第20話先行調査

「認められません! セレストだけを先行調査に行かせるなんて」


 ディノスの激高した声が、僕の宿直部屋に響く。

 耳に指を押し込み、大声を相殺していたクロウがため息をつく。


「もう決まったことなの。諦めなさいって」

「しかし、私はアグナル王子からセレストの護衛を命じられているんです。それを放棄しろというのですか」

「その王子が認めた作戦なんだから、こっちが優先。子供みたいに騒ぐんじゃないよ」

「しかし!」


 ぐぬぬ、とディノスが唇を噛んだ。

 ウェルス侯爵の屋敷から帰ってきて四日後。

 またしても石材倉庫にクロウが現れた。

 今回は誰にも聞かれない部屋で話をしたいと言われ、僕の宿直部屋に案内したところだ。

 そこでクロウが、ペロー採掘場の先行調査をすると宣言した。


 ウェルス副総裁を筆頭に、最近のペロー採掘場高等級魔石低減の原因を解明に行くことになったのだが、やはりどうしても事前に監査の通達をする必要が出てきたらしい。

 

 今まで前例が無いことなので、印章院でも監査の方法などに協議が必要となった。ペロー伯爵の悪事を暴くことが主目的だが、そんなこと表では言えない。

 初めての監査を、無予告で臨場するのはいささか強引すぎる。他の貴族達のいらぬ反発を招きかねないと判断されたらしい。


 そこで先行調査として極秘裏にクロウと僕、ほか数名が採掘場に潜入して悪事の証拠集めをすることになった。

 証拠が集まればそれでよし。集まらなければ、監査だけをして終わる。

 アグナル王子の権威が、できる限り傷が付かないように組まれた計画だ。


 その先行調査員として選ばれた僕は、表向き熱を出して倒れたことになる。

 医療部から隔離を言い渡され、この部屋で丸一日中寝ていることになるそうだ。

 他の印章官たちに、僕の不在を気取られないようにするための偽装だった。

 

 そうなると、僕の護衛騎士であるディノスは城に居ないとおかしなことになる。

 そこでディノスが激怒したというわけだ。

 彼は誰もいない部屋を警護することになるんだから。


「ディノス、僕は大丈夫だ。クロウの部下の人が守ってくれるらしいし」

「セレストは黙っていてください。そもそも印章官がなぜ先行調査に行かなければならないのですか。悪事の証拠集めなら、クロウだけでいいはずだ」


 怒り心頭のディノス。反対に冷静なクロウ。

 僕はその二人を見ながら、困ったぞと頭を掻いた。

 僕としては、嫌だと騒いだところで連れて行かれるんだからもう仕方ないと諦めている。

 

「印章官というよりはフィノンの知識が必要なんだよ。それにフィノンは平民だ」


 言外に、平民だから危険な目に遭わせてもいい、と言われる。

 ま、そうだよな。

 僕がもし貴族なら、ここまで巻き込まれていないはず。いままでのことも、結局僕が平民出身だから巻き込まれているんだろう。

 ディノスがクロウの胸ぐらを掴んだ。


「貴様っ!」


 やりすぎだ。僕は慌ててディノスにしがみつき、クロウから手を離すように腕を引っぺがした。


「激高するな、現実を見ろ」


 クロウの冷たい目。

 僕もゾッとする。

 昏く感情の無い目に、彼の底知れなさを感じる。

 この男、本当に何者なんだ。


「明日の早朝、この城を出発する。フィノン、準備をしておけ。服はこっちで用意する」

「わかった。クロウの言うとおりにしよう」


 ディノスが絶望した顔で、僕を見る。

 そんな顔をしてもダメだ。

 一応、印章官としても人としても、それなりに誇りがあるんだ。

 悪事を暴くため、僕は僕の出来ることをする。

 

