める。

「おやすみ、なさい……レオン……」

 どうにかそう返したものの。ワタシは皮膚が痛むくらい大きく跳ねる心臓を宥めるのに必死で、レオンの静かな寝息が聞こえてきても尚眠りに就くことは出来なかった。

 結局眠れないまま過ごした夜。明け方になっても変わらずレオンの腕の中に居ることでやっと現状を現実だと受け入れられた。

(代わり、に……)

 ひとときでも自分は『あの人』の代わりになれるのだろうか……と思ったら、心臓がひとつ大きく跳ねた。

 

 相変わらずワタシはたまに気分の良くない夢を見る。レオンの側近になる前の荒んでいた頃の夢。

 はぁ、と枕に染み込ませた溜息は鉛のよう。

 これ以上ベッドの上に居ても眠れそうにないし、眠れてもまた嫌な夢の続きを見そうで。ワタシはレオンと揃いのバスローブ姿でそっとベッドを抜け出し、リビングの扉をそっと開けた。

 中に一歩踏み込んだら淡く漂ったスパイシーな香り。

「……レオン」

「あぁ、シルヴか」

 扉に背を向けているソファに座っていたのは当然レオン。斜に振り返ったその指にはまだ火を点けたてだと思われるシガーが挟まっていた。

「……お邪魔、でしょうか?」

 そうであればすぐに退散するという雰囲気を漂わせるワタシに、レオンは小さく肩を揺らして「おいで」とワタシを手招いた。

 向かいに座ろうとしたら、ポンポンと自分の隣を叩くレオン。隣に座れと云われているのだと悟り、大人しくレオンの横に座る。

 それと同時にレオンは灰皿にシガーを置いてゆっくりと立ち上がった。

 ローテーブルに残されたのは灰皿にしなだれかかるシガーと、濃い琥珀が注がれているバカラ。

 レオンが歩先を向けたのは簡易キッチンで、五分程してから戻って来た彼の右手には白いマグカップ。

 何も云わずにローテーブルに置かれたマグカップの取手に指を引っ掛け、両手で包み込む。

 温かなカップの中身は白い。

 薄く立ち昇る湯気と一緒に鼻先をくすぐるのはハチミツの優しい香り。

 マグカップを握ったままカップの中身を見詰めていたら、レオンはワタシの横に腰を落としてシガーの火を点け直した。

 その横顔を少し眺めてからまたカップに視線を落として口を付ける。優しい甘さが胸の奥に蟠った鉛を少しずつ溶かしていく。

「少しは落ち着いたかい?」

「……はい」

 こくん、と素直に頷いたら、横から伸びてきた手に頭を撫でられた。

 普段なら子供扱いしないで下さいと反論するところだが、今この瞬間にそんな反論は出てこない。

 レオンがワタシにホットミルクを出してくるのは、ワタシの漣立つ心を落ち着けようとしてくれるものだと分かっているから。

 何を云わずともこうして差し出される優しさに寄り掛かってはいけない。そう思いはすれど、レオンの方からワタシを甘やかしにくるのだから、今ではその優しさに甘えないでいる方が悪いことのように感じる。

