第16話仮面オークション3
放埒の後のけだるい時間。
僕は無の境地にいた。
カウチソファに寝そべり、息が整うのを待つ。
動けないでいた僕の衣服を整え、僕のモノを受け止めたハンカチを屑入れに捨てるディノス。
もう羞恥心で死にそうだ。
唇を噛んでいた僕に、ディノスが早口で言った。
「まだ時間はあります。もう少し休んでいてください」
そう言うが早いが、立ち上がって部屋を出て行ってしまった。
呆然と彼を見送ったが、チラリと見えたディノスの股間、盛り上がってなかったか。
まさかと思うが、彼も催したのだろうか。
連鎖でそういうこともあるのだろうか。
「でも最悪だ。ディノスに手伝ってもらうなんて」
好きだった人に自慰を手伝ってもらうなんて、なんて拷問なんだ。
一服盛られたとはいえ、自分で処理も出来ただろうに。
差し出された手を拒否出来なかった。
覆い被さられて手に手を重ねられて、互いの息づかいが溶け合った。
最高に心地よい時間だった。
ついうっとりと思い出してしまい、僕は首を振る。
「思い出すな、僕。あれは同情だ。事故だ。記憶から抹消だ」
カウチソファの上で悶える僕。
しばらくはディノスをまともに見られそうにもない。
深いため息をついて、手で目を覆った。
「でも、どこまで優しいんだよ。普通ここまでするか? そんなに献身的じゃ疲れるだろ」
ディノスを詰るような声音になったのは、そんな優しさに甘えた自分の弱さを隠すためだ。
彼に甘えなくてもいいように、強くなりたい。そう思うばかりだ。
しばらく一人で休めば、下半身も落ち着いてきた。
そろそろ第二部が始まる。
ディノスは戻って来ていないが、会場に向かわねばならないだろう。
部屋の扉を開けた。
扉のすぐ横で、腕を組み、立っているディノスを見つけた。
「なんだ君、戻って来てたのか」
ディノスが居るとは思わなかった僕は、思わず普通に声をかけてしまった。
「……具合はどうですか」
ディノスがやや言いにくそうに尋ねる。
それで僕もついさっきの出来事を思い出し、うつむいた。
「あ、あぁ、もう大丈夫だ。君のおかげだよ、ありがとう」
あの行為に感謝するというのも気恥ずかしいが、こうして第二部にも参加出来そうなのは彼のおかげだ。
礼は伝えなくては。
「その、怒ってないんですか」
「怒る?」
意外な言葉に、僕は首を傾げる。
感謝すれど、怒る理由がどこにあるのか。
「勝手に、その、手伝ってしまいましたから」
「動けなかった僕を助けてくれたんだろ。感謝すれど、怒る理由はないよ。ただ、まぁ、口外しないでもらえれば嬉しいけど」
「それは! それはもちろんです」
ディノスが安堵した表情を見せた。
よく見れば半泣きじゃないか。
僕の方が動揺する。
泣きたいのはこちらの方だと思うのに。
そもそもなぜ僕が怒っていると思ったのだろうか。
「口外は絶対にしません」
「よろしく頼むよ」
「お、準備出来たみたいだな」
ひょっこりとクロウが現れた。
僕ら二人を放置して、情報収集に行ってきたんだ。それはそれは有用な情報を手に入れたんだろうな。
僕が物言いたげな視線を送れば、クロウがニタリと笑う。
「すっきりした顔になってるな。よしよし」
「二部もきっちり仕事しますよ。こんなことされて、黙ってられません」
「おお怖い。それで二部なんだが、ハンドクーラーの名目で魔石がいくつか出品されるらしい」
「ハンドクーラー?」
僕の問いに答えたのはディノスだった。
「主に貴婦人方が使う品です。パートナーとダンスを踊る前にハンドクーラーで手を冷やし、緊張をほぐすというものですね」
魔石にそんな使い方があったとは。それなら水属性か風属性の魔石だろうか。ひんやり冷たい魔石で、手の火照りを癒やすとは優美な使い方だ。
「へぇ、そんな優雅な品を貴族は使うんですね」
「素直に受け取るな。二部の品だぞ。ようは未加工の魔石ということだ。手に入れた魔石を好きな形に彫っていいという品ってことだ」
「未加工? そんなモノが流れてくるんですか」
「滅多にない。だが今回は複数品流れてくるとの話だ」
クロウの目が光る。
「他の品は落としても良いが、ハンドクーラーだけは落とすな。未加工の魔石は俺たちが手に入れるぞ」
確かに未加工の魔石が、一度に幾つも流れてくるのは異常かもしれない。
僕は頷いた。
僕たちは舞台に向かう。また僕は客席に。ディノスとクロウは箱席に。
席に座る時、僕と第一部で競り合っていた買い手と目があった。
彼は僕を睨むと、ふん、と顔を背けて席に座った。
そんな風に対抗心むき出しにされてもなぁ。
再び司会が舞台に現れて、テーブルをカンと木槌で鳴らした。オークションの始まりだ。
僕は白い木札を握りしめた。
オークションの結果だが、クロウの指示とおり、僕はハンドクーラー名目の魔石を全て落札した。
逆に言えば、それ以外の一等級魔石は適当なところで降りたので、僕を目の敵にしていたあの買い手が落札していた。
落札が決まったとき、ざまぁみろと言わんばかりに僕の方を見ていたのが印象的だったが、僕にしてみればもとより本気を出すつもりが無かった商品だ。
悔しくともなんともなかった。
今回の競りで、僕は一部で三つ、二部で三つ、合計六つの魔石を手に入れたことになる。
使った金額は約四億ギル。僕の生涯年収を遙かに超える金額だった。
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