第19話派閥

 ウェルス侯爵家からの帰り。馬車の中で、僕は向かいに座るディノスに尋ねた。


「なあ、貴族の派閥ってどうなってるんだ。君の家は僕のせいで巻き込まれたんじゃないか」

 

 アグナル王子とその兄、カークス王太子には確執がありそうな雰囲気だった。

 となると、その兄弟を取り巻く貴族達の派閥があってもおかしくはない。

 今まで気にもしていなかった派閥が気になってきた。

 ウェルス侯爵の代理がクロスター家になったのも、僕がオークションに参加することになったからだ。

 

「そのあたりは大丈夫ですよ。私の家はマルチダ伯爵を補佐する家系。そのマルチダ伯爵はアグナル王子の母君と血縁関係がありますから、第二王子派です」

「じゃあ迷惑をかけたわけじゃないんだな」

「そもそも派閥の関係を調整するのはクロウの役割かと思います。セレストが気にする必要はありません」


 そうは言っても気にはなる。

 けど、派閥的にも問題がないことを聞いて安心した。


「ちなみにペロー伯爵はどこの派閥なんだ?」

「……おそらく第二王子派でしょう」

「え」


 僕は思わず身を乗り出した。

 王子の派閥に、問題を抱えている伯爵が居るのか。


「採掘場を持つ家は、印章院の総裁の派閥に入ることが多いのです。私も詳しくはありませんが、特別な事情がないかぎり中立派や第一王子派には移らないと思います」

「じゃあ王子は自分の派閥の監査をしようとしているのか」

「そうなります」


 アグナル王子は公明正大な人物なんだな。

 身内だからと隠蔽に走るんじゃなくて、公平な裁きを与えようとしている。

 それはとても大変なことだろう。なのに逃げずに立ち向かっている。

 少しだけ王子の好感度が上がった。


「ちなみにリード子爵のことは知っているか?」


 僕を今まで騙していたクロウの事を尋ねてみれば、ディノスも「知りませんでした」と首を振った。


「私が把握しているのはクロスター家に関連する家だけです。兄ならもっと詳しいのですが……」


 未来のクロスター子爵なら、確かに貴族の派閥と名前は詳しいだろう。

 ディノスの家族の話が出てきたので、ついでに聞いてみた。


「君は他に兄弟はいるのか?」

「嫁ぎましたが、姉が一人いました」

「じゃあ君は末っ子か」

「そうなります。ですが兄と姉とは一回りほど歳が離れていましたので、末っ子という感じはありませんでしたが」

「そうなのか」


 淡々と家族のことを語るディノス。家族に特に思入れはないといった風情だ。

 家庭環境が複雑だというのは知っていたが、改めてそれを痛感する。

 この様子だと実父に対しても同じような感じなんだろうな。

 あまり深入りしては、ディノスの迷惑になるだろう。この辺りで話題を変えよう。


「それよりも、アグナル王子は落札したハンドクーラーを何に使うんだろうな」

「……………………ハンドクーラーじゃないでしょうか」


 そこで赤面するなよ。話を振った僕まで恥ずかしくなってくる。

 もっと軽い感じで返してくれるかと思ったのに。


「あれだけ質のいい魔石だ。お守りにしてもいいと思うんだよ。知らないか、民間では安い魔石を小さな袋に入れて、属性に合わせたお守りとして販売してるんだ」

「お守りですか?」

「そうそう。火属性は良縁祈願。水属性は病気平癒。風属性は開運祈願。土属性は子宝祈願。金属性は商売繁盛。こんな感じだな。魔力を持たない庶民も、魔石の力にあやかりたいと購入する人が多いらしい」

「そうなんですね。それは知りませんでした」

「魔石市でも、クズ魔石を研磨してお守り用に大量販売しているよ。あれはいい商売になる」


 ディノスがクスクスと笑った。

 久しぶりに自然な笑顔を見た気がする。最近は妙にこちらを意識しているようで、ぎこちない笑顔だったんだよな。

 僕も笑う。


「そういえば、君の領地で「赤い花」を作ってるんだって? あれってご婦人方に大人気の砂糖菓子なんだろ?」


 ウェルス侯爵の手土産に渡したお菓子だ。

 僕も名前は聞いたことがある。

 一口食べれば楽園の香りがするんだとか。

 超高級品で、販売個数も少ないらしいから、庶民の僕には到底手に届かない品だけどね。

 その菓子の香料に魔石が使われていると聞いて、興味があったんだ。


 ちなみに魔石の種類には、特定の樹木――有名なのはギレシアやアバロンだろう――の樹液が固まったものがある。こちらも希少な魔石だ。

 樹液だから「石」と名付けるのはいささか不適当かもしれないが、まあ古代から宝飾品としても珍重されたモノなので、大きな類別で魔石とされている。この樹液の魔石は、小刀で削れる。その削り粉を燻すと、それはそれは甘く華やかな香りがすると言われている。

 今では香水の原料や、菓子の香り付けなんかに使われるというわけだ。

 

 ただ、この手の香りはとても中毒性が高く、用量をきちんと守らないと危険な魔石でもある。

 この香りに魅入られて、毎日香を焚いていた人物が、錯乱状態に陥ったという話も聞く。

 悦楽と毒は紙一重。そんな魔石がこの世には存在するんだ。


「はい。ルピアという花を砂糖漬けにしたものなのですが、王妃殿下が召し上がったことで人気になりました」

「そうそう、そのルピアという花がまた数が少ないんだとか?」

「栽培が難しい品種でして、大量には作れないそうです」

「花の風味を生かすために、ギレシアが使われていると聞いたんだ。それは本当かい?」


 するとディノスは曖昧に笑った。


「私にはわかりません。その辺りは兄の管轄ですから」

「そうなのか。それは残念だ」


 確かに護衛騎士として城に勤めているディノスでは、詳しい話は分からないだろうし、知っていても教えてくれはしないだろう。

 家の秘密というやつだ。


「……なあ、一つでいいから食べてみたいんだ。余りのクズ菓子でいいから手に入ったりしないか。対価は払うから」


 魔石を愛する者として、ギレシアを使った菓子を機会があるならば食べてみたい。

 一縷の望みをかけておねだりしてみれば、ディノスは目を瞬かせて「兄に聞いてみます」と言ってくれた。

 嬉しさのあまり、ディノスの手を取り、ブンブンと上下に振った。


「ありがとうディノス。ありがとう」


 ディノスの耳がまた赤くなった。

 僕の手を外し、顔を背ける。


「確約はできませんよ」


 この程度で赤くなって、僕の護衛騎士が続けられるんだろうか。

 若干心配になってきた。

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