 ふわり、ふわりと鼻先を掠めるハチミツの香りとシガーの匂い。

 決して融合することはないその分離がワタシをホッとさせる。

 中身を半分程減らしたカップを下げて呟く。

「……ありがとう、ございます」

「うん? 何のことだい?」

 さも自分は何もしていないとでもいうような声音でバカラを傾けるレオンは本当にどこまでも優しい。

 そうして数秒グラスの縁に唇を当てていたレオンは、シガーもバカラも手放してまた静かに立ち上がった。

 普段シガーを入れている抽斗を軽く漁ってレオンが出してきたのはシガリロのケース。

 シガーを嗜むレオンはシガリロを吸うことはない。

 それなのに何故、と小首を傾げたら、レオンはケースから一本のスティックを取り出し、それをワタシのカップに挿した。

 その導線に漂ったのはスパイスの香り。

「シナモン……?」

 香りの正体を確かめるよう傾ける首の角度を深くしたら、レオンは「正解」とワタシのカップに挿したスティックでカップの中に小さな渦を作った。

「真偽の程は定かじゃないけど……」

 高級なシナモンは愉しい夜を過ごせるキーアイテムになるそうだよ、とレオンの悪戯な声。

「これを飲むか飲まないかはシルヴ次第だ」

「…………」

 またシガーを咥えたレオンの横顔を見てから、カップに視線を落とす。

 じわりじわり。シナモンの皮から香りが溶けていく。

 おずおずとカップを口許に寄せれば、スパイシーな香りが強くなった。

 カップの中身をシナモンスティックでぐるりと掻き回せば、ふやけたシナモンスティックから剥離したカケラが、真っ白なホットミルクに浮かぶ。

 これは誘われている、と解釈して良いのだろうか。

 暫くシナモンスティックでカップの中身を遊びながら、ふやけた先端を軽く齧る。

 香りに反して舌に残ったのは渋い苦味。

 この苦味が甘いものに変わるのかは分からないけれども。

「レオン……」

 微かな期待を胸に、ワタシはカップの中身を一気に干した。

 コトリとカップをローテーブルに置いたら、シガーを置いた長い腕が伸びてくる。

 ふっ、とシガーの煙をワタシに掛からないよう吐き出してから、レオンは身体を捻ってワタシの唇に唇を押し当ててきた。

「イケナイ子だね」

 クスクスと揺れる吐息。

 ワタシの顎を捕えて唇を重ねてくるレオンに閉じていた唇を舌先で突かれる。従順な素振りで薄く隙間を作れば、そこから舌が忍び込んでくる。

 歯列を、口蓋をじっくりと舐めてから絡められた舌は熱い。

 ディープキスは元より、触れ合うだけのキスでさえ先日レオンから受け取ったキスひとつがワタシの『初めて』だったから、勝手が分からなくて取り敢えずレオンの首に腕を巻き付ける。

