twinkling 3|ゆきこ★★


 朝の空気が過ぎて行きます。

 わたしは走ることが好きです。走っているとき、わたしは、普段はどこかに隠れているわたしに出会えます。わたしの言っていることは『変』ですか?『変』ではありませんか?


(変じゃないよ)


 ジンジャーはそう言います。

 わたしは、ジンジャーの散歩に行くようになってから、自分のことが分かるようになりました。わたしは、ジンジャーの声が聞こえます。これは『変』ではありません。わたしは、ジンジャーの言っていることが分かります。これは『変』です。なぜなら、ほかの人には分からないからです。だから、わたしは、こういう結論を出しました。


(1)みんなと同じ=『変』ではない

(2)みんなと違う=『変』である


 つまり、こういうことです。

 みんなと同じ『変』ではない部分と、みんなと違う『変』な部分が、わたしのなかにあります。それを全部合わせたものが、わたしです。次の自己紹介のときは、このように言おうとおもっています。この考えは、『変』ですか?『変』ではありませんか?


 わたしは『変』ではないとおもいます。


 なぜなら、みんなのなかにも、ほかの人と同じものと、違うものがあるからです。全部合わせたものがその人です。取り替えっこはできません。だから、ひとりひとりは大切な存在のです。この考えは、『変』ですか?『変』ではありませんか?


 わたしは『変』ではないとおもいます。



 わたしは日曜日のお散歩が好きです。


 なぜなら、日曜日のお散歩は、みんなで行くからです。ジンジャーも行きます。ジンジャーは猫なので、みんなと違うところを歩きます。ときどき、塀の上に飛び乗ります。あんなに細いところを落ちずに歩くのはすごいとおもいます。わたしだったら落ちてしまうでしょう。だから、わたしは道を歩きます。みんなも道を歩きます。どこを歩くかはジンジャーが決めてくれます。でも、だいたいは同じ道です。ジンジャーが止まれば、わたしたちも止まります。ジンジャーが歩き出せば、わたしたちも歩き出します。


 散歩をしていると、ときどき、リードを付けて散歩する犬や猫に出会います。わたしは、そのお散歩は『変』だとおもいます。なぜなら、リードをしていたら、好きなところを歩けません。好きなところを歩けないはお散歩は、ちっとも楽しくありません。ここしか歩いたら行けませんよと言われたら、だれだって楽しくないでしょう。楽しくないお散歩は、お散歩ではありません。それは義務です。義務教育と同じです。この考えは『変』ですか?『変』ではありませんか?



 きょうもお散歩をしています。


 おや?ジンジャーがいつもとは違う方へ走り出しました!どうしたのでしょう!いつもなら、右の方へ行き、GHへと帰る場所です!『変』です!


(ジンジャー、そっちは違います、こっちです!)


 わたしはジンジャーに伝えます。

 しかし、ジンジャーは何も言いません。坂道を、山の方へと、ずんずん、ずんずん、のぼって行きます。こんなことは初めてです。きょうのお散歩は、わたしとなぎさちゃんだけだからでしょうか。しかし、「なぎさちゃん、どうしますか?」という言葉が出て来てくれません。そうしているうちにも、ジンジャーは、ずんずん、ずんずん、山の方へと進んでいきます。


「ゆきこ、ジンジャー山の方へ行ったけど道あってる?」


 なぎさちゃんが言います。わたしは言葉のかわりに、首を横に振ります。


「え、そうなの?じゃ、連れ戻さなきゃ」


 今度は、首を縦に振ります。ふたりとも急いでジンジャーの後を追います。


「ジンジャー!」

 なぎさちゃんが、ジンジャーを呼びます。


(ジンジャー!)

 わたしも、なかの言葉でジンジャーを呼びます。


 どちらの呼びかけも聞こえないのでしょう。ジンジャーはタタタタタッと駆けて行きます。わたしとなぎさちゃんは置いていかれないように一生懸命に走ります。


 走るのは好きです。

 走っているとき、わたしは、わたしに出会えるからです。ジンジャーもそうなのでしょうか。追いかけながら、そんなことを考えます。なぎさちゃんはあまり速く走れません。後ろの方で、なぎさちゃんの声がします。


