twinkling 3|ゆきこ★★★


 そこは、宇宙でした。

 大切な場所とは、宇宙のことだったのです!


 けれど、わたしは、最初、何が起きたのか分かりませんでした。というのも、つい先ほどまでわたしがいた場所と、あまりにも違ったからです。わたしはいつの間にか眠ってしまって、夢でも見ているのかもしれないと、おもったほどです。


 いいえ、違います。


 そんな訳があるはずはありません!なぜなら、わたしは、しっかり起きていたのですから!ジンジャーがラリホーでもとなえたのでしょうか?


 いいえ、それも違います。


 なぜなら、ラリホーはゲームの魔法ですから!わたしは、わたしの考えていることが急に可笑しくなって、くすくすくすと笑ってしまいました。


 どうして、宇宙だと分かったのか、それは簡単です。そこは、深い闇のなかで、たくさんの星が輝いていたからです。首をぐるりとまわして見渡すかぎり、あちらも、こちらも、そちらも、どちらも、きらきら、きらきら、きらきら、きらきら、輝いていました。わたしは、理科の授業で宇宙を見たことがあったので、すぐに分かりました。いま、わたしが見ているのは、それとまったく同じものでした。


 わたしは、宇宙にいます。

 これは『変』ですか?『変』ではありませんか?わたしは『変』だとおもいます。だから、おかしくなって笑ったのです。考えていたら、また、可笑しくなって来ました。くすくすくす。


 それにしても、そこは、まったく静かで、とても騒がしい場所でした。そこは、真っ暗な闇で、真っ白な光の場所でした。そこは、なにひとつなく、すべてがある場所でした。わたしは不思議な感覚になりました。あたまがふわふわ浮いているような感覚です。耳の奥が、つんと塞がるような感覚もします。でも、わたしは、驚きはしませんでした。


 なぜなら、そこは、宇宙だからです。


 理科の授業で、先生が教えてくれたとおりです。ふわふわとして、つんとする。きっと、これが、宇宙に来たときに感じるものなのです。先生は、宇宙に行ったのは人間だけではないことも教えてくれました。わたしはとても驚いたことを覚えています。


 最初に宇宙に行ったのは、ライカという名前の犬です。ライカは、一九五七年十一月三日、スプートニク二号に乗って宇宙へ行きました。しかし、残念なことに、ライカは生きて帰ることができませんでした。それは、悲しいことです。


 つぎに宇宙に行ったのはガガーリンという名前の人間です。ガガーリンさんは一九六一年四月十二日、ボストーク一号に乗って宇宙へ行きました。ガガーリンさんは無事に帰って来ることができました。帰って来れて、よかったです。


 そのあと、猫が宇宙に行きました。フェリセットという名前の猫です。フェリセットは一九六三年十月十八日にヴェロニク号に乗って宇宙へ行きました。フェリセットは白黒の野良猫でした。フランスのパリというところで暮らしていましたが、大抜擢されたのです。けれど、フェリセットが嬉しかったのか嬉しくなかったのか、わたしには分かりません。なぜなら、わたしはフェリセットではないからです。フェリセットは嬉しくなかったかもしれません。後にも先にも、猫で宇宙に行ったのはフェリセットだけです。ですから、ジンジャーは宇宙へ来た二匹目の猫ということになります。


 あ、そうです、ジンジャーはどうしたのでしょうか?わたしはジンジャーのことを思い出しました。わたしは、ここへ来る前にジンジャーのかぎしっぽを握っていたはずです。しっかりと握っていたので離すはずがありません。わたしは、しっぽを握った左手を見ました。すると、どうしたことでしょう。わたしが、ジンジャーのしっぽだとおもって握っていたものは、しっぼではなかったのです!


 わたしが握っていたのは、わたしよりもすこし小さい手でした。小さな手の華奢な指は青白く透明な光を放っています。いったい、これはだれの手なのでしょうか?わたしはとてもとても驚いたため、手を離しそうになりました。すんでのところで離さずに済んだのは、声が聞こえたからです。


「手を離さないで!」

 小さな手の男の子が言います。


「わかりました。離しません」

 わたしは男の子の言う通りにします。


「ありがとう。ここにいるときは、手を離したらいけないよ」

 男の子は言います。


「どうしてですか?」

 わたしは男の子に質問します。


「元の世界へ戻れなくなるから」

 男の子は、そう説明します。


 元の世界とは、きっと、ホームのお家がある世界のことでしょうね。わたしはホームで暮らしているので、元の世界は戻れなくなるのは困ります。だから、男の子の言う通り、手を離さないようにと頭のなかで繰り返します。しっかりと言い聞かせたところで、わたしは男の子に尋ねます。