「ん……っ、は、」

 拙いワタシの舌遣いを訝るよう、レオンは一度顔を引いてからワタシの双眸を覗いてきた。

「シルヴ、キスは苦手?」

「いえ……」

 そうではなく。単純に経験値がないのだと眉尻を下げたら、レオンは「へぇ」と軽く目を細めた。

「奉仕するのは慣れていたように感じたけれど?」

「……それは、」

 軽く云い淀めば、レオンはワタシの目尻を親指で撫でながら小さな微苦笑。

「ごめんごめん、少し意地悪になったね。安心して。無理に聞くつもりはないよ」

 それに、と手の平で頬を包まれる。

「その方が仕込み甲斐があって良いからね」

 そう小さく笑いながら、レオンはまたワタシの唇を塞いできた。

 緩急をつけて舌を絡め取られると少しずつ頭がぼんやりしてきて、同時に身体の内側が火照り始める。ソファに沈んでいなければ、足腰が立たなくなっていたかも知れない。

 キスという行為に夢など見ていなかったから、まさかこんな風に思考を蕩かさせるものだとは思ってもいなかった。

 幾度も角度を変えながら唇を貪ってくるレオンの手が悪戯にワタシの欲をつつく。

「勃ってきたね」

 そんなにオレとのキスが気持ち良い? などと訊かれたら、ぼんやりする思考下ではこくんと素直に頷くことしか出来ない。

「じゃあもっと気持ち良くしてあげようか」

 ふふと耳許で揺れた吐息がゆっくりと落ち、膝頭をくすぐられたかと思えば、レオンの頭はワタシの眼下に。

 そうして僅かな躊躇いもなくレオンの手がワタシのバスローブの裾を割って下着をずらした。

「……ッ、れぉ、」

 名前を最後まで発音し切る前にねっとりと柔らかな熱に欲を包まれ、びくりと肩が跳ねる。

「まっ、レオン……っぁ……」

 咄嗟にレオンの髪の毛を掴んだのは予想だにしていなかった展開に持ち込まれたから。

 生温かな柔肉に芯を包まれるのもキス同様初めての体験で、脳みそがくらりと揺れる。

「したことはあっても、されたことはない……?」

 ちらりとワタシを見上げてくるレオンの言は事実だからまたひとつ小さく頷く。

「可愛いね」

 ちゅ、と先端にキスをしてから、レオンはワタシの欲を深く咥え込んだ。

「っぁ、や……っ」

 唇で扱かれて、筋を舐められくびれを甘噛みされたらそれこそ腰から力が抜けていく。

 レオンの手練手管もあるだろうけれど、される側というのはこんな風に快感を得るのか……などと頭の隅で妙な感心。

「は……っん、」

 容赦なく追い詰められて、あっという間に息が弾む。

「あ……っ、レオン……ッ」

 喉の奥で欲を締められると、そこからビリビリと神経が逆立っていく。

 ぢゅ、と吸われる度に痺れる末端神経。

 まるで先日の仕返しをするような攻め立て方。

「も……っ、はなし……」

「だぁめ」

 不明瞭な声すら欲を刺激してくるのだから堪ったものではない。

「ほん、っと……に、」

 ぎゅう、とレオンの髪の毛を握り締めたら、余計に奥まで咥え込まれてしまう。

「れお……っ」

「全部飲んであげる」

「だ……っ、」

 ダメ、と制止をかけようとしても初めて味わう快感の遣りどころが分からず、レオンがワタシを引き剥がしたように出来ない。

「ぁ、あ……っぅ」

 じゅるりとワタシの欲を搾り取るよう、根元から先端へ軽く歯を立てながら強く吸われたら我慢は保たず。

「は……っん、ぁあっ」

 喉奥で締め付けられた欲は抵抗虚しく弾けてしまった。

「は……、ぁ……」

 快楽の余韻を遣り過ごそうと背を丸めたら、顔を上げたレオンと視線がぶつかる。そうしてにやりと笑んだレオンがわざと大きく喉を鳴らした。

「れ、おんっ……!」

「シルヴ、最近少し疲れてたかな?」

 甘かった、と云われて顔に火が点きそうになる。

「初めてされて、どうだった?」

 意地の悪い声に、うぅ、と唸る。

「シルヴ?」

「…………よか、った、です……」

 掠れるような声で答えれば、レオンはまたソファの上に戻ってきて軽いキスをしてきた。

「自分の味はどう?」

「…………不味い、です」

「ハハッ、そうだろうね」

 オレも自分のを美味しいと思ったことはないよと肩を揺すったレオンは、口直しでもするように琥珀を含んだ。

「シルヴも少し飲む?」

 そう云いながらグラスを顔の高さに持ち上げたレオンに、これは酔いを回した方が良いかも知れないと頷く。

 しかしグラスがワタシの手に渡ることはなく、琥珀の液体は口移しで喉に流し込まれた。

 三度繰り返された琥珀の口移し。そうして空になったグラスはもう不要だと云わんばかりにローテーブルの下へと転がる。

 レオンの長い腕がワタシの膝下に入り込んできてソファの上に乗せられた両足。そのまま流れるような動作で頭を肘掛けに据えられた。座面の広いソファだから窮屈さはない。肘掛けの部分も柔らかだから、後頭部から首への負担も差程感じはしなかった。

