第2話 『猫』
お茶をお出しするため若者に座ってもらうと、三毛猫のなごみが「にゃあ〜」と寄ってきた。もちろん、遠慮なく彼の足にすりすりしている。
「この子、人懐っこくて。いつもこうなんです」
私は笑いながら説明する。若者は少し困ったような顔をして、なごみを見下ろしていた。体が微かに強張っているような気がするけれど、突然お茶に招かれて緊張しているのかもしれない。
「猫大丈夫ですか?」
「あ、はい……大丈夫です」
そう言いながらも、若者の声は少しこわばっている。やっぱり突然迎えたのは、おかしなことだっただろうか。私は台所に行き、お茶を出すことにした。
なごみは相変わらず若者の足にまとわりついて、今度は膝に飛び乗ろうとしている。若者の顔が青ざめている。はやく緊張を、解かなくては。
「そういえば、お名前はなんて言われるんですか? 私は比良崎和架(ひらざき わか)っていいます」
そう振り返ると、若者は固まったような笑顔でなごみを見つめていた。
「もしかして、猫、お好きなんですか?」
私は嬉しくなってそう駆け寄った。
「あ、お、俺は草留桜介(くさどめ おうすけ)です。えっと……」
草留さんは慌てたように立ち上がろうとしたが、なごみが膝に飛び乗った瞬間、ストンと脱力するように座布団に腰を下ろした。
「あ、実は……実は僕も、猫、飼ってるんです」
なぜか苦しそうな表情でそう言う。でも猫を飼っているなら、なごみとも仲良くしてくれるかもしれない。
「本当ですか! 嬉しい! ぜひいつか会わせてくださいね」
私の言葉に、草留さんの顔がさらに青ざめた。
「は、はい……」
なごみが草留さんの膝の上で丸くなると、草留さんは石のように固まってしまった。でも私は、彼が猫を大切にしている優しい人なんだと思って、親しくなれそうな予感がしていた。
*
翌日、私は仕事のクリーニング店から帰ると、早速買ってきた梨でマフィンを作った。昨日の出会いが素敵だったから、お礼がしたい。
「上の階だって言ってたし、明日お裾分けに持って行こう。きっと喜んでもらえるよね?」
なごみに話しかけると、なごみは「にゃあ〜」と可愛く返事をした。草留さんはきっと、猫を飼っているくらいだし、動物好きの優しい人に違いない。
マフィンの包装紙も青い色にして、丁寧にリボンをかけた。誰かにプレゼントを作るのは久しぶりで、なんだかわくわくしてしまう。
*
一方その頃、桜介は自分の部屋で頭を抱えていた。
「なんで猫飼ってるなんて言っちゃったんだ……猫恐怖症ですって、……『俺は猫恐怖症です』って! 正直に言えよ俺!」
悲しいかな、和架さんの笑顔を思い出すと素直に胸が高鳴る。でも同時に、猫恐怖症の自分がとんでもない嘘をついてしまったことに、俺は絶望していた。
「猫を、飼わなきゃ……」
この期に及んで俺は携帯でペットショップを調べてみる。やはりいつものとおり、猫の写真を見るだけで冷や汗がふきだしてくる。でも、和架さんとの約束は絶対に、絶対に守りたい。なんとしても……守りたい。
これほど誰かを想ったことはなかった。たとえそれが猫相手でも、きっと俺は乗り越えられるはずだ。
「よし、明日からがんばろう」
そう決意した俺だったが、なごみのザリザリとした舌の感触を思い出すだけで、また震えが止まらなくなるのだった。
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