「質問が三つあります」と聞くと、

「なに?」と男の子が言います。


「ひとつめは、あなたはだれですか?」

「ふたつめは、ここはどこですか?」

「みっつめは、ここでわたしたちは何をしているのですか?」


 質問を言い終えたあと、わたしは、あることに気づきました。それは、わたしの中にある言葉が、そのまま外へ出せているということです。けれど、その質問はしないでおきました。


「質問に答えるね。ひとつめ。名前はひかる、えっと、これは、説明が難しいからひとまず、ひかるってことにしておいて」


 ひかるくんがそう言うのでわたしは頷きます。

 

「ふたつめ。ここは宇宙だけど、宇宙じゃない。ゆきこさんの生きている場所とは違うところなんだ、わかる?」


「ひかるくんの言うことは難しいです。ここは宇宙だけど、宇宙じゃなくて、わたしの生きている場所とは違うと言います。では、ここは、どこですか?」


 わたしは、ふたつめの質問に対して質問をしてしまいました。これでは、四つになってしまいます。つまり、わたしは嘘をついたことになります。わたしは嘘をつきます。なぜなら、人間だからです。これは変ですか?いいえ、変ではありません。人間は、みな、嘘をつきます。ですから、嘘をつくことに嘘をついてしまったら嘘になります。大変なことです。そんなことをしたら、自分が消えてしまうでしょう。わたしは、そうおもいます。


「そうだよね、難しいよね。うーんと、そうだな、じゃあ、ゆきこさんのホームがある地球がある宇宙とは、べつの宇宙。宇宙はたくさんあるんだ。ここは、そのひとつ。どう?」


「たくさんある宇宙のひとつ……」

 わたしはひかるくんの言葉を繰り返します。七度繰り返したところで、ようやく頷くことができました。ひかるくんは、とてもとても難しいことを言いましたが、一度、理解できると簡単でした。パッと電気が点くのと同じです。ここは、たくさんある宇宙のひとつです。


「じゃあ、みっつめ。これが一番重要なことだけど…」


 ひかるくんはそう前置きして、ひと呼吸してから言います。


「ゆきこさんには、大切な役目がある。だから、ここへ来てもらったんだ」


 わたしが首を傾げていると、ひかるくんは続けます。


「それと、よっつめの質問は、ここには、ゆきこさんを縛りつけるものは何もないんだ。重力も概念も。だから、自由に言葉を操ることができるし、おもったことを、そっくりそのまま感じることができる。だから、さっき、ゆきこさんが言わなかった質問もわかった。それに、ここは、からだはふわふわするし、耳の奥がつんとなるよ。なぜならね、ここには、ないものがあるから。とってもたくさんのないものにあふれてるんだ。」


 わたしのなかで、ふしぎと、びっくりと、なるほどと、それと、それと、それと得体の知れないいくつかの気持ちが、ぽんぽんぽん、ぽんぽんぽんと、現れます。頭のなかでポップコーンが弾けています。ぽんぽんぽん。


 どれくらいの時間が経ったでしょう。わかりません。わたしのなかで弾けたポップコーンの気持ちが落ち着いたら、ひかるくんに聞きたいことが残っていました。これは、五つめの質問です。


「大切な役目って、なんですか?」


 わたしは、ひかるくんの大きな目を見ます。ひかるくんも、わたしの目を見ます。そうして、ひかるくんは、ゆっくりと、わたしの役目を話し始めます。



「さあ、もとの世界へと帰ろう」

 ひかるくんが言ったのです、わたしは目一杯に頷きます。ひかるくんが手を差し出します。わたしは、言われたとおりに右手でそれを握ります。


「くれぐれも、離さないように」

 ひかるくんは同じことを何度も繰り返し言います。わたしが離すとおもっているのでしょうか。いいえ、わたしは離しません。ひょっとしたら、心配性なのかもしれませんね。くすくすくす。


 宇宙と宇宙の狭間に吸い込まれて帰れなくなるのは、きっと、だれだって嫌でしょう。ライカだって、ガガーリンだって、フェリセットだって。



 ひゅん。



 出口を抜けると、目の前にライトの光がふたつ見えました。わたしは眩しくておもわず目を細めます。ライトの向こうからわたしの名前を呼ぶ声が聞こえます。なぎさちゃんと、ひかりさんの声です。良かった、ひかりさんが来てくれました。わたしはひかりさんの目の前まで行き、言葉が溢れてしまわないうちにしっかりと伝えます。これは、わたしの大切な役目です。



「ひかりさんのお兄ちゃんは、生きています」

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