twinkling 3|ゆきこ★
*
ジンジャーが何かを言っている。
わたしには分かる。ほかの人は分かっていない。わたしだけが分かっている。だけど、わたしには、それをどのように伝えたら良いのかが分からない。わたしのなかで、言葉は自由だ。翼の生えた鳥のように、どこまでも飛んで行ける。しかし、外の世界へ向けた途端、翼は消えてる。自由だった言葉は、意味のない記号に変わる。ばらばらばらとわたしの中と外を隔てるどこかへと落ちて行く。だから、わたしはジンジャーに伝える。
「どうしたら良いですか?」と。
すると、ジンジャーはついて来てという。わたしはそれに従う。玄関を開けたところで、後ろの方からひかりさんの声が聞こえる。
「ちょっと、ゆきこ、どこ行くの?!」
ひかりさん、ごめんなさい。わたし、きちんと伝えることができません。でも、ジンジャーがお願いしているから、わたし、わたし行きます。
玄関の隙間を抜けたジンジャーが勢いよく走り出す。遅れないように、わたしも全速力でジンジャーの後を追う。
*
「この子、変なんです」
三歳を過ぎても喋らないわたしの横で、母は言いました。ケンサしてみましょうと、先生は言いました。三歳のわたしは、ケンサというものが何かは知りませんでしたが、ケンサをしました。そうして、わたしは『変』になりました。わたしは『変』ということが、どういうものか分かりませんでしたが、母の顔が『変』になったのは分かりました。いつも見ている顔と違ったからです。
「あの子、ちょっと変だよねー」
小学校へ入学したら、同級生から、そう言われるようになりました。だから、わたしは『変』なのだとおもいます。
*
六時六分。
わたしは、いつもの時間に目を覚まします。五分でも、七分でもありません。六時六分。これは、わたしが一日を始めるための大切な儀式です。もしも、一分でも間違ってしまえば、その日の世界は恐ろしいものになると、わたしは信じています。
わたしは自分の席に座り、GHのみんなが揃うのを待っています。みんなが揃ったら、ご飯を食べます。みちこちゃん、なぎさちゃん、たまみちゃんが起きてきて、席に座ります。それから五分三十秒経つと、わかなちゃんが起きてきました。
わかなちゃんの顔がいつもと違います。『変』です。わたしは驚きました。膨らましすぎたうさぎ風船のようです。わかなちゃんの顔が『変』なのには、みんなも気づきました。なぎさちゃん、たまみちゃんが声を揃えて言います。
「わかなちゃん、目がぱんぱんだよ」
すると、わかなちゃんは、鏡でわかなちゃんの顔を見て言います。
「うっわ、やっば、KOされたボクサーかよーう」
わたしには、わかなちゃんが言った意味が分かりませんでしたが、なぎさちゃんとたまみちゃんのふたりが笑ったので、わかなちゃんは面白いことを言ったのだとおもいます。
「あー、昨夜、冷やしてないでしょ?保冷剤で冷やすと良いよ。ご飯は食べられそう?」
ひかりさんが言う。わかなちゃんは、
「食うし」
と言って、わたしの横に座る。
「おはようございます。」
いつものように朝の挨拶をする。
いつもなら、「ん」とわかなちゃんは応える。けど、今朝は違う言葉が返って来る。
「ゆきこ、昨日は、あれ、ありがとーう」
わたしはわかなちゃんの言葉を頭のなかで繰り返す。再生、停止、巻戻し。再生、停止、巻戻し。再生、停止。そこで「あれ」のヒントがないことに気がつきます。
「あれ、というのは、何ですか?」
「あー、あれはさ、ゆうべさ、ひかりさんと一緒に迎えに来てくれたやつー」
わかなちゃんのおかげで、わたしは、「あれ」が何か分かります。わたしは頭の中の言葉を外に出そうと試みます。この場合は、この場合は、この場合は、
「どういたしまして」
「うん」と、わかなちゃんは言います。
わたしは、わたしの言葉が合っていたことが分かります。
「みんな揃ったね、はい、じゃあ、いただきます!」
ひかりさんが号令をかけます。わたしもいただきますを言います。いつもは言わないわかなちゃんが、小さな声でいただきますと言いました。わたしは、またしても驚きます。でも、不安はやって来ません。代わりに別のものがやって来ました。何でしょう、これは。ひかりさんの作ってくれるおみそ汁を飲んだときのようです。お腹のなかの方が、じんわりと温かいのです。
(それは、うれしいだよ)
床の上でごはんを食べているジンジャーが教えてくれます。それで、わたしは嬉しいのだと知ります。おもわず、
「わたしは、嬉しいです!」
と声に出します。すると、みんながご飯を食べる手を止めて、わたしの方を見ます。わたし、また、変なことを言いましたか?
とおもっていたら、隣のわかなちゃんが、くっくっくっと笑います。だから、やはり、変なことだったのでしょう。その証拠に、たまみちゃんも、なぎさちゃんも、みちこちゃんも笑っています。みんなが笑うほど変なことを言ったのでしょう。
「もう、みんな、笑ってないで、早く食べて支度して」
と言ったひかりさんも、あははと笑っています。それを聞いていたら、わたしもなんだか笑いたくなったので、あははと笑いました。
わたしは、六時六分に起きました。
だから、今日も世界は大丈夫です。
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