「ディノス、これでも僕はこの国が好きなんだ。これが国を守ることになるなら、危険な仕事だってやってのけるさ」

「セレスト……」


 ディノスの腕にしがみついていた僕は手を離す。

 クロウが一つ息を吐き、宿直部屋から出て行った。

 厄介ごとに巻き込まれるのは、僕が優秀で、平民だから。

 嫌になってしまうな、もう。

 僕は苦笑するしかなかった。


 □ □ □


 その日の真夜中。

 僕の部屋をノックする音で、僕は目覚めた。

 誰だ一体。

 こんな時間に。

 

 「誰だ」


 誰何に答えたのは、予想外の人物だった。


「私です。夜中にすみません」


 僕は慌ててベッドから降りて扉を開けた。


「どうしたんだディノス」

「これを渡したくて、屋敷に戻ったらこんな時間になりました」


 ディノスは手に何かを握っていた。

 真っ暗な部屋では分からない。僕は彼を部屋の中に入れた。

 そしてテーブルのランプをつける。

 ランプ周辺だけ明かるくなる。

 僕はディノスを見上げた。

 どこか思い詰めている顔で、ディノスがそれを差し出す。

 手のひらに載っていたのは、赤い魔石の嵌まった指輪だった。


「これは?」

「火属性の魔石の指輪です」


 知りたいのはそこじゃない。なぜその指輪を僕に差し出すんだ。

 疑問符が浮かぶ僕の手に、ディノスが指輪を載せた。


「おい、ディノス説明しろって。理由も無く受け取れないよ」

「これは父が、私が結婚して家を持った時に印章指輪に出来るように買ってくれたものです。ですから、それなりの等級で相当の魔力があると思います」

「確かに三等級くらいの魔石を使ってるみたいだけど、いや、そうじゃなくて」

「セレストなら、この魔石を使って治癒が出来るでしょう?」

 

 僕ははっとする。

 確かに魔石の魔力を使って、人の治癒力を上げる事はできる。

 実際に頭を打ったディノスを癒やしたこともある。

 だから、なのか。僕がそうやって魔石を使ったから、その魔石を僕に与えようというのか。


「今回私は護衛ができません。ですから、私の代わりにこれを。何かの役に立つかと思いまして」

「…………君、そこまでして護衛を全うしようというのか」

「セレストだからです。どうか、無事に」


 言葉に詰まったディノスが、急に腕を伸ばした。

 そして僕の腕を引き、強く抱きしめてきた。


「!」

「私の元に帰ってきてください。そしてその指輪を返すなら、直接私に返してください」


 すっぽりと腕の中に嵌まってしまった。

 ディノスの体の温かさに思わずうっとりしかけ、我に返る。

 彼がこんなにも怯えているのは、リザロ卿のことがあるからだ。

 僕だからじゃない。

 そこは勘違いしてはいけない。僕はぐっと手を握る。


「……無事に帰ってくるよ。なに、悪運だけは強いんだ」


 指輪を返そうかと思ったけど、ディノスの心中を考えれば、ここは受け取ってやろうと思った。

 そうすることで、少しは心穏やかになるだろう。


「指輪もありがとう。身につけておくよ」


 僕は首からぶら下げていたチェーンを引っ張り出した。留め具を外し、ディノスの指輪をチェーンに通す。


「印章指輪、ですか」


 ディノスが先にぶら下がっていた指輪を見て呟いた。


「僕が生まれた時に握ってた指輪なんだ。……無くさないように、ここに一緒にぶら下げておく」


 ディノスが僕の指輪を指で掴み、そっと唇を寄せた。


「どうか無事で」


 騎士が姫の指先に口づけするような優しさだった。

 何度、僕を惚れさせれば気が済むんだろう。

 僕は目を瞑り、こみ上げる愛しさを喉奥に流し込む。

 苦いものを飲み込んだ僕は、ディノスの胸を軽く押した。

 もう離れてくれ。

 その体温を思い出すだけで、狂いそうになる。


「夜も遅い。僕は明日早いんだ。もう寝るよ」

「そうですね。……夜分にすみませんでした」


 ディノスが自室に戻る。

 僕は胸にぶら下がった二つの指輪を握りしめた。

 火属性というその指輪は、ディノスの抱擁のように暖かく優しい光を放っていた。

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