「ゆきこちやん、待って、わたし、ホームに電話してみるから!」


 なぎさちゃんはスマホを持っています。ホームに電話すると言っています。わたしは止まることは出来ません。なぜなら、止まったらたちまちジンジャーを見失ってしまうからです。どうやら、なぎさちゃんは走るのをやめて、ホームに電話をしているようです。わたしは走ります。ジンジャーを追います。


息が苦しくなってきたときです。前を走っていたジンジャーが急に止まりました。(良かった、これで追いつく)とおもったら、ふっと、横道に入って行きました。いったいジンジャーはどこへ行こうとしているのでしょうか。わたしも横道に入ります。その道は、とても細く、舗装もされていないでこぼこ道です。周囲は高い木に囲まれていて、ひんやりとした空気です。そんな道でもジンジャーは、すすすと軽快に歩いて行きます。わたしもジンジャーの後に続きます。


 どれくらい歩いたでしょう。

 わたしは頭のなかで数を数えていました。一歩で一です。横道に入ったらときから、ちょうど八百八歩でした。けれど、それは時間ではありません。数です。数と時間は違います。


 八百八を数えたとき、すこしだけ開けた場所にたどり着きました。そこは、小さなお庭のようでした。けれど、お庭ではありません。なぜなら、お家がないからです。それでは、公園でしょうか。いいえ、違います。公園には遊具がありますが、ここには遊具はありません。だから、公園ではありません。遊具の代わりに別のものがあります。わたしは、それを、知っています。一月一日の初詣のときにに見るものです。名前は知りません。赤くて大きなものです。けれど、それとは少し違うところがあります。ここにあるのは、初詣のときに見るものよりも小さく、色も赤くありません。所々がはげて錆びています。その前でジンジャーは立ち止まって、わたしを見ています。


 ジンジャーが言います。

(ここだよ)


 わたしは聞きます。

(ここは、どこですか?)

 

 ジンジャーは言います。

(入り口)

 

 わたしは聞きます。

(入り口は、建物に入る場所です。ここに入る場所がありません。だから、入り口ではありません)


 ジンジャーは言います。

(見えないだけだよ)


 わたしはジンジャーの言っていることがよく分かりません。ジンジャーは『変』なことを言っています。だけど、ジンジャーは嘘をつきませんから、わたしは困ってしまいます。


 ジンジャーは言います。

(大切な入り口)


 わたしはジンジャーの言葉を何度か繰り返します。

(タイセツナイリグチ)

(タイセツナ、イリグチ)

(たいせつな、いりぐち)

(大切な、入り口)


 わかりました。ここは、大切な入り口です。

何の入り口なのかは分かりません。でも、大切な入り口です。人間は全員、嘘をつきますが、ジンジャーは嘘をつきません。なぜなら、ジンジャーは猫だからです。ジンジャーがおおきな目でわたしを見ています。わたしはジンジャーに言います。


(ここは大切な入り口ですね)


 するとジンジャーは答えます。

(いっしょに来て)


 わたしはジンジャーに聞きます。

(どこへですか?)


 ジンジャーはおおきな目をして言います。

(大切な場所)


 わたしは、とても納得しました!

大切な場所へ行くから、ここは大切な入り口なのです!そんなことにも気づきませんでした!わたしは、物事を理解することがとても遅いのです。

 わたしはジンジャーに答えます。


(ジンジャーと一緒に、大切な場所へ行きます!)


 すると、ジンジャーはしっぽを入り口の方へと伸ばします。ぴーんと、目一杯に伸ばして、まっすぐにします。


 カチャリ、という音が聞こえました。


 さわさわさわと葉っぱがゆれて音を立てます。

ひゅぅぅぅーっと風が吹きます。どうやら風は、錆びた小さな入り口の方へと吹いています。


(行こう、ゆきこ)

 ジンジャーがわたしに言います。


 わたしは、こくりとひとつ頷きます。なぜなら、もう伝えるべき言葉がすっかりなくなっていたからです。あとは、ジンジャーと大切な場所へ行くだけです。


 ジンジャーはくるりと向きを変えると、つかつかつかと大切な入り口の方へ歩き出しました。わたしも、ジンジャーと同じように、つかつかつかと歩きます。さあ、入り口をくぐろうとしたときです。


(しっぽを握って。けっして離さないで)


 ジンジャーがわたしに言い、先っぽのまがったしっぽをぴんと伸ばしました。わたしはもう一度頷くと、ジンジャーのしっぽを、しっかりと握りました。



 ひゅんっ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る