第18話ウェルス侯爵家
ウェルス侯爵から招待を受けた当日。
僕は着る服に悩んだ。
貴族の家に行っても失礼に当たらないような服なんて持ってない。
新しく服を購入するという選択肢は無かった。僕の給料じゃクラヴァットを買うだけでせいぜいだ。
だとしたら、残るは魔法士の制服しかないだろう。これなら公の場に出ても問題ない正装だ。
箪笥の前で唸っていた僕が制服を着て部屋を出たところ、近衛騎士団の制服を着たディノスが僕を待っていたから、制服は正解だったに違いない。
ただ、ディノスはクロスター家から持たされた手土産があるようで、小さな小箱を手に馬車に乗り込んでいた。
城から馬車で二十分ほど揺られたところに、侯爵家はあった。この間の歌劇場並の大きさがあるんじゃないだろうか。
呆けた顔で馬車から降りた僕の背中を、クロウが小突いた。
「ぼーっとするんじゃない。呆けるのも分かるが、しゃんとしろ」
「わ、わかった。ちょっとびっくりしただけだ」
馬場から階段を上がり、大きな玄関扉の前で僕らを待つ家令の所まで歩いた。
「ようこそいらっしゃいました、リード閣下、クロスター閣下、フィノン様」
家令がお辞儀をしながら言う。
リード閣下? クロウのことだろうか。クロウというのは偽名だったのか? 僕の疑問を感じただろうクロウは、ニヤリと笑っただけで答えなかった。
「本日はウェルス侯爵の招きで馳せ参じた。お目通り願えるだろうか」
「どうぞこちらへ」
家令に案内され、僕らは屋敷の中に入る。
屋敷の天井は高く、採光のために大きなガラス窓が幾つも並んでいて、光の筋を廊下に落としていた。
ふかふかの絨毯を踏みしめながら、応接室と思われる場所に案内される。
「こちらでお待ちください」
そういって家令は出て行ってしまった。
残された僕たちに、妙な間が出来る。僕が座る場所をためらったために出来た間だ。
「リードって、貴方は一体何者なんだ」
「影のうっすい、寂れた領地の子爵だよ」
「じゃあクロウと名乗ったのはなぜなんだ」
「偽名だな。爵位と関係ない仕事のときはこっちの名を使うってだけだ」
あっけらかんという彼に、僕は続ける。
「最初に平民だと僕に言ったのは嘘だったのか。ギルド長のところでも、貴方は平民だと言ったぞ」
僕が睨めば、クロウは肩をすくめて見せた。
「正しく言えば、元平民だな。お前さんくらいの年頃の時に、とあるお方に命を救われてな。その縁があって、リード子爵の養子となって、家を継いだんだ」
「じゃあオークションの時も、ディノスを立てるんじゃなくて、貴方が主人になればよかったじゃないか」
「やだよ、面倒くさい。それに俺は目立っちゃ駄目なの。そういう役回りなの。分かりなさいよ」
どこまでが本音なのかよく分からない回答に、僕は眉間に皺を寄せる。
「貴方は一体どんな役職に就いてるんだ。全く分からない」
「貴族の雑務全般を処理している、苦労人だよ。お前さんも同じようなもんだろ」
「僕は印章官だっ」
力一杯否定したが、クロウは全く信じてない顔だ。
「ひとまず席に座りましょう。リード卿、どうぞこちらへ」
ジェノスも困惑した顔で、ソファの上座を勧めた。
「今までとおりクロウでかまわんよ。まあアグナル王子に関わった時点で、俺の同類ってことには変わりないから、諦めるんだな」
ソファに座りつつクロウが言う。
それに否定は出来ない。いつの間にか印章官の職分を越えて仕事をしている気がするのだ。
だんだん逃れられないところに来ている気がするが、気のせいだと思いたい。
僕はソファの一番下座に座る。そして僕の護衛をしようとするディノスを見上げる。
「君も座るといい。君だって今日の招待客だ」
「ですが……」
「侯爵家で印章官の拉致事件は起きないだろうさ。座って待っていようぜ」