 ゆらりと淡い影を連れてワタシに覆い被さってくるレオン。

 ワタシの顔を眼下にしてふわりと微笑したレオンは、まるで雨垂れのようなキスを幾つも落としてきた。

 額に、瞼に、鼻先に、頬に、唇に。

 啄むキスがくすぐったくて、こんなに優しい雨は初めてだから何だか変な感じがする。

 本当ならこの雨を受け止めるべきはワタシでないことは承知の上。レオンだって、本来なら降らせるのも受け止めるのもワタシ相手でない方が良いに決まっている。

 それでもこれは『秘密の関係』で。それはさながら真夏の夜の夢でもある。そうと割り切れるからこそ、ワタシたちは今こうして戯れることが出来ているのだ。

「キス……というものは、こんなにも多幸感を連れてくるのですね……」

「知らなかった?」

「知りませんでした」

 ワタシは本当に何から何までレオンから与えられるばかりだと苦笑したら、レオンは「そうかな?」と肩を竦めながらとぼけて見せた。

「シルヴは、今までどんな夢を見てきた?」

「……夢、ですか?」

 何の比喩だろうかと少しだけ頭を捻り、あぁと滲んだのは苦笑い。

「悪夢ばかりですね」

「今夜も悪夢を見そうかな?」

 人差し指の背で目尻を撫でられ、いいえ、と頭を左右に振る。

「今夜はきっと良い夢が見れる気がします」

 するり。自分に覆い被さっているレオンの首に腕を回して睫毛を伏せる。

「だって、レオンはワタシの救世主なのですから」

 その台詞は口の中で溶かし、ワタシはレオンの顔を引き寄せ初めて自分から他人への好意を含めたキスをした。

「ん……っ、は……」

 深いキスをされながら弄られた胸の実はすぐに熟れてぷっくりと膨れ上がった。

 指の腹で押し撫でられたり、爪の先で引っ掻かれたりする度に「ひぁ」と小さな悲鳴が喉をつく。

「シルヴ、気持ち良い?」

「……はぃ」

「指とこっち、どっちが良いかな?」

 そう云いながらべろりと胸を舐められたら軽く背がしなった。

「へぇ、舐められる方が感じる?」

 また舌が触れて、今度は軽く歯を立てられる。

「ん……っ、」

「ふふ、可愛いね」

 ちゅ、と吸われてから、また唇同士が触れ合う。

 頬から首筋に、鎖骨から肩の丸みを撫でる手がやんわりと脇腹を伝い下りていく。

 まるで神経がじりじりと低温で灼かれているような感覚。

 触れられているだけなのに、それが心地好いと感じるのは、ワタシがレオンを好いているから、なのだろうか。

 軽く芯を握られてから、後孔にそっと指が差し込まれる。

 一本では何の違和感も感じず、すぐに足された二本目の指には微かな抵抗。それでもその抵抗はさして長持ちしなかった。

 レオンのモノを受け入れるまで苦を感じることはなく。

「は、ぁん……っ」

 緩いストロークで喉が甘く震える。

「才能があるのかな?」

「別に……要らない才能……です……」

 冗談に苦く笑えば、レオンは眉尻を下げて、まぁその通りかもね、と肩を竦めた。

 だけどそれは好都合だと云わんばかりにレオンはワタシの内側をゆっくり優しく暴いていく。

 まるで壊れ物を扱うような抱き方をされる日が来るだなんて思ってもみなかった。

 自分が知っている行為はもっと手荒で自分本位で。ワタシのことなんか使い捨ての人形だと思っている、そういう抱き方だったから。

