第17話招待

 闇オークションの次の日。

 慣れないことをしたせいか、僕はぐっすり眠ってしまい、また寝坊した。

 部屋をノックする音と、僕を呼ぶ声で目を覚ます。


「はっ!」


 ベッドから上半身を起こす。

 慌ててベッドから這い出て、扉を開けた。


「おはようございます」

「おはよう!」


 想像とおり、ディノスが立っていた。

 けれど彼はどこかソワソワしていて、僕と微妙に目線が合わない。

  

「すみません、無理に起こしてしまって。ですが、時間が時間だったもので」


 僕は壁掛け時計を見る。時刻は午前九時になろうとしていた。


「うわぁ、またやってしまった」

 

 僕は頭を抱えた。


「昨日は大変でしたから。仕方ありません」


 そりゃ昨日は色々あったけど、こんなに熟睡するなんて。

 想定外だ。

 僕は部屋に戻る。早く着替えなくては。

 そして寝間着を脱ごうとして、その手を止めた。

 ディノスも僕に続いて中に入ろうとしていた。その彼に言う。


「あ――、一応一人で着替えは出来るから、ディノスは自室で待っていて貰えると嬉しいんだけど。終わったらそっちに行くよ」


 僕のナニまで見られた相手だ。今更恥ずかしがる必要もないだろうが、そうは言っても着替えを見守られるのは落ち着かない。

 貴族だったら違うんだろうけど、僕は平民だ。他人が居るところで着替えるのは、ちょっと恥ずかしい。


「! そ、そうですね。すみません。私は部屋に居ますから、身支度を調えたら声をかけてください」


 ディノスが顔を真っ赤にしながら踵を返した。

 何を思いだしているのかすぐに想像がつくような反応に、僕の方も恥ずかしくなってくる。

 あの時のことは、忘れて欲しいんだけどな。

 

 僕が無理なように、ディノスもきっと無理なんだろう。

 この羞恥心が消えるのにどれくらい時間がかかるんだろうか。ディノスが護衛騎士である以上、ずっと覚えていそうで怖い。


 一人でするときとは違う、他人の手の熱さは、僕に鮮烈な体験を与えた。

 あれを忘れろというのは、記憶を失えと言っているのと同じだ。

 下手をすれば一生忘れられそうにない。

 僕はため息をついた。


「なんでこうなってしまったんだろうな」


 僕の問いに答えてくれる人は誰もいなかった。


 さらにオークションから三日が経った。


 クロウがふらりと僕の職場、石材倉庫に現れた。


「フィノン印章官にクロスター、明日の午後に、ウェルス侯爵家に行くからそのつもりでな。あ、クロスターは護衛騎士としてではなく、クロスター家の一員としてだぞ」


 いつもの唐突さだ。僕は諦めたように頷いた。

 競り落としたオークション品がクロスター家に届き、さらにその品をウェルス侯爵家に届けたので、品物の検分をするらしい。


 そこに僕が呼ばれたということは、落札した魔石の鑑定をさせるつもりなんだろう。

 言いたいことだけ言ったクロウは、またフラリと消えてしまった。

 

「私も招待を受けてしまいました。私は護衛騎士なのに」

「今回はクロスターの名前を使ったから、そのお礼も兼ねてるんだろう。良かったじゃないか」

「たいしたことはしていません。活躍したのはセレストじゃないですか」


 そうは言っても、クロスターの名前でオークション品を購入したのだから、その家人であるディノスが呼ばれるのも当然だろう。


 クロウ曰く、下位貴族が高位貴族の代理でオークション品を購入することはよくあることらしい。オークションが貴族の楽しみの一つとはいえ、あまりにも高位の貴族にはふさわしい場ではないそうだ。


 アグナル王子の側近達が、必死に王子の参加を止めたわけだ。

 あんな場所に貴き血筋のお方が現れたら、主催側も参加者側も楽しめたものじゃないだろう。

 なお、クロスター家には、ウェルス侯爵からオークションの決済代金が送られたという。きっと驚いただろうな。侯爵から約四億ギルだもんな。

 

「呼ばれるのならば、父が妥当です。私ではなく」


 面倒ごとは子爵に押しつけたいというディノスの願望が透けて見えて、僕は苦笑を浮かべる。


「諦めるんだな。僕と一緒に行こう」


 そう言えば、ディノスが僕の目を見て、目元を朱色に染めるとそっと逸らした。

 ……最近こういうことが増えた気がする。

 ディノスの様子がおかしいんだ。


 気づけば僕を見ているみたいで、視線がよく合う。その割に、こうやって視線を逸らす。

 以前は微笑の一つでも浮かべていたのに。

 僕をめちゃくちゃ意識しているのが丸わかりだ。

 その原因を作ったのは僕だけど、あれはもう不可抗力だったし。

 これに関しては、時間が解決してくれることを祈るしかない。


「………………そうですね、一緒に行きましょう」


 妙に嬉しそうに言うディノス。

 僕はディノスの変化に戸惑うばかりだった。

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