クロウの言葉に、諦めたようにディノスがソファに座ったのだった。
□ □ □
僕たちが応接室に通されて十五分ほど経った頃、家令が現れ、また別の部屋に案内した。
先ほどよりも大きく広い応接室で、そこで待っていたのはアグナル王子とウェルス侯爵の二人だった。
王子が居るなんて聞いてないんだが。
クロウを見ると、彼もどこか引きつった顔をしている。
「待っていたぞ、競り落としたという魔石を早く見てみたくてな。頑張って仕事を片付けてきた」
明るい王子の声が応接室に響く。
応接のテーブルには、今回落札した六つの魔石が並んでいた。
「俺の貯めていた小遣いの大半を払って買った品だ。一番に見る権利があるだろう?」
当然だと言わんばかりの主張。王子の隣に座っていたウェルス侯爵が、指で眉間を揉んでいた。
「落ち着いてくださいアグナル様。値段に糸目はつけないといったのは貴方じゃありませんか。想定よりも高い値が付いたのは、予算を決めなかった貴方の責任です」
「だが、一等級の魔石の転売を止めるのも、印章院総裁の役目じゃないのか」
「何事にも計画と予算は必要です。これで良い勉強になりましたね」
普段よりも砕けた口調のウェルス侯爵に、アグナル王子もどことなく甘えている雰囲気だ。
僕たちは入り口で立ち尽くしたまま、二人のやりとりを聞いていた。
「貴方たちも、そこで立っていないで、こちらに座りなさい」
ウェルス侯爵に促され、僕らは王子と侯爵の向かいのソファに座った。
奥からクロウ、ディノス、僕だ。ディノスが一瞬僕の後ろに行こうとしたが、それを僕は阻止した。
僕らが座るのと同時に、アグナル王子がニコニコ顔で言った。
「闇オークション、ご苦労様だった。聞けばザデス侯爵と接戦だったとか。よく競り落としてくれた。確実に一等級を落とすクロスター家と評判だったぞ」
王子の言葉で、僕はあの買い手の背後の人物を知る。あと、仮面被った意味ないじゃないか、と思わないでもなかった。
「お褒めの言葉ありがとうございます。遠目でしたから、等級にいささか不安があったのですが……」
並んだ魔石を見れば、一部で落札した魔石たちは全て一等級だった。ただ、二部の魔石は一等級二つに、二等級が一つだった。落札対象をハンドクーラーに絞ったから、二等級が混じるのは仕方がない。
「クロスター家には名を貸して頂いて、大変助かった」
ウェルス侯爵がディノスに向かってそう言う。ディノスが畏まったように頭を下げた。
「いえ、父も侯爵のお役に立てるのなら望外の喜びだと。本日もお招き頂きありがとうございました。父より、我が領地で作っている「赤の花」をお届けせよと言付かっております」
ディノスが手にしていた小箱を差し出した。
「ほぉ、あの「赤の花」か。最近王都で流行っているらしいな。なんでも花の砂糖漬けだとか?」
「はい。飲み物に入れると、風味が増します。お口に合えば良いのですが」
「姪が欲しがっていたものだ。ありがたく頂こう」
応接室の壁際に控えていた家令が、ディノスの側に寄り小箱を受け取った。
「それで、一番高いのがこの青い指輪なのだろう。一体どういう魔石なんだ」
王子がウキウキしながら尋ねる。
僕はポケットから小型拡大鏡を取り出した。
「詳しい鑑定をしてもよろしいでしょうか」
王子と侯爵に断りを入れる。
王子が鷹揚に頷き、侯爵も「どうぞ」と言ってくれた。
一応魔石のアタリはついているんだけど、念のための鑑定だ。
僕は直径三センチはあろうかという大きさの魔石を、拡大鏡で観察する。
内部の中心に夜空の一等星のごとく煌めく輝きがあった。やはり魔核由来の魔石だ。そしてこのオーシャンブルーの濃い青。
拡大鏡をポケットにしまい、指輪に手をかざす。
「解析開始」
魔法で属性を特定する。……水属性。それもかなり強い。
「追跡開始」