 次第とワタシの頭の中には淡い霞。

 感覚を麻痺させる為に自ら意図して霞を架けることはあったけれども、勝手に思考が浮付くのはやっぱり初めてのことだった。

 まるで熱に浮かされるように始まって、これは夢ではないのだろうかと不安になるくらい丁寧に抱かれて終わった夜。

 もう二度と見れない夢かも知れないけれど、それはそれで構わない。こんな極上とも云える夢なんて、一度でも見られたならそれ以上のことはない。

 久々の情事は流石にワタシを軽く疲弊させ、くったりとソファで丸くなっていたら、それを労るようにレオンがワタシの髪の毛を何度も梳いてくれた。

 大きな手の平、長い指。それらが与えてくれる悪意のない体温が気持ち良くて。

 ワタシは主人に甘える猫のよう、もっと撫でて、とでも云わんばかりにレオンの手に頭を押し付けた。

 甘い夢を見るのはその日が最初で最後……かと思いきや、この秘密の関係は存外長く続いた。

 誘いは言葉によるものではない。

 シナモンスティックが差し込まれているホットミルクが用意されている時がそういう時。

 これを拒んだことをワタシは一度もない。

 こんな風に惰性的に続けて良い関係じゃないと頭の隅では分かっていても、本能には抗えない。

 時にリビングルームで、時にレオンの部屋で。優しくされる時も、少々意地悪をされる時も。ワタシは自分の乱れ姿を彼の網膜に灼き付けられたら良いと願っていた。

 こぼれて、おちて、ことばがきえていく。

 愛を囁くことなんてしない。

 好きだ、とも伝えない。

 ただただ、想いは音にならないままこぼれて、落ちて、言葉は甘い嬌声に溶けて消えていくだけだった。

 ある夜。シャワーを浴びてリビングルームに足を踏み入れると、レオンの姿は見えなかった。

 その代わりとばかり、ローテーブルに置かれていたのはシナモンスティックが差し込まれた乳白色。

 一度ソファに腰を落としてからゆっくりとそのカップを手に取る。

 シナモンスティックのスパイシーな香りと、ハチミツがたっぷり入った甘い香りのホットミルク。

 少し舐めて、いつもより甘みを強く感じたそれに特別な意味を予感しながら、ワタシはふらりとレオンの部屋へと足を向けた。

「レオン」

 コンコンと扉をノックし「どうぞ」の声を待ってから扉を開ける。

 ベッドの上でニュースペーパーを広げていたレオンは視線を上げるなり、柔らかく微笑んでワタシを手招いた。

 もう遠慮も何もなくひょいとベッドに上がり込み、レオンと向き合うよう、彼の脚の上に座った。

「シルヴ、今夜のホットミルクの味はどうだった?」

「とても甘かったです」

 それはもう苦いくらいに、と目を細めたら、レオンは満足そうにワタシの唇を啄んだ。

「シルヴ、少し腰を上げてくれるかな?」

「……? はい」

 何故だろう、と首を傾げつつも云われた通りにすれば、レオンはワタシの脇へ手を差し込みくるりと四半回転した後、器用にワタシを背中から抱き締めた。

「レオン?」

 どうしたのですか、と。座らせ直された状態で斜めに振り返ろうとしたら、左腕で腰を抱かれた。そうしておもむろに舐められた首筋。反射的に肩を跳ね上げれば、クスクスと愉しげにレオンの吐息が耳許で揺れた。