続いて採取場所の特定。 南方の海。
やはりな。
僕は指輪を置いた。
「これは南の海に生息するレイヴァントという魔物の魔核です。別名海竜王とも呼ばれる、強大な魔物です。そのため採取が大変な魔石になります。おそらくこの大陸においても、これだけ美しい形で存在するレイヴァントの魔石は、片手の数も無いでしょう。数十年に一度、もしくは百年に一度採取できるかどうか分からない魔石といえます」
僕の説明で、アグナル王子とウェルス侯爵の目の色が変わった。そんなに貴重だとは思ってもみなかったのだろう。
だからこそ二億ギル越える価格がついたし、あの買い手も拘ったんじゃないだろうか。分かる人物が見れば、超弩級の掘り出し物だと分かるはずだ。
「では、この魔石はどうだ」
王子が隣の指輪を指さしたが、ウェルス侯爵が「その前にこちらを鑑定してもらおう」と言った
ウェルス侯爵が指さしたのがハンドクーラーたちだ。
「リード卿、二部の商品はハンドクーラーに的を絞ったな?」
「はい。ご主旨を鑑みて、ハンドクーラーを選択しました」
クロウが言う。
僕の背中がゾワリと震えた。また何か巻き込まれる予感がする。
「ふむ。詳しい鑑定はまだなんだな」
「はい。今回は等級も関係なく、ハンドクーラーを落としてきました。ご存じのとおり、ハンドクーラーという名は付いていますが、未加工の魔石たちです」
侯爵が考え込む。その間が恐ろしい。
「フィノン印章官、鑑定を頼む。念入りにな」
侯爵がことさら強調して言った。僕はゴクリと唾を飲みこんだ。
並んだハンドクーラーは、色形が異なっている。軽く研磨されているが、見ただけでは等級くらいしか分からない。
この魔石にどんな謎が含まれているんだ。手に冷や汗がにじみ出ていた。
「承知しました」
恐る恐るハンドクーラーという名の魔石を掴み、小型拡大鏡で表面と内包物を確認する。
一つ目、鉱物由来の魔石。一等級。
二つ目、鉱物由来の魔石。一等級。
三つ目、鉱物由来の魔石。二等級。
続いて魔石に手をかざす。
「解析開始」
一つ目、風属性の魔石。
二つ目、風属性の魔石。
三つ目、風属性の魔石。
ここまで鑑定して、僕は眉をしかめた。これは……
「追跡開始」
より詳しく魔素の成分を確認する。
そして僕はクロウたちが何を探していたのか、その一端を掴んだ気がした。
鑑定を終えた僕は、アグナル王子、ウェルス侯爵、クロウを見回した。
そして苦々しい顔で言う。
「この魔石はすべて風属性の魔石です。そして全て北部地方、ペロー産の魔石に違いありません」
僕がそう言えば、アグナル王子が「やっぱりな」とつぶやき、ウェルス侯爵が「そうか」と重々しく頷いた。
「ペロー産の魔石はここ数ヶ月、等級の低いものばかりが納められています。等級が高いものがこれだけの確率でオークションに流れているというのは異常かと」
クロウがトドメを刺すように言う。
僕はそんな言葉聞きたくない。知りたくない。
耳を塞ぎたい気持ちになりながら、それでもクロウの言葉を聞かざるをえない。
「ましてや偽物の印象指輪もペロー産です。ペロー伯爵は何か抱えていますね」
決定的な台詞をクロウが言った。
王子が膝を手で叩いた。
「ペロー伯爵を調べよう!」
「…………簡単に言わないでくださいアグナル様。理由もなく調べることは出来ません」
そこに言葉を被せたのは意外にもクロウだった。
「ペロー伯爵は金銭的に困窮していたようです」
「なに」
ウェルス侯爵の片眉が跳ね上がる。
「今、裏を詰めていますが、どうも惚れ込んだ女性がいるようでして」
装飾品をジャブジャブ購入しているということだ。
ウェルス侯爵が低く唸った。
ペロー伯爵には、王家を裏切ってでも金銭対策を講じる必要があった。だから印章指輪の偽造も、高等級魔石のちょろまかしも、そのための手段ということになるのだろうか。