「ねぇシルヴ? 何か違和感を感じない?」

「違和感、ですか……?」

 はて、と首を捻ったのは一瞬だけ。

 正面に見えた自分の姿と、その肩越しに見えるレオンの悪戯顔に「あ、」と数度瞬く。

「姿見の位置が、」

 姿見の位置がいつもとは違い、ベッドの上を広く映し込んでいる。その鏡面には無論ワタシとレオンが映り込んでいる。

「よく気付けたね」

 良い子だ、と。レオンがワタシのバスローブの裾を割り、両膝を持ち上げられた。

 顕になった欲に絡まってくる指がワタシを悩ませていく。

 自分の痴態を見るのは気が引けて、思わずぎゅっと目を瞑ったら先端をぐるりと強く押し撫でられる。

「シルヴ、目を閉じたらダメたよ」

 自分が感じてる顔をちゃんと見て。

 ほら、とレオンの人差し指の背がワタシの目尻をくすぐってくる。

 恐る恐る、とでもいうように目蓋を持ち上げたら、鏡越しにレオンの愉しげな眼差しと視線がぶつかった。

 ぬるぬると先端をいじる指遣いがもどかしくて思わずレオンの指に手を重ねてしまったのはワタシの失態。

「うん? シルヴは自分でシたい?」

「そ、うではなく……っ、」

「良いよ。自分でシてごらん?」

 意地の悪い声に、ふるふると頭を軽く左右に振る。

「レオン、に……」

「オレに?」

「レオンに、触って欲しい……です……」

 目を細めて鏡越しにレオンの双眸を覗いたら、彼は口端を上げた。

「素直で良い子だね」

 首筋に吸い付かれ、ピリと震えた神経。

「シルヴは、オレに触って欲しいだけ?」

 ぐい、とワタシの腰に回っていた腕に力が籠ったかと思えば、腰より下に硬い感触を捉えた。

 うず、と後孔が密やかに収縮する。

「レオン……」

「うん?」

「もう、欲しい……です」

「性急過ぎない?」

 そうさせているのはあなたでしょう、とは云わずに尻をレオンの硬くなっているモノに擦り付ける。

「そんなに欲しい?」

 わざとらしい問い掛けにこくこくと頷けば、じゃあとレオンが小さく笑う。

「そういう時は、どうすれば良いか覚えてる?」

 低音には行動で答える。

 立てられた膝をペタンとスプリングに寝かせて軽く腰を持ち上げる。

 バスローブの裾を手繰り、秘部でレオンのモノを啄めば、良く出来ました、と云わんばかりに頭を撫でられる。

「準備は?」

 そんな問いは今更。

 レオンと繋がるようになってから、ワタシはいつ誘われても良いようにとシャワータイムを少し長くしているのだから。

 先端だけを軽く呑み込めば、ふふとレオンの吐息が揺れる。

「良い子にはご褒美をあげないとね」

 そう云いながらレオンはワタシの腰を一層抱き寄せて、ぐいと。それこそ性急にワタシのナカへと押し入ってきた。

「……っ、あ!」

「ん……っ、ちょっとキツい、かな……」

 でも最初はそれくらいの方が後でもっと気持ち良くなれるよね。

 そんな風に嘯くレオンは、ワタシの腰を徐々に引き落としつつ自身を突き上げてもきた。

「……っ、は……ぁ、」

 悲鳴とも嬌声ともつかない掠れた声が喉をつく。

 抉られるような衝撃に耐えようと下唇を噛んでまた目をぎゅっと固く瞑ったら、シルヴ、と低く名前を呼ばれた。

「何の為に鏡を前にしているのか、忘れた?」

 耳骨に響く甘い声。一度動きを止めたレオンはワタシがゆるりと目を開けるのを待ってから、そっとワタシの顎を捕えて鏡と真正面に対峙させた。

 薄っすらと揺らぐ視界の向こうに歪んだ自分の乱れ姿が見える。

「ちゃんと自分の感じている顔を見ないとダメだよ、って云ったよね?」

 それに、と。親指が唇に触れたかと思えば、そのまま強引に歯列を割って口内に入ってきたそれ。

「いつもよりもっと悦い声を聴かせて」

 ね、と。内頬を引っ掻いてくる指を噛む訳にはいかず、ワタシはだらしなく口を開いたままにならざるを得なくなる。

「ぁ……っ、は……んぁ、ぁあっ」

 改めて腰を揺さ振り出したレオンの律動に合わせて零れる声は次第と水飴のようにドロドロになっていく。

「れ……ぉ、んぁ、はぅ……っ、あ」

 ワタシの身体はレオンをずぶずぶと呑み込んでいくし、レオンの欲もまたワタシのナカの奥深くを抉り続ける。

「ねぇシルヴ? ちゃんと自分の顔見てる? 凄くいやらしい顔してるよ」

 それがとっても可愛いんだけどね。

 激しい律動は元より、そんな低い囁き声すら刺激になってワタシの神経を麻痺させていく。

「は……ぅあ、ん……っ、ゃ、ふぁ、」

 部屋の空気さえどろりと溶かしていきそうなワタシの吐息を舐めるレオンの律動は容赦ない。

 ただそれはワタシを苦しめるようなものではなくて、ただただ快楽の深海にワタシを落とそうとするような、そんな意図が滲んでいる気がする。

「シルヴ、気持ち良い?」

 鼓膜をダイレクトに叩いてくる声。明瞭な言葉が紡げなくなったワタシは短音で喘ぎながら首を縦に振るばかり。

「オレもね、気持ち良いよ……」

 だから、最高の夜にしよう。

 そう呟いたレオンの声音がいつもと違って聞こえたのは気の所為……では、なかった。

 散々と貪られた身体がもうベッドに横たわるしか出来なくなった頃。

 思考も視界もぼんやりしている膜一枚向こうで微かに衣擦れの音がする。

 力の入らない手でシーツに波間を作ったところで、膜一枚向こうには届かない。

 あぁ、と悟った事象。

 そうか、と諦観で瞼を落としたら、頭上で揺れた空気。

 頭のすぐ傍でスプリングが沈み、一瞬だけ抱かれた肩。唇に触れた柔な感触は哀愁を滲ませながら離れていく。

「……甘えてゴメンね」

 小さな、小さな。星が瞬く音のように微かな声を鼓膜が拾ったのはいっそ奇跡だったかも知れない。

 膜一枚向こうに消えていった気配がすぐに戻ることはなく。

 ワタシは水銀を被ったかのような気持ちでそのままベッドに沈み込むしか出来なかった。

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