なんと愚かな。どちらも大罪になるだろうに。
「それにウェルス侯爵の代理がクロスター子爵だと言う話も、そろそろ出回るでしょう。アグナル王子殿下がハンドクーラーを手に入れたと勘付かれるのも時間の問題かと」
クロウはそれだけ言うと口をつぐんだ。
「ベルナルド、印章指輪の偽物が出回っているという噂は、俺の耳にも入ってきている。ましてや未加工の魔石がこれだけ闇オークションに出ているんだ。これは王家に納めず、自分たちで流通を回している証左だろう。魔石はすべからく王家が管理する。この国を支える基盤の一つのはずだ。それが揺らいでいるんだぞ」
「わかっています」
ウェルス侯爵がこめかみを指で揉んだ。
しばらく目を瞑って考え込み、目を開けた。
「わかりました。ではこうしましょう。ここ最近ペロー産の高等級魔石量が減っていることを石材管理部が把握した。それに基づき、採掘場の監査を行うと。採掘する魔石の等級が全体的に落ちているのなら、しばらく採掘は中止し、魔素が魔石に蓄積するまで待つ必要がありますからね。その監査の間、リード卿いやクロウ、貴方は何かしらの証拠を探し出してきなさい」
「よし、それじゃあ採掘場に行く人員だな! むろん俺も行くぞ」
「いけません」
「しかし、王国の大事だぞ、ベルナルド。監査で俺が騒げばそれだけクロウたちが動きやすいだろう。俺はペロー伯爵を攪乱する役だ。せいぜい無茶振りを言って、困らせてやろう」
王子が胸を叩くが、ウェルス侯爵が強く「いけません」と制止した。
「もしペロー伯爵の裏が取れなかった場合、貴方の評判や信頼に大きな傷となります。それは、ひいては貴方を失脚させる切っ掛けになってしまいます。そんなことを許すわけにはいきません」
「今更だ。今更だよベルナルド。それで兄上の基盤が盤石になるなら、俺はそれでも構わない」
「アグナル!」
ウェルス侯爵が声を張り上げた。
僕はびっくりして侯爵を見てしまう。
どうしよう。
目の前で修羅場が繰り広げられている。
僕はどうしたらいいか分からず、隣に居たディノスを見上げた。ディノスも困った顔をしていた。
侯爵が大きく息を吐いた。そして声を抑えるように、静かに言う。
「………………分かりました、監査には私が出むきます。貴方は王都で報告を待っていてください。クロウ、今からエリノア伯爵を呼んで来てくれ」
クロウが立ち上がり、一礼をして部屋を出て行った。
残された僕たちはどうすればいいんだろう。
戸惑う僕たちに、王子が苦笑しながら「恥ずかしいところを見せたな」と言う。
僕とディノスは同時に首を横に振った。
「口外しないで貰えると助かる。つい口が滑った」
もちろんです、と首を縦に振る。
そんな様子の僕を見て、王子が魔石を指さした。
「値のある魔石を落札した礼をしたい。何か欲しいものはあるか。俺に準備出来る物なら用意しよう」
「いえ、特には。これも印章官の仕事のうちだと思いますので」
素直に欲しい物を言えるほど厚かましくはない。
丁寧に辞退させてもらおう。
「慎ましやかなんだな。わかった、いずれまた何かの折に礼をさせてもらおう」
王子はすんなりと引いてくれた。それに安堵する。
さて僕はこれからどうしたらいいのだろうか。エリノア伯爵が来るまで、ここで待ってなければならないのだろうか。
沈黙する僕に、ウェルス侯爵が助け船を出してくれた。
「……もう今日は帰るといい。これからエリノア伯爵と話し合うからな。後日、また君の元に連絡が行くだろう。その時は、その能力を遺憾なく発揮してくれ」
「はい」
僕とディノスは立ち上がって一礼したのだった。
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